バルト海沿岸を旅する :
  ナールデン(オランダ)、リガ、ユールマラ、スィグルダ

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September 8, 2006 (Friday)

Amsterdam - Netherlands (アムステルダム - オランダ)

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ハールレム通りの自転車の列
cycling at Haarlemmerstraat, Amsterdam

朝起きると、外は晴れ。旅先で晴れるのは久しぶりの気がする。今日の予定は洪水線(Dutch Water Line)の湿地とナールデン要塞を見に行くことだ。

アムステルダム中央駅へ。昨年12月より"有人窓口で切符を買うと罰金"という画期的な自動券売機誘導作戦"は不発に終ったようで、有人窓口は旅行客の長い列ができている。ナールデン・ブッサム駅への往復券と、自転車運搬券を買う。

Train
Amsterdam Centraal(09:36発) → Naarden-Bussum(10:10着)
往復運賃 3.6ユーロ(540円 当日往復券の半額)+ 自転車運賃 6.0ユーロ(オフピーク1日券)

9時39分発の快速列車に乗車するが、信号故障か何かでやたら列車が遅れる。時刻表では所要時間は20分ほどのはずが、30分以上かかってやっと到着。以前は正確だったドイツやオランダの鉄道も、上下分離民営化されてから遅れが目立ちますね...。

Naarden - Netherlands (ナールデン - オランダ)

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ナールデン要塞の外堀
outer ditch of Naarden fort

ナールデン・ブッサム(Naarden-Bussum)駅を出て北へ向かう。ブッサムの住宅街を走り抜け、町の間に広がる広大な農地を越えて、約10分ほどで隣町のナールデン要塞の外堀にぶつかる。10年程前にここを訪れたときは吹き降りの雨だったので、それほど風光明媚なところだとは思わなかった。天気の良い今日は緑の芝生や木と、真っ青な青空、濃青色の水をたたえた堀のコントラストが綺麗だ。上空を飛ぶ飛行機から見ると星型をした幾何学的な要塞の形に感動するが、地上から見るとあまりのスケールの大きさにため息が出るばかりだ。

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ナールデン要塞の地下トンネル
underground corridor of Naarden fort

濠に囲まれた要塞の中心部分には住宅街が広がり、真ん中に聖ヴィトゥス教会(Sint-Vituskerk)がある。星型をした要塞の南側の突起部に、オランダ要塞博物館(Nederlands Vestingmuseum
があるので入ってみる。
模型や図を使って要砦の構造を丁寧に説明していて、砲撃の死角を無くすためになぜ星型の稜堡が有利なのかよくわかる。説明はオランダ語だけで英語併記されていないため、外国人が見物に来ることは想定外なのだろう。日本でも函館の五稜郭や、東京台場にあった砲台が、星型稜堡の理論を導入していたそうなので、決して日本人にとって馴染みのないものではない。

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ナールデン要塞 土塁内の大砲
cannons inside fortification, Naarden fort

地上に置かれた大砲に弾薬を補給するための地下道も歩くことができるが、照明がついていない場所もあって懐中電灯があったほうが安心だ。土塁の上は芝生となっているが、今年の猛暑のためかなり雑草が茂っている。博物館の解説を思い出しながら、大砲が所々に置かれている土塁の上をのんびりと歩く。

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ナールデン 聖ヴィトゥス教会
Sint Annastraat, St-Vituskerk

12時、要塞都市の真ん中にある聖ヴィトゥス教会の鐘の音が鳴り響く。要塞博物館前の幼稚園に保護者がたくさん迎えに来ている。えらく早く終わる幼稚園ですね...。

ナールデンを出発し、一旦ナールデン・ブッサム駅まで戻る(約2km)。駅前はちょっとした商業地区になっていて、昼ごはんを食べに出てきた人々で賑わっている。踏切を渡り、7kmほど離れたアンケフェーン湖を目指す。住宅街の中のくねくねと曲がった道を、少し迷いながら走り抜け、再び広大な農地の間の道へ。自動車道とは完全に分離した自転車専用道は、車とのすれ違いにも注意することもなく、時速20kmをキープしつつノンストップで走り続けることができる。

