2013年 キプロス、イタリア、ポルトガル旅行記 :
  ラルナカ、ニコシア、ギルネ

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December 18, 2013 (Wednesday)

Larnaca/Λάρνακα - Cyprus (ラルナカ - キプロス)

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アシノン通り (フィニコウデス・プロムナード)
Athenon street (Foinikoudes Promenade)

7時に朝日が昇る。東の空には、少し雲がかかっているが、だいたい晴れている。レフコシア(ニコシア)行きのバスが出発する10時30分までの間、ラルナカの観光地を巡っておく。

ホテルのすぐ前の砂浜には、内陸を睨みつけるキモン将軍像がある。紀元前5世紀に、ギリシア諸都市同盟(デロス同盟)側のアテナイの将軍として、アケメネス朝ペルシアに対して戦った英雄だ。キモンは、紀元前450年に起こったペルシアに対する反乱を助けるために派遣されてきた。キプロス島の大部分を制圧したのち、当時キティオンと呼ばれていた、ここラルナカに包囲戦を仕掛けているときに病死したと言われている。石像が陸上方向を睨んでいるのは、最後まで落とすことが出来なかった都市国家キティオンに対する威嚇なのだろうか、それとも現在でも島の北半分を占拠しているトルコに対する恩讐なのだろうか…。

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地中海に面したラルナカ城
Mediterranean seashore and Larnaca Castle

そのキモン像横を通り過ぎ、砂浜をまっすぐ南に向かう。夏にはビーチパラソルを立てるであろう杭が等間隔で並び、使う人もなく閉鎖されているシャワールームがところどころに並んでいる、シーズンオフの砂浜だ。時折、ジョギングしている地元の人がすれ違って行くくらいで、誰も歩いていない。およそ400mほど歩くと、海沿いに建つラルナカ城の前に出る。近くの桟橋から見る城の姿が、入場料を払って中から見るよりも美しかった。城の入場料は2.5ユーロ。この場所に砦が建てられたのは、12世紀から14世紀ごろのリュジニャン王国(キプロス王国)時代だそうだ。その後、街が衰退すると共に砦も風化していったようで、オスマン帝国時代の18世紀には廃墟寸前になっていたという記録もあるそうだ。

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ラルナカ城内の榴弾砲
Larnaca Castle, howitzer

近代になり、第一次大戦時にはドイツ軍が占拠し、その後はイギリス軍が収容所として利用していたため、現在見られるような頑丈な石造りの砦が再建されたそうだ。砦のゲートハウス部分には、イギリス軍が絞首刑に使った部屋が今でも残されていて、当時の写真も展示されている。砦内部の他の部屋には、オスマン時代の物と思われるアラビア文字の石版が埋め込まれた部屋や、イスラムの墓石が引き倒されて放置されている一角もある。第二次大戦のころ使われたと思われる榴弾砲や、オスマン時代の青銅砲も放置されている。この場所が沿岸要塞として使われていたのがよく分かる遺物だ。

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聖ラザロ教会
Church of Saint Lazarus

そのラルナカ城(砦)のすぐ隣には、グランド・モスクのミナレットが、まるで城の塔だと言わんばかりに絶妙の位置に建っている。さらに少し西へ歩いたところに、ギリシャ正教の聖ラザロ教会。9世紀ごろに建てられた当初の教会は、オスマン帝国により破壊され、19世紀になってから改築されたものが現在の姿だそうだ。どちらも観光地ではないようだが、街を代表するモスクや教会だということだ。聖ラザロ教会周辺は旧市街と呼ばれているそうで、入り組んだ道路沿いには商店が立ち並び、公設市場もあった。市場の中は雑貨屋が中心で、金融以外では農業くらいしかないキプロスなのに野菜や果物を売る店が少ないのは意外だ。

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ラルナカ行政区庁舎と哲学者ゼノン像
Zeno of Citium statue

ラルナカ市街地にある遺跡で、もっとも有名なのは「古代キティオン跡」だろう。ラルナカ城からは、市街地中心部を挟んだ街の北の丘陵地にある。海岸沿いのフィニコウデス・プロムナードを北へ。北端には哲学者ゼノン像と県庁がある。そこを道なりに西へ向かい、考古学博物館がある付近から緩やかな丘陵を登ってゆく。

