1994年 アメリカ横断旅日記 Across the USA by Train

September 23, 1994 (Friday)

日本からニューヨークへ向かうため、まず降り立ったのがロサンゼルス空港。朝8時40分、第2ターミナルのカフェでコーヒー(1.18ドル, 118円)を飲んで時間を潰す。ロサンゼルスで乗り換えた次の便は、デトロイト行き。ノースウエスト航空はデトロイト空港がハブなので、どうしてもそこを経由する必要があるのだろう。ロッキー山脈の上空から地表を眺めると、どこまでも続く茶色い山々が見える。日本や西欧の上空から見た山脈は木が沢山生えていて「緑色」だが、ロッキー山脈はまるで砂漠のような「赤茶色」の大地だ。昼食に巨大なターキーとチーズが挟まれたサンドイッチが1個出てくる。

Air
Los Angels(12:20発)→ Detroit, Metropolitan(19:20着)
NW334

19時20分、デトロイト空港到着。乗り継ぎ時間はたったの1時間ほどだ。次に乗るニューヨーク・ラガーディア空港行きのターミナルEまで、長い通路を歩く。壁には自動車会社や自動車の部品会社の巨大な広告スペースが並んでいる。そういえば、デトロイトは自動車産業の街だ。
20時40分に出発した飛行機は、1時間ちょっとでニューヨークのラガーディア空港に着陸。着陸寸前に照明が消えた客室内に、ニューヨーク市街地のまばゆいばかりのオレンジ色の光が差し込んでくる。空港は市街地のすぐ横にあるようだ。

Air
Detroit, Metropolitan(20:40発)→ New York, LaGuardia(22:25着)
NW334

New York - USA (ニューヨーク - アメリカ)

空港ターミナルからタクシーに乗る。運転手は中南米の言葉を話すおっちゃん。空港を出ると、ニューヨーク郊外の住宅街。この時間帯でも案外沢山の車が高速道路を走っている。マンハッタン島に入ったところの料金所で3ドル(300円)払い、予約したゲストハウスの前で降りるときに18ドル(1800円)支払い。感覚的には、日本と同じような値段かな。深夜に到着するので2泊分だけ日本から予約を入れた。それ以降は、適当にそのあたりのホテルを探すことになる。

Hotel
にちみ旅館 (336 East 22nd street Manhattan) : Sep 23 - Sep 24
21.5ドル(2150円)/1泊 (シングルルーム 朝食無し)
Hotel
Hotel Rutledge (30th street and Lexington avenue, Manhattan) : Sep 25 - Sep 27
60ドル(6000円)/1泊 (シングルルーム 朝食無し)

September 23 〜 September 27, 1994 : Sightseeing in New York

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国連本部 総会議場

国際連合本部ビル

見学に来る人が多いのか、国連本部ビルには観光客専用の入場口がある。入場券は6ドル(600円)。いろいろな国の人がごっちゃ混ぜのガイドツアー。アメリカの学生が社会見学に行った時のように、ガイドの人は説明もするけど参加者に対して質問も投げかける。翌日に安全保障理事会の会議が開かれるため、この日の見学コースは総会会場と経済社会理事会の会議場。演台のすぐ横まで行って演説の真似事ができたり、自分の出身国の座席を探したり。

1950年代に建てられたビルは、実はかなり傷んでいてとんでもない状態だと報道されている。

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ワールドトレードセンター

ワールドトレードセンター

1970年と71年に建てられた110階建て、地上410mの超高層ビル。日系アメリカ人建築家の山崎實が設計し、支柱の鋼材などには日本の八幡製鉄のものが使われたという。ウォール街に隣接しているため、金融・証券会社が数多く入居している。前年の1993年に爆破事件があり、ビルの地下と隣接する地下鉄駅が破壊された。入場料は4ドル(400円)で、110階の展望フロアまで登ることが出来る。この日はあいにく屋上(屋外)には出られなかった。風が強かったのだろうか…。

※ その後、2001年の同時多発テロで倒壊した。

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イーストリバーとブルックリン橋、マンハッタン橋
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110階展望台
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セントラルパーク

セントラルパークとメトロポリタン美術館

大都会の真ん中に、よくこれだけまとまった公園を残すことが出来たものだと感心する。19世紀中頃に公園が造られるときに、敷地内に住んでいた住民は立ち退かされたそうだ。氷河期にはこのあたりまで氷河が流れていて、巨大な岩で出来たマンハッタン島を氷河が削った跡を公園内で見ることが出来る。