Ankeveensche Plassen - Netherlands (アンケフェーン湖 - オランダ)

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アンケフェーン村付近の牧場
horse pasture, near Ankeveen

ブッサムから3kmほど走ると、アムステルダムへ向かう道ととユトレヒトへ向かう道の分岐点に差し掛かる。ここからは放牧地の間に伸びる自転車専用のあぜ道になる。

送電線が地中に吸い込まれる巨大な変電所のような建物があり、その横の広大な放牧地には牛と馬がのんびりと草を食んでいる。日本赤十字ではオランダ滞在6ヶ月で"献血禁止"の規則を設けていて、ここに居る牛や馬は狂牛病の疑いをかけられているわけだ。こちらの国では狂牛病に罹ったという話を聞くこともなく、日本政府だけが空騒ぎしているようにしか見えない。

のんびりした農村風景を見ながら、ついそんな滑稽な日本の様子を考えてしまった。

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アンケフェーンのメインストリートとRK教会
main street of Ankeveen and RK Kerk

アンケフェーン村、と言っても細い道路沿いに一直線に住宅が何件か立ち並んでいるだけの小さな集落に過ぎない場所に到着。教会の横の広場に案内地図が掲示されていて、観光客が来ることも想定されているようだ。この村は洪水線の低地地帯のど真ん中にあって、村の横には巨大なアンケフェーン湖がある。GoogleMapの航空写真を見ると、泥炭を掘り尽くして地盤沈下して水が溜まったような地形になっているが、実際のところはどうなのだろうか...。

櫛状に地盤沈下を免れた陸地が湖の中に伸びているが、かろうじて湖の対岸まで続いている1本の櫛の部分が、歩行者・自転車道となっていて通り抜けることができる。湖を渡る道の起点には"アムステルダムまで21km"と書かれている自転車道標識が立っている。私の体力では、電車に乗らずに自転車で直行できるギリギリの距離だ。幅1mほどの砂利道を進んでゆくと、両側に見渡す限りの真っ青な湖が広がる。時折、自転車で地元の人が走ってくるくらいで、ほとんど人通りがない。

しばらく走って、大木の下で持ってきた弁当を広げて昼食。湖には白鳥も浮かんでいて、なんとものんびりした場所だ。

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アンケフェーン湖を横切る自転車道
Bergse Pad, Ankeveensche Plassen

ライン川河口の低地というオランダの語源(ネーデル・ランド=低い・土地)は都会にいては感じることはできないが、こういう場所に来れば実体験することができる。ライン川の堤防を切って水を流しこめば、洪水線はすべてこの湖のような湿地帯になってしまうので、確かに中世の防衛では有効だったのだろう。第二次対戦では洪水線が使われることなく、ドイツ軍に完全占領されてしまったのだが...。

再びナールデン・ブッサム駅まで戻り、アムステルダム行きの列車を待つ。駅の出発案内表示は30分遅れを告げている。時刻表は全然当てにならない日ですね...。

Train
Naarden-Bussum(14:40発) → Amsterdam Centraal(14:55着)
往復運賃 3.6ユーロ(540円 当日往復券の半額)+ 自転車運賃 6.0ユーロ(オフピーク1日券)

September 9, 2006 (Saturday)

Amsterdam - Netherlands (アムステルダム - オランダ)

Train
Amsterdam Lelylaan(06:55発) → Schiphol(07:02着)
2.6ユーロ(約390円)
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夜明け直前のアムステルダム レリラーン駅
Amsterdam Lelylaan station

早朝の飛行機に乗るため5時45分に起床。もうすぐ太陽が昇る東の空が、うっすらと紫色に染まりだしている。雲ひとつ無い快晴。BBCの天気予報では、ラトビアの天気は雨らしいので、少し憂鬱だ。

