アドリア海沿岸と中欧の旅 : シベニク, スプリト, トロギール, ソリン

※ 未編集の旅行記です

September 28, 2005 (Wednesday)

Zadar - Croatia (ザダル - クロアチア)

ユースホステルの部屋は蚊が多くよく寝れなかった。7時起床。モントリオールから来たサイクリストの男性もほぼ同時に起きてきて、共に食堂へ朝食を食べに行く。食堂には尼崎から来た岡さんがすでに居る。岡さんは昨晩、同室のフランス人の女の子とバーに飲みに行ってたそうで、ユースホステルに帰ってきたのは深夜1時過ぎだったそうだ。どうりで眠そうだ。

8時前にユースホステルをチェックアウトし、同じくクロアチア南部に向かう岡さんと共に出発する。バスターミナルまでは、市バスに乗車。

Bus
Puntamika(07:50頃発)→ Zadar, Autobusni Kolodvor(08:10頃着)
Bus, Line 5 or 8, 運賃 ? クーナ(? 円)

9時発のスプリト行き長距離バスに乗る。出発した時の乗車率は50%ほどだったが、途中のバス停から団体客が乗ってきたため、ほぼ満員になった。

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古代ローマの道をゆく(ポイティンガー図

60kmほどアドリア海沿いの道を行った所にあるシベニクには、1時間20分ほどで到着した。

Bus
Zadar(09:00頃発)→ Šibenik(10:20頃着)
Bus, 運賃 39 クーナ(718 円)

Šibenik - Croatia (シベニク - クロアチア)

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シベニクはイリュリア王国や古代ローマ時代に作られた町が起源だが、今現在残っているのは中世のヴェネツィア共和国時代以降のものだ。

バスターミナルは旧市街の南端の海沿いにあり、狭くて混雑している。荷物を預け(4.2クーナ, 77円)、旧市街の観光に出かける。旧市街は斜面に広がっていて、狭い路地は坂道になっているところが多い。海岸寄りの路地を進んでいくと、共和国広場に出る。ここには市庁舎と聖ヤコブ大聖堂がある。旧市街の路地には、それほど沢山の観光客は歩いていなかったが、大聖堂の中は欧米系のツアー客で超満員だ。それも、お年寄りばかり…

旧市街の坂道を登り、最も標高の高い丘を目指す。急に視界が開け、墓地になっている。聖ミカエル教会(聖アンナ教会)の墓地だ。墓石の間を通り抜け、丘の頂上付近にある聖ミカエル要塞に向かう。旧市街の外、更に高い斜面の上には聖ヨハネ要塞が見える。共に、ヴェネツィア共和国時代に整備された要塞だそうだ。

入場料5クーナ(92円)の聖ミカエル要塞からは、旧市街とアドリア海が一望できる。アドリア海と言っても、旧市街の前にある海は聖アントニオス海峡で外界と結ばれている入り江だ。オーストリア帝国時代には、この砦は海峡の向こう側(にある聖ニコラス海上要塞?)と通信する信号塔の設置場所として使われていたという。たしかに、海峡のはるか向こうには、沖にある島々や、その向こうのアドリア海がかすかに見えている。

ちなみに、ここシベニクは古代ローマ時代はそれほど有名ではなかった。シベニク港のずっと奥、シベニク海峡を越えた向こうにあるSkradinという町が軍事拠点として重要だったらしい。だから、アドリア海から攻めこまれないよう幾つもの要塞(シベニクもそのうちの一つ)で守っていたのだろう。

そろそろこの街を出発しようとバス停へ戻ると、曇り空から晴れ間が出てきた。タイミング悪すぎだ…

Bus
Šibenik(12:00頃発)→ Split(13:40頃着)
Bus, 運賃 44 クーナ(810 円)

バスは満員で、かろうじて最後列の狭い席だけが空いていた。小さな島に旧市街があるトロギールの横を通過し、スプリト郊外の高層アパート群の間を走り抜ける。スプリト駅前のバスターミナルに、13時40分に到着。