公園の東側に食い込むようにしてメトロポリタン美術館の建物が建っている。入場料は7ドル(700円)。巨大な建物の中には、巨大な吹き抜け空間が造られていて、エジプトのデンドール神殿がそのまま移築されている。尾形光琳がカキツバタを描いた「八橋図」も展示されている。

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地下鉄車内

地下鉄とバス

マンハッタンの地下のいたる所に地下鉄が走っている。同じ通りに2路線が並行して走っているようなところもあって、片側の路線が快速運転していたりする。これだけ密集して地下鉄が走っているにも関わらず、地上にはバスも縦横無尽に走り、さらにタクシーもそこら中に走り回っている。地下鉄だけで十分そうに見えるのに、どういうふうに住み分けてるんでしょうか…。地下鉄はメトロカードという磁気カードもあるが、一見さんは1.25ドルのトークンを買うほうが便利。

治安

連日、地元のテレビでは“ギャングの抗争で○○人殺された”というような報道をしている。子供のギャングも居るようで、それもまた残虐な殺人をしていたりする。滞在期間の後半に泊まったHotel Rutledgeのエレベーターの内部は、銃弾がめり込んだ穴が沢山あるし、夕暮れ時以降は付近で“パーン”と乾いた発砲音が頻繁にしている。前半に泊まったにちみ旅館の近所にある1番街の病院も、ギャングの抗争で死者が出たとテレビで報道していた。

夜中に外出するなど、まさしく命がけの街。これでも先進国なのでしょうか…。

September 26, 1994 (Monday)

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ニューヨーク グランド・セントラル駅
New York, Grand Central Terminal Main Concourse

ニューヨークのマンハッタン地区で最も大きな駅、グランド・セントラル駅に向かう。地下にある巨大な駅舎の上には59階建てのメットライフビル(旧パンナム・ビル)がそびえ建っている。地下鉄から一旦地上に上がり、パーク・アベニュー側の入口から駅コンコースに降りる。今日は、アメリカ大陸を横断するアムトラックの切符を買うために来たのだが、その窓口は閉まっている。「お知らせ」と書かれた貼り紙がしてあり、“予約などはペンシルベニア駅で行う”とある。

再び地下鉄に乗り、ペンシルベニア駅へ。近郊列車を運行するニュージャージー鉄道のコンコースを越えて地下道のつきあたりまで行くと、「長距離列車の待合室」といった感じのところに出る。その真ん中に案内所があったので、予約方法を聞いてみる。A4の再生紙で出来た時刻表冊子を手渡され、1-800-USARAILに電話すると予約が取れるそうだ。本来列車を待つはずのベンチに座って、時刻表を元にスケジュールを立てる。

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ニューヨーク ペンシルベニア駅
New York, Pennsylvania Station
(Madison Square Garden)

今回の旅の条件は、「10月7日にはシアトルに着く必要がある。見たいものはどこまでも続く大地を走る列車からの車窓。予算が許せば寝台車に乗ってみたい」。30分ほど時刻表と格闘した結果、「ブロードウェー・リミテッド号」でシカゴまで行き、そこで「エンパイア・ビルダー号」に乗り換えてシアトルまで行く北米大陸横断コースを決定する。傍らにある公衆電話に25セントコインを入れ予約センターに電話する。

予約センターによれば、“エンパイア・ビルダー号は明日は満員で、明後日28日なら個室寝台(Roomette)が空いているそうだ。それが空いている寝台では最低価格のもの”だそうだ。次に、シカゴからシアトルまでの座席状況を聞く。”ほぼ毎日満員で、寝台車(Economy Bedroom)は最も早くて10月4日に空きがある”そうだ。好きな日付を選ぶどころではない。即座にその席の組み合わせで予約する。日本の旅行代理店でUSAレールパスを購入した事と、レールパスの番号(7700245225-1 Nationwide)とパスポート番号を告げる。予約センターより予約確認番号「907265」をもらう。

コンコース内にある発券カウンターに行き、予約確認番号を伝えのチケットを発券してもらう。出てきた切符を確認すると、シカゴ〜シアトルの日付が間違っていたので正しいものに換えてもらい、クレジットカードで支払いをする(488ドル)。寝台車の乗客には特別の待合室があるらしく、ニューヨークとシカゴで利用できるらしい。

September 28, 1994 (Wednesday)

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ペンシルベニア駅に停車するブロードウェー・リミテッド号
Broadway Limited Express at Pennsylvania Station