トラムと鉄道を乗り継いでスキポール空港へ。KLMのリガ行きは、KLM Cityhopperという子会社が運行している小型機。Fokker70という、50人乗りのオランダ製ジェット機だ。日本は敗戦で航空産業を放棄して以来、航空機産業は壊滅しているが、オランダではFokker社が小型機ながらジェット機もプロペラ機(ターボフロップ機)も製造し、海外にも輸出している。
技術力維持のために、コスト割れでも作りつづける姿勢は国として大したものだ。

Train
Amsterdam Schiphol(09:20発) → Rīga(12:30着)
KLM 1323

KLM1323便は30人ほどの乗客を乗せて快晴のオランダを飛びたち、デンマーク上空を経てラトビアへ。天気予報では雨のはずのラトビア上空は、雲が50%くらい浮かんでいるくらいで晴れている。

Rīga - Latvia (リガ - ラトビア)

12時30分、リガ空港に到着。空港にはバルト航空のB737が1機停まっているだけで、閑散としている。駐機場横の草地には、ソ連が内戦で敗北して撤退したときに残していったTU-22M, TU-154やMi-6が錆び付いて放置されている。

到着ターミナルビルを出ると、何もない...。バス停がぽつんとあり、何人かが市内行きのバスを待っている。バスに乗り20分ほどで中央駅前のストックマン・デパートのところに到着。

Train
Rīga airport(13:05発) → Rīga Central Station(13:30着)
Bus A22 運賃 0.2ラッツ(約40円)
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ゲストハウスCentral Hostelのある建物
E. Birznieka Upisa iela, central hostel

2003年に開店したというストックマン・デパートはLonely Planetガイドブックにはまだ反映されていない。ランドマーク的な建物が増えると、古いガイドブックを見ていると全く道に迷ってしまうことがあるが、今回はまさにそういう場合だ。

中央駅から旧市街と反対方向へ10分ほど歩く。インターネットで予約しておいたゲストハウスCentral Hostelへ。予約票に書かれた住所は雑貨屋になっていて、そこの店員に聞いてもホステルがどこにあるのか知らないと言う。隣のブティックに入って聞いてみると、ホステルは2階建ての建物の上階にあって、入り口は裏手だということだ。看板が全く出ていないので、分かりにくいことこの上なしだ。

ダブルルームが1泊20ユーロ。西側先進国の価値観では安いと言えるが、この国では高い方だと思う。EUに加盟したとはいえ、まだまだこの国の物価は安いままのはずだ。

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中央市場
Central Market

荷物を置いて、再び中央駅へ。駅の南側に巨大な市場とスターリン様式の科学アカデミーの高層ビルある。かまぼこ型の巨大な建物が並んでいるリガ中央市場は、他の国では見たことのない大規模なものだ。ドイツがツェッペリン飛行船のために建てた格納庫を、市場として使っているそうで、UNESCOの世界遺産にも登録されている場所だ。社会主義時代の写真では公営市場と周囲に広がる闇市のような場所だったようだが、現在では欧州で一般的に見られる生鮮食品店の集まりだ。

公設市場横に長距離バスターミナルがあるので、火曜日にリトアニアのクライペダ行きのユーロラインズ バス(国際バス)の切符を購入する。運賃9ラッツ(約1800円)。乗車時間が8時間という事を考えれば、安いといえるだろう。

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市庁舎広場
Ratslaukums

鉄道の高架橋をくぐって北にある旧市街へ向かう。かなり強い風が吹いていて雲がものすごい速さで流れている。気温は15度くらいと少し肌寒い。旧市街はハンザ同盟時代の建物が達ち並んでいるが、Wikipediaの記事によれば、ソ連占領地代に都市開発が停滞して建て替えが進まなかったことが、古い建物が現在でもたくさん残っている理由だそうだ。それらの建物が第二次大戦後に復元されたものなのか、それとも数百年前の古い建物が残存しているものなのか、ぱっと見ただけでは分からないが、ドイツの街に来たのかと勘違いしそうな雰囲気だ。