考古学博物館のすぐ横では遺跡を発掘中で、看板には「考古学省による発掘調査中。立ち入り禁止」と書かれている。ガイドブックLonely Planetには「アクロポリス跡」と書かれているので、古代ギリシアや共和制ローマ時代のものかと思ったが、実際はもっと古い時代のもののようだ。Wikipediaの記事では女神アスタルトとフェニキア人が崇拝していた『街の神』メルカルトに捧げた神殿だったそうで、ギリシア神話の神を祀った所ではなかったようだ。

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キティオン・カタリ遺跡、第3・第1聖堂跡
Kition Kathari Site, Temple 3 and 1

さて、ラルナカ郊外の住宅地やイギリス人墓地の間の緩やかな坂道を登って行くと、単に広い空き地のようにしか見えないキティオン遺跡に到着。仮設小屋のようなチケット売り場で入場券(2.5ユーロ, 355円)を買う。先ほどのアクロポリスの方をキティオン・アクロポリス遺跡、こちらをキティオン・カタリ遺跡と区別して呼んでいるらしい。地面の土を引き剥がして掘り出されたところには、紀元前12世紀ごろに建てられたと言われている聖堂跡の、石造りの床下部分が広がっている。当時の建物は完全に消滅し、建物を支えていた支柱すら残っていないので、単なる瓦礫の広がる地面にしか見えない…。

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レフコシア行きバス
Intercity Bus for Lefkosia

この街の見所はこれくらいのようで、あとは郊外にオスマン帝国時代に造られたカマレス水道橋があるそうだが、遠すぎて徒歩でというわけにもいかない。

再び街の中心、フィニコウデス・プロムナードまで戻る。通りに面したマクドナルドで、遅い朝食(Big Breakfast 4.2ユーロ, 596円)。その後ホテルに戻り、昨晩、空港からの市バスを降りたところに停まっているレフコシア(ニコシア)行きの長距離バスに乗り込む。

Bus
Larnaca/Λάρνακα, Foinikoudes(10:30発)→ Nicosia/Λευκωσία(11:43着)
Intercity Bus, 運賃 4ユーロ(568円)
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ラルナカからレフコシアに向かうA2高速道路
A2 motorway from Larnaca to Nicosia

バスは始発のフィニコウデス バス停から満員で出発。地元の人がほとんどで、観光客と思しき人は5人程度だ。夏のハイシーズンなら、積み残しが出そうな感じだ。ラルナカ市内の何カ所かのバス停に停まって、その間に30分ほど過ぎる。ラルナカの街を出て高速道路に入る直前のバス停では、学生が道路を封鎖して警官とにらみ合っている。経済破たん問題が、まだ長引いているのだろうか。

オリーブ畑や潅木の生えた禿山という、単調な景色が続く高速道路を20分ほど走ると、首都レフコシア(ニコシア)の郊外に差し掛かる。IKEAのあるショッピングモールで何人か下車し、その後もバス停に停車するごとに客が降りて、終点の旧市街ソロムゥ広場バスターミナルまで乗っていた客は数えるほどだ。

Nicosia/Λευκωσία - Cyprus (レフコシア - キプロス)

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リドラス通り
Ledra str.

まずは、インターネットで予約したホテルに向かう。部屋には入れなかったので、荷物だけ預ける。ラルナカでは快晴だった空も、曇り空に変わっている。今日は、キプロス島の北岸にあるギルネまで行きたいので先を急ぐこととする。

歩行者天国となっている繁華街のリドラス通りを5分ほど北へ歩いていくと、北キプロス・トルコ共和国側に通り抜けられる国境検問所がある。そう、この街は世界で唯一、都市のどまんなかに国境線がある街だ。かつてのベルリンのように…

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リドラス通り国境検問
Ledra str. border control

パスポート検査場の審査窓口が数個開いているが、この時期は観光客が皆無のため誰も並んでいない。地元の人が行列を作っていないのは、買い物越境をするくらいの価格差が両国の間に無いのだろう。これから入国する北キプロスは日本政府と国交がないだけでなく、トルコ以外の世界各国もその存在を認めていない国だ。ヨーロッパではルーマニアとウクライナの間にある「沿ドニエストル共和国」と同じような立場の国なのだろう。

北キプロスの入国審査官は、パスポートではなくメモ用紙のような紙に入国スタンプを押してくれた。これは北キプロスのスタンプが押されていると、二度と南キプロスに戻れないことがあるからだという。入国審査窓口の横は、なんと観光案内所。地図を貰う。