Split - Croatia (スプリト - クロアチア)

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現在のスプリトは、ダルマチア地方最大の都市で人口17万人。アドリア海の対岸イタリアのアンコナとの間に直通フェリーも走っている。古代ローマの東西分離の原因の一つとなってしまった分割統治、テトラルキアの創設者である皇帝ディオクレティアヌスが隠棲するための宮殿を造ったことで有名だ。

さて、バスを降りると、民宿の客引きが幾人かやって来た。そのうち1人のあとについて行ってみると、駅のプラットホームの向こう側にある、かつての鉄道員の住宅だった建物だ。そのうちの1部屋を民宿として貸し出しているようだ。鉄道施設の中に泊まれるなどということは、なかなか出来る経験ではないので、ここに決める。

今日、さらに南に向けて旅立つ岡さんも、この街を少し観光するために、荷物を部屋に置いて旧市街に出かける。

旧市街(ディオクレティアヌス宮殿跡)の東側にある銀の門(Porta argentea)から街に入る。土産物屋などが軒を連ねる通り(かつてのデクマヌス・マクシムス)を少し行くと、中央広場がある。ココは宮殿なので、カルド・マクシムスと交差する広場の呼び方は「フォルム」ではなく、単に中央広場(現在は列柱廊広場と言う意味のペリスタイルと呼ばれる)。広場に面して聖ドムニウス大聖堂がある。本来は皇帝ディオクレティアヌスの霊廟なのだが、ローマ崩壊後は教会に改修されてしまっている。大聖堂は入場料5クーナ(92円)、鐘楼に登るにはさらに5クーナが必要となる。鐘楼に登り、まず街の規模感をつかんでみる。

鐘楼の上から見下ろす宮殿は意外に狭く(160m×190m)、それと同じくらいの面積の旧市街が西側にくっついている。その向こうには共和国広場があり、さらにMarjan半島の丘の中腹辺りまで住宅がびっしりと建っている。

さあ、塔を降りようと階段に向かうと、小さい女の子が怖がってなかなか降りられずに居る。階段には手すりも壁もなく、石段だけの部分が多いので怖いのだろう。

宮殿跡の地下部分(入場料5クーナ, 92円)、半円形のヴォールトで覆われた地下道の一部には、土産物屋などが並んでいる。ローマン・コンクリートで作られた地下通路は、1800年ほど年を経ても綺麗に残存している。錆びて膨張しコンクリートを割ってしまう鉄筋を使わない、アルカリ骨材反応する材質を使わない古代のコンクリートは、現代のものに比べて寿命が極めて長い。

中央広場の大聖堂の向かい側にあるユピテル神殿へ(5クーナ, 92円)。さっきは観光客で満員だったが、団体客が去った後は静寂が訪れている。狭い神殿内の台の上にはキリスト像。現在は、洗礼堂として使われているそうだ。

宮殿の東門である鉄の門(Porta ferrea)と、北門である黄金の門(Porta aurea)を見る。地方都市で、これほど完全に古代ローマの城壁と門が残っているのも珍しいと思う。

15時半頃、少し遅目の昼食を食べにレストランに入る。ローストビーフ、パスタ、サラダ、地元のビールで100クーナ(1,840円)。

17時前、岡さんがバスターミナルから旅立ってゆく。これからドゥブロヴニクに行くという。4時間は掛かるはずなので、到着は夜中の10時くらいのはずだ。

夕方になり、天気が晴れてくる。旧市街の西にあるMarjan半島の丘を登ってみる。住宅街の最も高い所辺りまで登ると、スプリト旧市街が一望できる。夕日に照らされ、オレンジ色に染まる街並みと、遥か背後にあるディナル・アルプス山脈

昼食兼夕食をすでに食べているので、夕方以降は旧市街を散策してから民宿に戻る。夜になるとディオクレティアヌス宮殿跡や、旧市街の海に面した建物はライトアップされ、沢山の観光客で賑わっていた。