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大聖堂広場
Doma laukums

今日は週末だが、旧市街にはほとんど観光客の姿を見かけない。夏の旅行の季節が終わって肌寒い季節になり、最大の顧客のドイツ人が自国より北にあって寒い所には旅行に行きたがらないのだろうか。広場などに点在している屋外カフェは閑古鳥が鳴いているような状態だ。

旧市街で夕食を食べる場所を物色したが、観光客向けのレストランやカフェは目立つが、地元の人向けの食堂が見つからない。中央駅まで戻り、駅舎と一体となったショッピングセンターのレストラン街を見てみるが、この国の物価にしては価格設定が高すぎる気がした。昼食で10ラッツ(2000円相当)というのは、日本で言えば数千円の昼食を食べるようなもので、月給5万円程度と言われているこの国の貧富の格差は相当大きいのだろうか。その中でも安そうな価格設定のケバブ レストランに入る。ケバブのセットメニューにサラダを注文して3.38ラッツ(約680円)。レシートを見ると間接税率が18%と、税金も高すぎ...。

外食は価格高めだが、スーパーマーケットや中央市場で売られている食料品はそれなりに安く、2リットルのミネラル水が0.3ラッツ(60円)、120gのフルーツヨーグルトが0.21ラッツ(42円)という価格設定だ。

Hotel
Central Hostel, 13号室
20ユーロ(約3000円)

September 10, 2006 (Sunday)

Rīga - Latvia (リガ - ラトビア)

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リガ中央駅
Riga Central station

6時50分起床。外は晴れ。咋晩は部屋に2匹も蚊がいて、退治するのに苦労して少し寝不足。起きてすぐに更に1匹見つけて、虫除けスプレーで撃墜した。蚊が多い...。ゲストハウスのダイニングルームには、パンとチーズが置いてあるので、昨日スーパーで買い出したトマトなどを添えて朝食。

8時30分頃、中央駅へ。ドイツ鉄道のインターネット乗り継ぎ検索では、スィグルダ行きの列車は10時まで無いはずだが、駅の出発案内表示には9時05分発という列車が表示されている。窓口で往復切符を買う。往復1.4ラッツ(約280円)。プラットホームに出ると、出発30分前にも関わらずすでに列車が停車している。隣のホームの出発案内は「16時20分発 モスクワ行き」と表示されている。

Train
Rīga Pasažieru(09:05発) → Sigulda(10:19着)
644列車 0.71ラッツ(約140円)

Sigulda, Turaida - Latvia (スィグルダ、トゥライダ - ラトビア)

オンボロの4両編成のディーゼル列車は、満員の乗客をのせて出発。リガ都市圏を15分ほどで完全に通り抜けて、赤松の茂る森をひたすら東へ走る。人が住んでいなさそうな森の中にも一定間隔にぽつんと駅があり、人が乗り降りしている。10時19分、時刻表の到着時間に1分も遅れることなくスィグルダ駅に到着。

外に出ると、リガより数度気温が下がって寒い。観光客は誰も降りなかったようで、乗客はそそくさと駅を後にして村の中に消えていく。さてトゥライダ城はどちらの方向へむかうべきか...。Lonely Planetの地図を頼りに村の中をトゥライダ博物館保護区を目指して歩く。

しばらく行くと、工事中の建物の横の空き地で何人かの人がたむろしている。聞いてみると、トゥライダ村までバスがあるそうだ。しばらく待つとバスがやってくる。

Bus
Sigulda(09:40発) → Turaida(10:50着)
644列車 0.25ラッツ(約50円)
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トゥライダ城
Turaida castle

