公営事業がコスト無視を行っているという概念は、内部情報のリークでもない限り実際に数値を用いて説明することは難しい。しかし、公共と民間が同種の施設を持ち、運用基準が同じ法律で規定されている分野がある。工場の排水処理と公共下水道だ。多数の工場の排水を集約して処理する下水処理、規模の効果で価格低減のはずが、大幅な価格上昇らしい。
そこで、自治体のホームページより排水水質データ得て調べてみると、明らかに過剰処理が行われているのが分かる。民間工場の排水処理施設では、製品の品質向上に何の利点もない単なる廃棄物処理に過剰な処理をする、お金を余分に掛けることはありえない話だ。(家庭で言えば、ただ捨てるためだけのゴミ袋に、金箔でコーティングした袋を使うようなものだ)
このホームページをご覧の皆さん、特に下水道料金が高いと思っている企業の方。居住している県や市のホームページで下水処理場の水質データを一度チェックしてみてください。法令を超える過剰処理してませんか? そう思ったら、今すぐ市会議員・市役所・マスコミに疑問をぶつけましょう。
(このページは、私が配布していたリーフレットを再構成し、HTML形式にしたものです。印刷して配布するのも自由に行なえます)
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まずは次の表をご覧あれ。これは、東京都、大阪市、大阪府の下水処理場の排水水質データと排水基準を彼らのホームページ[1]から収集し表にしたものだ。青が実際の排水水質。赤が法令(水質汚濁防止法)基準だ。それぞれ単位はmg/リットルで、平成22年度のデータを主に収集している。
下水処理の排水水質が法令基準より相当良いのが一目瞭然だ。これは、必要以上に水処理を行なった結果だろう。(グラフの元データOpenOffice形式をダウンロードする)
排水処理の水質は、単純化して書くならば主に生物処理装置の運転量(空気投入量、攪拌量など)に相関し、最終的にはそれらの装置を動かす電力量に相関することになる[2]。その装置の中で最大の電力を必要とするのがブロワ(送風機)で、下水処理施設で必要となる電力量の、なんと20〜50%も消費するらしい[3][4][5]。
つまり、法令基準ぎりぎりまで排水水質を悪くすれば、送風機や攪拌機をある程度停止することが出来、大幅な電力削減が可能になるかもしれない。また、SS(浮遊物質量)に余裕があるのであれば、濾過施設を停止しても問題ないかもしれない。
もちろん、既に建設されてしまった過剰施設に投資したお金は帰っては来ないが…。
自治体のホームページのどこを見ても、料金を安くすることは二の次で、法令を超える斜め上方向にある目標の何かについて、全く記載されていない。以前、とある繊維産業の代表者の方にお聞きした中で、『当社の前まで下水管設置工事が終わって、下水に接続してくれと役所から話が来たことがある。いま、(川に流すための)排水処理施設に年間4000万円程度コストが掛かっているが、下水に接続すると料金が1億円を超えるという。これでは国際競争している我社は廃業するしか無い。集約処理して安くならないのはおかしいのではないか』と。私は会話に窮してしまった。「過剰施設・過剰基準・過剰人員のお役所仕事だから、集約処理しても安くならないのは予想通りですけど、それを独占事業として市民に押し付けるのはまずいですよね」としか言えなかった。『共同排水処理事業を廃止して下水に切り替えたら、年間コストが上がった』『下水に接続した同業者が、この間倒産した』という話もよく聞く話だ。で、調べてみると、このホームページに書いたとおり明らかに法令を超える過剰処理が数値であぶりだされる。
単価でもなく法令基準でもない、別の何かを目指すのであれば、自治体であれば議会で議決し条例や規則で定めるべきだ。公設民営化で売り払う場合でも、定款に書くべき重要事項だ。独占事業で強制的に利用料金を取るのであるから、はっきりとした理由を示すのは当然のことだと思う。