North Nicosia/Lefkoşa - Cyprus (レフコーシャ - 北キプロス)

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ロクマジュ国境検問(リドラス通り国境検問のトルコ側)
Lokmacı border control

国境検問所を過ぎて、そのまま真っすぐに歩いて行き、旧市街北端のギルネ行きドルムシュ(乗り合いタクシー)の停車場に向かう。途中にあった銀行のATMで40トルコリラ(2000円)を出金。ギルネ方面には、バスとドルムシュの双方が走っているが、値段は高いが断然早いドルムシュのほうが時間が無い私には貴重だ。15分ほど停車場で待っていると、数人の客が集まりドルムシュが出発する。

Taxi
Lefkoşa, Girne Kapısı(12:35発)→ Girne, Ramadan Cemil Meydanı(13:09着)
KOMBOS Dolmuş, 運賃 5 トルコリラ(250円)
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ギルネに到着したドルムシュ
Ramadan Cemil Meydanı, Dolmuş from Lefkoşa

車は、郊外の幹線道路沿いで更に数人の客を拾って高速道路へ。しばらく平原を走ったのち、キプロス島の北岸に横たわるキレニア山脈を越える峠道となっている。峠を越えると、目の前に地中海の青紫の海と、海岸線沿いに並んでいる小さな町の白い家々が見えてくる。ギルネの県庁広場がドルムシュの終着点。

Kyrenia/Girne - Cyprus (ギルネ - 北キプロス)

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ギルネ旧港(キレニア港)
Kyrenia harbour (old port)

ドルムシュの終点から、すこし坂道を下ると旧港がある。中世の時代から続く港町で、小さな円形の湾に沿ってレストランが並んでいる。こういう所を欧米人は「ヴェネツィアン・ハーバー」と呼んでいるが、実際は中世よりもっと古く紀元前の古代ギリシアヘレニズムの時代から栄えた港だったらしい。

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ギルネ旧港とキレニア城
Kyrenia harbour (old port) and, Kyrenia Castle

欧米人が旧港をそう呼ぶのには理由がないわけではなく、港を大改修したのがヴェネツィア共和国だったという辺りだろう。ここギルネ(かつての都市名はキレニア)では、キレニア城を大改築して今の姿にしたのはヴェネツィア共和国と、その前に統治者だったリュジニャン王家だ。

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キレニア城内
Kyrenia Castle, courtyard and east wall

キレニア城に入場(12トルコリラ, 600円)し、港に面した塔から写真撮影をしていると、日本人から声をかけられる。キエフやサラエヴォを巡って、トルコに来たそうだ。次はイランのテヘランに行くとのこと。「物書きをして生計を立てている」とのことなので、政治経済的にホットな地域を巡っているのだろう。

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キレニア城、沈没船展示室
Kyrenia Castle , Shipwreck Museum

城は頑丈な城壁と、四隅にある塔だけで構成されていて、中央部分は椰子の木などが植えられている広場になっている。城壁や塔の内部は見学できるようになっていて、紀元前4世紀にキレニア港で沈没した商船が引き上げられて展示されている。木造の船が、海中で腐らずに残っていたものだと感心する。

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ギルネ旧港の灯台
Kyrenia harbour, lighthouse

次に旧港を見て回る。港を囲む岸壁の道には、レストランのテーブルが並び、くつろぐ人からエサをもらおうと、沢山のネコが歩き回っている。港と外海を区切る堤防はヴェネツィア共和国時代以降に造られたもので、以前は船溜りが海に直接開いていたようだ。船が勝手に出入港しないように、港を封鎖するための鎖を結びつていた石造りの塔が港の真ん中辺りに建っている。鎖のもう一方は、今でも残っている税関の建物あたりに結ばれていたようで、いかにもそれらしく見える灯台は19世紀頃の新しいものだそうだ。ガイドブックにも、こういう詳しい歴史は全く書いてないが、ペンシルバニア大学の「A GUIDE TO THE ANTIQUITIES OF KYRENIA」に詳しく書かれているので、これから旅行する人には必見の資料だ。

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ギルネ旧港沿いのレストラン街
Kyrenia harbour (old port), restaurants