バスは、スィグルダ村から一気に谷底の橋まで下り、森の中の坂道を一気に登って4.5kmほど向こうのトゥライダ村まで10分程。少しだけ楽をした。車内は暖房が入っていたので、今日は結構冷え込んでいるのだろう。

トゥライダ(Turaida)のバス停を降りたすぐ前には、屋外考古学博物館の入り口がある。入場料2ラッツ(400円)を払って入場すると、左側に昔の農村を保存した屋外博物館が、右側の森の中のずっと向こうに赤茶色のレンガを積み上げたようなトゥライダ城が見える。

まず城へ向かう。途中に木造の教会があり、その向こうに城塞の門を兼ねているような巨大な円筒型の塔がある。塔や城塞は建造当時の13世紀から残っているものではなく、最近復元されたようで、綺麗にレンガが積み上がっている。塔に登ってみる。内部はがらんどうのようになっていて、特に何かが展示されているという事はない。塔の上からは城塞の全景がよく見える。谷底に流れるガウヤ川を挟んだ、森のずっと向こうにスィグルダ駅も見える。

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1950年代の農村を保存した展示場
1950s farming village exhibition

ほとんど入場者がいない敷地内に、30人くらいの日本人団体観光客を見かける。こんな遠いところまでツアーのコースに含まれているのだろうか。城を出て、入場口まで引き返して、1950年代の農村を保存した展示場へ向かう。農家の室内では、博物館の職員が昔風の服装を着て展示物の説明していたり、民芸品の製作実演をしている。屋外には、農作業に使った牛という位置づけなのか、綺麗に手入れされた牛が草を食んでいる。

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グートゥマニャ洞穴
Gutmanis Cave

復元された真新しい城より、こちらの農村の保存施設のほうが見学し甲斐があると感じたのは、私だけではないはず。さて、スィグルダ駅へ戻るため、バスが走ってきた森の中の道を谷底の川に向かって下っていく。帰りは徒歩。途中にグートゥマニャ(Gutmanis)洞穴がある。ラトビア最大の洞窟らしいが、日本では田舎に行けばどこにでも存在するくらいの大きさだ。幅12m、高さ10m、深さ19mって、全然大きくないですよ...。壁面には昔の人が刻み込んだ文字や絵が残されているとされているが、どう見ても最近いたずらで書かれたものも大量に混じっているように見える。

ガウヤ川を渡る橋まで来る。橋の欄干には、いわゆる"愛の南京錠"がたくさん付けられている。橋を渡ると、だらだらとのぼり坂が続き、修復工事中のスィグルダ教会の前を通り過ぎると、まもなく駅前に到着。

駅前にはパン屋がカフェテリアを併設していて、そこで昼食を食べる。地元の人がひっきりなしにやって来てパンを買って行ったり、昼食を食べて行ったりしている。ハンバーグとボルシチ風スープ、パン2個とポテトサラダを食べて1.93ラッツ(約390円)。

Train
Sigulda(13:49発) → Rīga Pasažieru(15:03着)
647列車 0.69ラッツ(約140円)

Rīga - Latvia (リガ - ラトビア)

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リガ大聖堂
Riga Cathedral

13時49分発の電車でリガに戻る。リガは快晴。リガとスィグルダは50kmほどしか離れていないが、天気が全くちがう。

駅の横の中央市場を少し見物した後、旧市街へ。聖ペテロ教会の塔に登る。教会の入場料は2ラッツ(400円)。第二次大戦後に17世紀当時の姿に忠実に復元された塔の上からは、世界遺産に登録された旧市街が一望できる。ダウガヴァ川を挟んだ向こう岸には高さ368mのテレビ塔が、リガ駅の向こうにはスターリン様式建築の科学アカデミー ビルが見える。

今日の観光の締めくくりに、旧市街に隣接している自由の記念碑を見物。

Hotel
Central Hostel, 13号室
20ユーロ(約3000円)

September 11, 2006 (Monday)

Rīga - Latvia (リガ - ラトビア)