Hotel
民宿(プライベートルーム)
150クーナ(2,760円)/1泊

September 29, 2005 (Thursday)

スプリト駅を発着する列車は多くなく、夜は静かでよく寝れた。6時40分、ディーゼル機関車に牽引された列車の音で目が覚める。

昨日、スーパーで買ったパンとリンゴ、オレンジジュースで朝食。パンは2個で8.5クーナ(156円)、1Lのオレンジジュースも8.5クーナだった。昨日の夜に洗ったシャツとジーンズは、シャツのみ乾いていた。ジーンズは部屋の前の物干し竿に干したままにしておく。

早朝の旧市街を見に出かける。昨日の夕方とは太陽の位置が逆なので、中央広場(ペリスタイル)や聖ドムニウス大聖堂の印象も全く違う。9時、バスターミナルに行きザグレブ行きの長距離バスに乗車。

Bus
Split(09:00頃発)→ Trogir(09:40頃着)
Bus, 運賃 21 クーナ(386 円)

バスはほぼ満員。25kmほど離れた場所にあるトロギールまで、途中1つだけサロナ遺跡のところで停車しただけだ。サロナには帰りによる予定だ。トロギールはバルカン半島本土とチオヴォ島間の海峡にある小さな島で、バスターミナルはバルカン半島側にある。満員だった乗客の、ほぼ半分がトロギールで下車。長距離客にとって見れば、迷惑なことだ。

Trogir - Croatia (トロギール - クロアチア)

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バスターミナルから見たトロギール島は、樹木に覆われ真っ赤な屋根の教会がど真ん中にぽつんと見えている、まるで絵本のような世界だ。ここは古代ギリシアが建設したトラグイロン(Τραγούριον)という街が起源だ。ローマ時代には、ここトロギールより隣の街のサロナがより発展し重要な街だったらしい。

20mほどの狭い水路に架かるトロギール橋を渡ると、ヴェネツィア共和国時代(17世紀)に造られた北門(Šjeverna Vrata)がある。旧市街の曲がりくねった狭い路地を歩く。この町の街路は古代ギリシア時代のものを踏襲しているそうだ。さすがのローマも、碁盤の目状の街路に改修しなかったのか…

小さい島だが、大きな鐘楼を持つトロギール大聖堂(聖ロヴロ大聖堂)が、島の東端にある。バス停から見えた教会はこれだな。海岸沿いは林になっていて、外から見ると旧市街の低層の建物は全く見えないはずだ。

大聖堂の横には、時計塔のある市庁舎。そして旧市街の中心広場がある。そして、島の南海岸を目指して歩いて行くと南門(Južna Vrata)だ。この南門の付近のみ、中世の城壁が残っている。

島の南側の岩壁沿いを西端まで歩くと、カメルレンゴ砦がある。ヴェネツィア共和国時代に建てられたものだそうだ。入場料は10クーナ(184円)。「カメルレンゴ」という変わった名前は、ヴェネツィアのカメルレンゴ島に因んで付けられたそうだ。砦の中は土盛りがしてあるのではなく、単なる空洞になっている。砦の壁の上に登ると、それほどは高くないのだが、旧市街や周辺の山々を見渡すことが出来る。

バスターミナルに戻り、11時15分発のスプリト行き長距離バスを探していると、普通の市バスの運転手がソリン(サロナ遺跡)に行くと教えてくれる。隣街のスプリトまで市バスも走っているんだ。

Bus
Trogir(10:40頃発)→ Solin(11:10頃着)
Bus, Line 37, 運賃 15 クーナ(276 円)

バスは、長距離バスの走る国道ではなく、海寄りの道を走る。トロギールを出るとすぐにスプリト空港前のバス停。バスはターミナルビルの前まで行くのではなく、少し離れた道路のバス停に停車するだけ。海沿いの住宅街をしばらく走り、しばらくすると入り江の向側の半島にスプリト市街地が見えてくる。本土とスプリトのある半島の付け根、国道のジャンクションがソリン(サロナ遺跡)のバス停だ。