まあ、そういうことはほとんど知らない観光客が、近世に造られた堤防や灯台の辺りをのんびりと散歩している風景も、旅情たっぷりだ。もっと長い時間この町に滞在して観て歩きたいというという衝動を抑え、レフコーシャに戻る時間が近づいてきた。ふと通りかかったドネル・レストランで遅めの昼食。10リラ(500円)で大皿にドネルケバブと、サラダなどを盛り付けたもの、さらに2ユーロでトルコ風ヨーグルト飲料(アイラン)を注文。南キプロス側で食べるより、若干安いと思われるが、トルコ国内に比べたらツーリスト価格だよね…。

Taxi
Girne, Ramadan Cemil Meydanı(15:30発)→ Lefkoşa, Girne Kapısı(15:55着)
KOMBOS Dolmuş, 運賃 5 トルコリラ(250円)

North Nicosia/Lefkoşa - Cyprus (レフコーシャ - 北キプロス)

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ギルネ門
Girne Kapısı

16時少し前、レフコーシャ(北ニコシア)旧市街北端のギルネ門近くでドルムシュを下車。弱々しい夕日が、ギルネ門の中央にある小さな建物を照らしている。門、と言っても、道の中央に19世紀に造られた見張台の小さな建物が残っているだけだ。その門の前には、巨大なアタテュルク像が仁王立ちで立っている。

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ビュユック・ハン
Büyük Han (Caravanserai)

国境検問所の方向へ向かう。検問所のすぐ東側には、教会の回廊のような建物に、レストランや土産物屋がは入居した建物がある。ビュユック・ハン(隊商宿)と呼ばれる、オスマン時代の16世紀にに建てられた施設らしい。隊商宿(キャラバンサライ)と呼ばれているが、他国と陸続きではないキプロス島に、ラクダで荷物を運ぶ隊商が居たわけではないだろう…。まあ、商品取引所というような意味合いで使っていたのだろう。

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セミリエ・モスク(旧ソフィア大聖堂)
Selimiye Camii (former Agia Sofia Cathedral)

さらに東へ少し行ったところに、かつてのソフィア大聖堂を改築して、モスクに転換した建物がある。現在の名前は、セミリエ・モスク。内部は、明らかにゴシック教会の建物だ…。キリスト教の祭壇があった内陣には何もなく、側廊の中間あたりにミフラーブがある。教会は聖書の教えの通り東向に建てられているが、メッカの方向が南東のために、ミフラーブが中途半端な角度で取り付けざるを得なかったのだろう。イスラムとしては、この建物は使いにくいに違いない…。

Nicosia/Λευκωσία - Cyprus (レフコシア - キプロス)

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リドラス通り
Ledra str.

辺りもだんだん暗くなってきたので、国境を越えてレフコシア(南キプロス側)に戻る。繁華街レドラ通りのスーパーマーケット(Debenhams)で夕食の食材を買い、ホテルに戻る。

Hotel
Sky Hotel, 201号室
35ユーロ(4970円)

December 19, 2013 (Thursday)

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レフコシアの城壁と壕
Venetian wall and Moat

6時30分ごろ、レフコシアの北キプロス側にあるモスクからアザーンの声が聞こえてくる。昨日、リドラス通りの地下にあるスーパーマーケットのパン屋で買ったパン(3個で1ユーロ)を食べてから、観光に出かける。天気は快晴。早朝は少し寒く感じる。

ホテルはレフコシア城壁内の歴史地区「ライキ・キドニア」と呼ばれる地区にある。すぐ南側には旧市街を取り囲んでいる城壁の稜堡があり、かつては砲台があったのだろうが、今はそこに市役所と国立図書館が建っている。

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ファマグスタ門
Famagusta Gate

レフコシアを取り囲んでいる星型要塞の城壁は、全長が5kmほどあり、16世紀のヴェネツィア共和国領時代に造られたものだ。3つあったかつての城門の一つ、ファマグスタ門(ラテン語ではジュリアナ門)を目指して城壁の上の道を反時計回りに歩いていく。

城壁の外の壕は、芝生広場だったり駐車場だったりと、特に歴史的な景観を残そうという雰囲気ではないようだ。11個ある稜堡には、それぞれ名前がつけられていて、市役所・モスク・自由記念碑・建築会社のヤードといった公共物や駐車場などに転用されていて、こちらも現代的な用途に転換されている。のんびりと20分ぐらい歩くと、ファマグスタ門のところまでやってくる。稜堡の付け根に申し訳程度に作られている古い門で、今はもちろん使われておらず扉が閉められている。