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ダウガヴァ川沿いの1905年記念碑
1905 monument, beside Daugava river

今日も快晴だ。BBCの天気予報では、今後1週間は天気が良いということだ。今年は少し旅行の運がついている。

8時すぎにゲストハウスを出発。旧市街を通り過ぎ、ダウガヴァ川に架かるアクメンス橋までやってくる。共産主義時代の"1905年の記念銅像"が鎮座している。1905年といえば、ロシア第一革命の年だ。

Train
Rīga Pasažieru(9:58発) → Majori(10:30着)
運賃0.5ラッツ(約100円)

Jūrmala - Latvia (ユールマラ - ラトビア)

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マユァリ駅前
in front of Majori station

旧ソ連の"リビエラ"と言われ、ソ連共産党の要人・高官が余暇を過ごす地だったバルト海沿いのユールマラ(Jurmala)へ行てみる。リガの近郊電車(こちらの路線は電化されている)は1時間に2本くらい出ているようで、運賃は0.5ラッツ(約100円)。車内はほぼ満員だったが、なんとか空いている席を見つけて座る。

リガ駅を出るとダウガヴァ川に架かる鉄橋を渡り、崩れそうな建物が点在している荒地を過ぎると、すぐに松林の中を走りだす。5分に1駅位のペースで松林の中の小さな駅に停車していく。30分程で、大きく蛇行したLielupe川岸辺のマユァリ(Majori)駅に到着。この駅がユールマラの中心の駅だという事だが、駅前にポツポツと何軒かの建物が見えるだけだ。観光の季節が終わっているせいか、レストランなどは軒並み閉鎖されている。

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マユァリの海岸
beach at Majori

駅前から東に延びる歩行者専用のJomas通り沿いには、観光客向けのレストランやお店がポツポツと建ち並んでいて、そこから直角に延びる道沿いに、別荘だと思われる大きな家が疎らに建ち並んでいる。もちろんお店は全て閉店していて、道を歩いている人もほとんど見かけない。

遠足なのだろうか、小学生の団体が1組歩いている。適当な道を選んで松林を横切り、町の北の海岸線に出てみる。千葉の九十九里浜のように、東西方向に延々とと続く砂浜。所々に海草が打ち上げられている。琥珀を探しているのだろうか、数人が下を向いて黙々と歩いている。ちょっと探してみたが、さすがに素人には見つけるのは難しそうだ...。

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Dzintari

巨大な公園(といっても、単なる松林)を抜けて、マユァリ駅より1駅リガ側の駅のDzintari駅にたどり着く。駅舎以外は何もない、松林の中の駅。電車が到着する時間になれば、どこからともなく20人ほど乗客が集まって来た。

Train
Dzintari(11:58発) → Rīga Pasažieru(12:30着)
6414列車 運賃0.5ラッツ(約100円)

Rīga - Latvia (リガ - ラトビア)

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中央市場のビストロ
bistro, at central market

12時30分リガに戻る。駅の裏手にある中央市場へ行ってみると、市場の一角にたくさんの人が集まっている所がある。立ち食い方式のカフェテリアが何軒か並んでいる。地元の人が集まっているということは、人気店なのだろう。20種類くらいの料理のサンプルがプラスチック製の皿に載せられて並べられている。その中から、魚のフライ風のものとボルシチを注文する。かなりの量があるが、1.6ラッツ(約320円)。

ゲストハウスに一旦戻り、食堂スペースにあるパソコンが空いていたので、メールのチェックをする。その後旧市街をのんびりと散歩して、夕方になったので再び中央市場に行ってみると、昼ごはんを食べたカフェテリアはすでに閉店している。壁に営業時間は8時〜17時と書かれている。何棟かある市場の建物の別の棟に行ってみると、18時まで開いているカフェテリアがあった。そこで夕食。昼食の時と似たようなメニューを注文して1.26ラッツ(約250円)。

Hotel
Central Hostel, 13号室
20ユーロ(約3000円)