11時30分、ニューヨーク・ペンシルベニア駅に行く。駅コンコースにあるチェックイン窓口でチェックインする。コンコース兼待合室のベンチでは、ボストンやワシントンへ向かうターボライナーを利用するらしいスーツ姿のビジネスマンや、どうみても休暇に行く家族連れなど様々な人が列車を待っている。私は寝台車のチケットを持っているので、少し豪華な専用待合室(メトロポリタン・ラウンジ)で待つことが出来る。絨毯が敷き詰められた室内には、ゆったりとしたソファーが置かれ、無料の飲み物やクッキーが置かれている。まるで空港のビジネス・クラス専用ラウンジのようだ。

12時20分頃、ブロードウェー・リミテッド号の乗車開始がアナウンスされる。コンコースに出て、エスカレーターを降りると列車はすでに入線している。銀色の車体にトリコロール・カラーが施されたおなじみのアムトラックの車両だ。4100号車を探して乗り込み、割り当てられた個室寝台の06号室に入る。列車は、12時45分ペンシルベニア駅を出発。

New York → Chicago

Train
New York, Pennsylvania Station(12:45発)→ Chicago, Union Station(+1 day 09:30頃着)
Amtrak, Broadway Limited 個室寝台料金 168ドル(16,800円) + USA Railpass 218ドル(21,800円)
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遠ざかって行くマンハッタン
Manhattan far away

ゆっくりとイースト・リバーのトンネルを抜け、ニュージャージー鉄道の駅を次々と通過して南下する。車掌が検札にやってくる。昼食はどうするかと聞いてくるので、ターキー・サンドウィッチにチーズをたっぷり入れたものに、コーラーを部屋まで持ってくるように頼む。13時05分、街の規模の割にさびれたニューアーク駅に到着。列車は郊外の住宅と小企業のオフィスビルと小工場などの混じった地域を走る。昼食がやっとやってくる。料金は無料のようだ。

まずは部屋の中の紹介をしよう。車両の中央に廊下があり、左右に個室が並んでいる。部屋の窓の左右に椅子がある。2つの椅子は背もたれを倒してつなげる事でベッドになる。左側の椅子の通路側には洗面台と小物入れがあり、洗面台を持ち上げるとトイレが出現する。右側の椅子の通路側はクローゼットと物入れとなっていて、シーツや毛布なども収められている。廊下との間の扉はガラス窓が付いたスライド式の扉で、ブルーのカーテンがかけられている。
車内の探検に出かける。私の乗っている4100号車にはルーメットが10部屋くらいあるのだが、3~4部屋が埋まっている程度の乗車率だ。隣の車両はさらに豪華なベッド・ルームで車両の片側に廊下があり、一部屋が広く取られている。室内を観察すると、椅子とベッドは別となっており部屋の雰囲気も少し豪華なようだ。その向こうは食堂車で、準備中だ。食堂車の隣にはクロスシートのコーチ車、さらに隣の車両はスランバー・コーチという簡易寝台車だ。

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フィラデルフィア 30th ストリート駅
Philadelphia, 30th Street Station

景色はニューヨークを出てからずっと郊外の住宅・企業・家庭菜園みたいなものの連続で、森林や大農場というような“アメリカ的だ”と思っていた景色とはちょっと違う。14時過ぎ、灰色に濁ったデラウエア川に架かる鉄橋を渡ると、高層ビル群が見えてくる。14時30分、フィラデルフィア・30thストリート駅の地下駅に到着。30分ほど停車して、しばらく南下してワシントン方面に行く路線より分岐し、西に向かう。ここからしばらく整備状況の悪い単線になり、レールの継ぎ目で「ゴン、ゴン」と音がするようになる。住宅がポツポツ建つ林の地区を抜けると、なだらかな丘陵の農場地帯となる。鉄道のすぐ横に道路が並んでいて、時速100kmくらいで走る列車と自動車が仲良く並んで走っている。道路沿いにはフォードやゼネラル・モータースといったアメリカの自動車会社の販売店だけでなく、トヨタやホンダの店も何店舗もある。案外、日本車も人気なのだろうか。

17時、巨大な貨物駅を通り過ぎ、ハリスバーグ駅に到着。駅のすぐ横に、大きな通信用の鉄塔が建っているのが印象的だ。車内放送で、この先の天気が悪いので列車の出発が少し遅れると案内がある。まだ雨は降り始めていないが、多くの乗客がホームに降りて心配そうに空を見上げる。17時20分頃、出発。列車は、街を出てすぐのサスケハナ川の鉄橋を渡る。アメリカ東部では最も長いというサスケハナ川は増水していて、鉄橋の線路ぎりぎりまで水に浸かっている。ハリスバーグの対岸は洪水で、川沿いの家が床下浸水している。線路は少しだけ盛土をしているのでなんとか冠水はしていないが、そういう状況であっても列車は構うこと無く全速力で北西に進んで行く。