昨日、ギルネに往復したときに通り抜けた「ギルネ門」は、車が出入りする主要な道路として使われていたのとは違い、城門本体はかつての姿をとどめているのだろう。

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大司教館
Archbishop's Palace

ファマグスタ門のところから、城壁内の旧市街の観光を始める。道路は入り組んでいて、不思議な角度で交わっている。まるで、中東の旧市街「メディナ」のようだ。同じ星形稜堡でもドイツ系の人たちが造ったものは道が碁盤の目のように整然と並んでいるのに対して、ラテン系の人たちが造ったニコシアは道路がぐちゃぐちゃだ。民族性の違いか…。スマートフォンのGPSナビゲーションを使わないと、まともに歩くことはできそうにない。

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クプリアノス大司教と聖ヨハネ教会
Agios Ioannis Evangelistis

レフコシア(南キプロス側)の最大の見所の、17世紀に建てられた聖ヨハネ教会と、司教館内にあるビザンティン博物館(入場料4ユーロ, 568円)をまず見学する。教会の天井には、ビザンツ時代のフレスコ画が描かれていて、内陣にはイコンが大量に飾られている。まあ、この地域の一般的な教会といった感じだ。司教館と棟続きの博物館には、オープンと同時の9時に入場。まだ館内の照明がつけられておらず、私が見て歩くと同時に係員が照明のスイッチを入れて歩いていた。キプロス島各地の教会から集められたイコンや、壁から引きはがされて保存されているフレスコ画やモザイク画がたくさん展示されている。北キプロス共和国になっている地域のフレスコ画やモザイク画が、修復途中の状態にもかかわらず、作業用デスクの上に大量に並べられていた。トルコに占領される寸前に、とりあえず貴重なものだけ引きはがしてきたのだろうか…。

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レフコシア旧市街

旧市街中心のファネロメニ広場に向かう。かつては行政の中心だったようだが、市庁舎などは今朝見物した城壁のところ(20世紀初頭のギリシャの首相にちなんで名づけられたエレフテリアス広場)に移転してしまって、いまは歴史的な建物が残っているだけだ。北レフコシアとの境界に近く、旧市街の道路は行き止まりばかりなので、商店に資材を運ぶ車などで周辺の道は大渋滞だ。たしかに、こんな交通事情の悪いところに首都の行政中心をおいて置けなかったのだろう。

広場の中央には19世紀に建てられたファネロメニ教会。裏手にはファネロメニ女学校や図書館などがある。

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パフォス門前を走る国連の停戦監視車
UN Peacekeeping Force, at Paphos Gate

さらに西へ向かう。道路工事を至る所でしていて、歩きにくい。ファマグスタ門から星形要塞を東から西へ横断して、西端にあるパフォス門(ラテン語ではサン・ドミニコ門)のところまでやってきた。南北キプロスの国境線(停戦ライン=グリーン・ライン)のすぐ南側に沿って歩いてきたことになる。パフォス門は国境線がど真ん中に引かれていて、周囲には閉鎖された建物や道路などが点在している。門の前の道を国連の停戦監視部隊の車が横切っていく。停戦監視が必要だということは、まだ軍事衝突が起こる可能性があるのだろうか。

North Nicosia/Lefkoşa - Cyprus (レフコーシャ - 北キプロス)

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セミリエ・モスク(旧ソフィア大聖堂)
Selimiye Camii

ファネロメニ広場まで戻り、レドラ通りの検問所から北キプロスレフコーシャ(北ニコシア)に入る。昨日、夕方で撮影ができなかった隊商宿跡のビュユック・ハンセミリエ・モスクを撮影し、昼食を食べる。ギリシア側でもギロスという名前で売られている、鶏肉の焼き肉(チキン・ドネル)と米や野菜のサラダ、フレンチフライのセットの品を食べる。トルコでしか飲めないヨーグルト飲料のアイランも注文。合計で7ユーロ(994円)。昨日余った5トルコリラと、5ユーロを支払う。ギリシャ側で同じような料理を食べるより、3割くらい安く感じる。

Nicosia/Λευκωσία - Cyprus (レフコシア - キプロス)