Solin - Croatia (ソリン - クロアチア)

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ソリンはスプリトの北にある人口2万人自治体だ。現在ではスプリトの10分の1の人口しか居ない小さな街だが、かつて古代ローマ時代にはこちらのサロナほうが大きかった。ローマが滅んだのち、この街はスラヴ人などの侵略で破壊され、現在は廃墟の遺跡が残るだけだ。

バス停から少し数十メートルトロギールの方へ戻ると、「ソラナ遺跡」を示す小さな看板が農場のあぜ道の方を指し示している。所々に灌木のしげるあぜ道をどんどん進んでゆく。しばらく行くと、視界が開け、何キロメートルか向こうのハゲ山と、その麓にある遺跡と思われる黄土色の石の残骸などが見えてくる。バス停から北に歩くこと500mほど、ソラナ遺跡の端っこに到達。

農場と遺跡を隔てていたと思われる低い茂みを超えて中に入る。周囲を見回しても、入場口や料金所らしきものはない。草ボウボウに茂った広い土地には、古代ローマ時代の遺構が点在している。

遺跡の南端にはカエサル門があり、この街はカエサルの時代に大規模に造られたそうだ。敷地中央付近にはバジリカ跡。その北には駐車場らしきものと入場口(料金所)がある。団体観光客は、あちら側から来るんだ。観光客が市バスで来ることは想定すらされていないのだろう。

遺跡の案内看板を見ると、「遺跡として公開されているこの広い草地」はソラナの北東のほんの一部のようだ。先ほど、遺跡の南端で観たカエサル門は、実際はソラナの東門。実は、この遺跡公園は「ローマ時代のソラナの東の外」のようだ。

ちなみに、歩いてきた農場の畑の下に、かつてのフォルム跡が埋まっているようだ。私有地なので掘り返して遺跡公園にするわけにもいかないのだろう。陰もなく、直射日光でかなり暑いので思考能力が落ちていたのだろう。農場に隔てられた向こうにあるローマ劇場跡と円形競技場跡を見てくるのを忘れた…

再び農場を横切りバス停に戻り、スプリト行きの市バスに乗車。

Bus
Solin(11:55頃発)→ Split(12:10頃着)
Bus, Line 1, 運賃 11 クーナ(202 円)

Split - Croatia (スプリト - クロアチア)

スプリト駅前でバスを降り、いったん民宿に戻る。部屋の前の物干し竿にかけておいたジーンズは、真夏のような日差しで完全に乾いていた。民宿オーナーのおじさんが、線路の先にビーチがあるから行ってみると良いと教えてくれた。アドリア海で海水浴か… なかなか良さそうだ。

まずは腹ごしらえにマクドナルドに行き、ビッグマック・メニューとサラダを食べる(40.5クーナ, 745円)。その後、ビーチに向かう。民宿に戻り、水着を着て、線路に沿ってスプリト駅構内から先へ。引き上げ線が海の方に延びている。線路の上を歩いて行くと、客車1〜2両分くらいの長さしかない岩壁で陸地が終わっている。その東側には、こぢんまりしたBačviceビーチがある。ほとんど人は居ない。砂浜に荷物を置いて、海に入る。泳ごうとするが、どこまで行っても遠浅すぎて、膝くらいの深さしかない。水は生ぬるいが、沖に行くほど冷たい水が混ざってくる。入り江の出口くらいまで行って初めて、泳げるくらいの深さになる。アドリア海での海水浴、楽しいものだ。

ビーチにあるシャワーを浴びてから民宿に戻り、水着などを洗い干しておく。夕食は新市街のレストランで、魚のスープ、手長エビのリゾット、ビール。109クーナ(2,006円)。手長エビのリゾットはダルマチア地方の名産料理だそうだ。

昼間は晴れて気持ちの良い日だったが、夜10時頃土砂降りの雨が降る。明日の天気はどうなるのだろうか…

Hotel
民宿(プライベートルーム)
150クーナ(2,760円)/1泊