車掌からもらった「寝台車の乗客証明書」を持って食堂車に行く。寝台車の乗客は、食堂車での食事は無料だが、飲み物だけは有料(どうして飲み物だけ有料…?)。 車窓の洪水と暮れ行く山々を見ながらパスタを食べる。時々山の向こうに稲妻が光るが、列車の辺りには多量の雨が降っているわけではない。同じテーブルでベシタリアン食を食べている男性の話しによれば、この辺りで洪水は珍しいものではないらしい。シカゴに着いてから見たニュースでは、記録的な豪雨で東部一帯で洪水が発生しているとのことで、翌日のブロードウェー・リミテッド号は運休したとのことだ。

列車はサスケハナ川の支流のジュニアータ川沿いに、アパラチア山脈の2000m級の山々の間を縫うように右へ左へ曲がりながら進んでいる。だんだん人家が減ってゆき、林の中を走るようになる。辺りは日が暮れて真っ暗になる。
22時40分頃、ピッツバーグに到着。郊外も合わせれば200万人の大都市だ。数十人の乗客が乗り降りする。23時頃、列車はスイッチバックで後ろ向きに出発。オレンジ色の街灯に照らし出された、人っ子一人いないピッツバーグの道路を眺めていると眠くなってくる。

September 29, 1994 (Thurssday)

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早朝、インディアナ州付近の景色
Indiana at early morning

朝起きると、もやのかかった大平原の農場地帯を走っている。線路に沿って立っている、木製の今にも倒れそうな電柱がわびしく見える。だんだん夜が明けて明るくなってくる。車内放送で東部時間から中部時間に変わったので1時間時計を戻すように案内がある。所々にある踏切で、いかにも農場といった感じのトラックが列車が通過するのを待っている。昨日までのアメリカ東海岸の景色とは違う、大農場地帯という雰囲気だ。

食堂車に朝食を食べに行く。部屋に朝食を運んでくれるサービスもあるようだが、私は食堂車で他の乗客と話しながら食事をする方が好きだ。出発時には半分の部屋も埋まっていなかった4100号車は、途中駅からの乗客で8割以上が埋まっているようだ。途中で降りた客の事も考えると、おそらく満室での運行なのだろう。

列車の速度が落ちて、平原の中で停車した。何が起こったんだろうかと思っていると、車内放送で“本日は信号システムの改修工事で信号が停止しているため、間違った路線に入ってしまった。20分ほど戻って本来の正しい路線に戻ります”と。信号が停止した状態で運行している鉄道もすごいが、間違った路線に入っても気づかずに20分も走り続けるというのも信じがたいものだ。さすが、大陸人はおおらか…。

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ハモンド・ホワイティング駅
Hammond-Whiting Station

7時、シカゴ都市圏の端っこにあるハモンド・ウイティング駅に停車。この駅を出るとイリノイ州に入る。もやも晴れ、天気は快晴だ。農場が切れて、都市近郊の“荒れ地”に入る。工場がちらほら見えるようになり、列車のブレーキがキーキーとかかり始める。ブレーキがなかなか利かないのか、こういう運転の仕方なのかは知らないが、停車する10分以上前からブレーキをかけ始めるのがアムトラック流のようだ。シカゴの南部の住宅街に入る。アメリカ東海岸の街に比べて、どことなくすさんだ感じがする。すぐ横を2階建て車両の近郊列車が追い抜いてゆく。9時30分頃、シカゴ・ユニオン駅に到着。予定より1時間遅れている。

駅コンコースに出て公衆電話を探し、ホテルの予約をする。地球の歩き方に載っている何軒かに電話して、シカゴ川の北側にあるキャス・ホテルに空きを見つける。1泊50ドルということで、少し高いが他に選択肢もなさそうなのでそこに決める。駅を出て、高層ビルが建ち並ぶシカゴの中心街を通り、約4km離れたホテルまで歩く。碁盤の目になった道路の1ブロックがかなり大きく、結構遠い。タクシーにすればよかった…。

Hotel
Cass Hotel
52.7ドル(5270円)/1泊 (ダブルルーム 朝食無し)