例えば、日本最大級の東京都森ヶ崎水再生センターの年間電力量1億kWh[6]のうち、送風機の消費電力が占める割合が4割程度と仮定し、法令ぎりぎりの水質を目指して最適運転出来たとして、施設の2割を停止できたとしよう。停止した送風機分の消費電力量は 1.7億kWh×40%×20% = 13,600,000kWh。東京電力の電気料金 20円/kWhを単純に掛ければ2億7200万円の縮減になる。もちろん、どれだけ施設を停止できるか、実際の電力単価がいくらなのかは分からないので何とも言えないが、億円単位のお金が節約できる可能性があるはずだ。
このページの本題からは外れますが…
先日発生した福島第一原子力発電所の事故で、原発事業の推進官庁である経済産業省と、原発を規制・監視する保安院(経済産業省の一部門)が、実は同じ組織であるので全くお粗末な結果となってしまった実例が発生したが、下水道事業も実は同じである。
東京都の例をとって言えば、水質規制を行うのが環境局。下水道事業を行うのが下水道局。同じ東京都庁内の組織だ。これでは、右手でげんこつを作り(規制官庁)、自分の頭(法令上の事業者である知事)を殴ろうとして、左手で受け止める(現業官庁)という単なるポーズにしかならない。上のグラフで東京と大阪の条例で定められた規制基準値(下水道事業に対して特に指定された基準値)が、東京が厳しいのは、事業肥大化したい現業官庁側の要求を飲んだのではないかと疑われても仕方ないと思う。基準違反の排水を流しても、なあなあでお咎め無しの可能性も疑われかねない。実際には、そんなことはないのでしょうけれども…。
広域自治体(県)は規制官庁としての役割が大きいため、規制を受ける現業官庁(事業官庁)を運営するのは、大きな矛盾をはらんでいる。PFI法などで公設民営化が規定[7]されている現業事業(上下水道、港湾、病院など)は民間売却するか独立行政法人化など別企業が運営するのが望ましい。
このページのタイトル画像には、フランスのとある超巨大企業の工場内に設置されている排水処理施設の写真を使っている。国際水企業のスエズ社のマークが付いているが、自治体の上下水道事業を行っているスエズ社が、企業の工場排水処理施設も受注しているというわけだ。日本では、企業の工場内排水処理施設は片手間程度に自社内で運営している場合が多いが、欧州では本業とは関連性のない排水処理施設は、専門業者に一括委託するというビジネスモデルもちゃんと存在している。本業に集中するという経済の基本原則を守るためには、日本も欧米方式を取り入れたほうが良い、と私は思う。
水質汚濁防止法(排水基準を定める省令)では次のように定められている
これに上乗せする形で、地方自治体が条例で基準を定めている場合がある。東京都では環境確保条例でつぎのように上乗せ基準を定めている(下水処理場又はし尿処理施設の項目)
自治体の上書き条例で水質汚濁防止法の値が上書きされるので、上書き後の基準を守れば良い。ただし、基準違反をした場合の罰則は、法と条例はそれぞれの値を超えたかで判断され、水質汚濁防止法基準の違反者には50万円の罰金(法31条)が、条例の違反者にはそれぞれ条例に定められた罰金が課せられるようだ。日本ではあまり聞かないが、中国では違反しても罰金払えば良いので、排水処理に金を掛けるよりは罰金を予算措置したほうが良いという考え方もあるそうだ。この辺りは国情なのでしょう。
水質関連の規制には、上で書いた以外にCOD・T-N・T-Pの総量規制、シアンやトリクロロエチレンなどの有害物規制もある。業種別・排水量ごとに掛かる規制の種類が違うので、工場・事業場の方でこのページを見て自社の排水基準に上述の値を適用しようとしている方、ちょっと待って欲しい。各自治体のホームページで、特定施設の種類や業種ごとに分かりやすく表になった規制一覧が掲載されているので、そちらを是非一読を。(東京都の例はこちら)