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ライキ・キドニア地区
Laiki Yitonia

ホテルをチェックアウトする前に、10分くらい時間が余っていたので、レベンティス博物館を見学する。ここは、街の歴史を展示する博物館で、入場料は無料だった。昔の地図が展示されている部屋で、じっくりと昔の地図を眺めてみると、ほぼすべての地図で星形要塞の中心はソフィア大聖堂(現 セミリエ・モスク)だ。その他の主要な建物も現在では北キプロス側の旧市街地区にあり、南キプロス側は住宅のような特徴のない建物群がちょろっと描かれているだけだ。つまり、主要施設(観光地)のほとんどがトルコ側にあり、南のギリシア側に残されたものは「他にいくらでも代替の利く経済的施設だけ」のように感じた。

11時30分過ぎにホテルに戻りチェックアウト。ソロムウ広場のバスターミナルに向かうと、12時発のパフォス行きのバスが既に停車している。

Bus
Nicosia/Λευκωσία(12:00発)→ Paphos/Πάφος, Karavella Bus Station(14:10着)
Intercity Bus, 運賃 7ユーロ(994円)

Paphos/Πάφος - Cyprus (パフォス - キプロス)

バスはほぼ満員の乗客を乗せて、高速道路を途中停車なしで一気にパフォスまで走った。経路上で唯一の街レメソスに停車すると思いきや、高速道路から降りることなく一気に通過した。予定通りほぼ2時間で、パフォスのカラベラ・バスターミナルに到着。バスを降りると、外はどんよりと曇っている。

Bus
Nicosia/Λευκωσία(12:00発)→ Paphos/Πάφος, Karavella Bus Station(14:10着)
Intercity Bus, 運賃 7ユーロ(994円)

市バス618系統に乗り換えて、ネット予約したホテルのある海岸地区のカト・パフォスに向かう。バスは、緩やかな坂道をずっと下ってゆき、10分でカト・パフォスのバスステーションに到着。2日前のラルナカと同じく海辺のリゾート地だが、こちらのほうが街の規模が小さいのか、さらに閑散としている。海からの風が、シーズンオフで閉鎖された店々の間を吹き抜けている。

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聖パウロの柱
St. Paul's Pillar

ホテルにチェックインし、荷物を置いて、周辺の観光地をいくつか見て回ることにする。先ほど、市バスが通ってきた道沿いに巨大なショッピングモール(キングス・アベニュー・ショッピングモール)が見えたので、そちらのほうへ向かうことにする。まずは、ホテルのすぐ裏手にあるフリソポリティッサ教会跡へ。ビザンティン時代の巨大な聖堂跡に、ちょこんと英国国教会の聖堂(聖キリヤキ教会)が建てられている。この遺跡の見所は、教会ではなく、その敷地にある「パウロの柱」と呼ばれる高さ1mほどの大理石の円柱。

アンティオキアから第一回巡礼に出発した聖パウロが、パフォスで布教した際に、貼り付けにされ鞭打たれたときの「柱」だというのが伝承だ。聖堂跡の巨大な円柱が林立する中、敷地の端っこにちょこんと残っている白い柱が「この柱」だと気付かずに通り過ぎる人も多いと思う。

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聖ソロモニのカタコンベ
Catacomb of St. Solomoni

市バスの走る道に出て、街の中心方向の北へ。聖ソロモニのカタコンベと呼ばれる、墓の跡が道路沿いにある。傍らの木は、枝に大量のビニール袋や布切れが巻きつけられて、まるで「ゴミの大木」のように見える。「病に効く」という伝承があるそうだが、それにしても見栄えが悪い…。地下墓地に下りる階段があったので、降りて行ってみるが、照明も何もないのでおいそれと中を覗くこともできない。そのカタコンベの少し北にも、同様の墓場の跡。この街は、どうもネクロポリスの上に造られているようだ。

カト・パフォスから歩くこと1km弱、キングス・アベニュー・ショッピングセンターに到着。2階のフードコートにあるタコベルで夕食。観光地だからなのか、それともこの国の物価が高いからなのか、タコス1個と飲み物が5.2ユーロ(738円)とべらぼうに高い。ホテルに戻る途中にスーパーマーケットに立ち寄り、ぜんぜん足りなかった夕食の補充を買う(水、パン、ハム、果物などで3ユーロほど)。結構大きなスーパーマーケットだが、オフシーズンでゴーストタウン状態の街で経営が成り立っているのが不思議だ。

Hotel
Pyramos Hotel, 301号室
20ユーロ(2840円)