アドリア海周辺を旅する :
    オリンピア、ミストラ

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October 2, 1999 (Saturday)

Ferry
Venice(金曜 19:00頃発) → Patra(日曜 06:00頃着)
Strintzis Lines, Superferry Hellas 運賃 164000リラ(11234円)
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アドリア海の朝、ガルガーノ半島沖
off the Gargano peninsula

船は音もなく海の上を進んでいる。東にクロアチアの小さな島(パラグルジャ島, Palagruza)が、西にイタリアのガルガーノ半島(ガルガーノ半島、イタリア)が見えている。ゆっくり進んでいる巨大な貨物船を追い抜いてゆく。さすがスーパーフェリーと名付けられているだけあって、速い。

私が泊まっている船室は4人部屋で、2名のコソボ人、1名のギリシャ人が同居人だ。そのコソボ人はコソボ紛争でスウェーデンに避難した難民で、NATO主導の治安維持部隊(KFOR)が展開し紛争が一段落したため、まだ国に残っている姉を助けるため一時帰国するそうだ。旅行ガイドLonely Planetに付いている地図で彼らの故郷の町を教えてもらったが、彼らの国はセルビアの一部とされ街の名前はコソボ名とセルビア名(キリル文字)の併記となっている。内戦とはややこしいものだ。コソボには日本が援助して建てた仮設住宅があるようで、地元では感謝されているとのことだ。

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スーパーフェリー・ヘラスの最上階プール
Superferry Hellas, top deck pool


朝食を食べ、ラウンジでギリシャのテレビ・ニュースを見る。日本の核関連施設の事故の続報をやっている。イタリアの新聞では、防護服を着ていないレスキュー隊を「カミカゼ」と言っていた。

映画館で映画を見る。1日3本映画をやるようだ。ハリウッドの映画にギリシャ語の字幕なので、外国人でも英語さえ分かれば楽しむことができる配慮がされている。逆に船内のテレビはギリシャ国内の包装がそのまま流れているので、ギリシャ語が分からなければ絵を見ているだけだ。ラウンジには、現金(コイン)を直接入れて楽しむスロットマシンも置いてあり、賭博を禁じている日本では考えられないことだ。

船のラウンジなどには一応禁煙席があるのだが、何事も自由気ままに生きるギリシア人の例に漏れず、ルールを守る人が少ないのは困ったものだ。後部デッキのプール周辺に置かれているゴミ箱に“燃えるゴミ”と日本語で書かれているものがある。今年東日本フェリーから身売りされたこの船が、日本で就航していたという“しるし”がまだ残っている。

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アルバニア沖
Albanian coast

デッキで景色を見ている時、隣に居たアテネから来た人に、先月起こった地震のことを聞いてみた。全然大したことなく、10年近く前に起こった地震に比べてもはるかに小さく、家の(トルコ製の)花瓶が倒れて割れたくらいだったとのこと。「テレビでは崩壊していた工場が映っていたが」、と聞くと、「報道陣は珍しいものしか放送しないからねぇ…」。と言っていた。彼は、退役した海軍軍人なので、少々の地震くらいでは驚かないのかもしれない。(記録によれば、9月7日に起きた自身の大きさはマグニチュード6で、死者143名、負傷者2000名以上、全壊した建物100棟以上とのことだ)

昼食後、船尾のプール・サイドで景色を眺めながら読書する。プールでは10人程度の高校生くらいの女の子と数人のおばちゃんが泳いでいる。左手にアルバニアのジュハサス岬が見えてくる。ここから先はアルバニア沿岸沿いを進んでゆく。ほとんど木の生えていない、山がストーンと落ち込んだような崖が連続するアルバニア領には、崩れそうな崖沿いに道が作られているのが見える。人家も農地も無い低開発の地域だが、時折小さな村があるのが遠くからでも見ることができる。

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イグメニツァ港に接岸
call at Igoumenitsa

夕方、右手にギリシャ領のケルキラ島が見えてきて、18時ごろアルバニアのサランダ沖の狭い海峡に差し掛かる。ケルキラ島の最大都市のケルキラが見えてくるが、そちらには入港せずに通過し、バルカン半島側で、アルバニア国境と接するギリシャのイグメニツァ港(Ηγουμενίτσα)に寄港する。20時30分、船の後部ハッチが開かれて積載されていたトレーラーがどんどんと下船してゆく。私が泊まっている船室に居たコソボ人もこの港で降りていった。ここからバスでコソボを目指すそうだ。

トレーラーが下船し終わると、すぐに出港したフェリーはヴェネツィア方面に引き返し、22時30分にケルキラ港(Κέρκυρα)に着岸する。トラック輸送を優先するためにイグメニツァを先にしたのだろうか…。フェリーの乗客の大半はここまでで下船してしまい、最終目的地のパトラまで乗っているのは少数だ。

Hotel
Superferry Hellas, room 418-B
164000リラ(11234円)/2泊,運賃込

October 3, 1999 (Sunday)

Pátra / Πάτρα - Greece (パトラ、ギリシャ)

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4時すぎごろ、ギリシア語で船内放送。多分英語でも言ったのだろうが、寝ていて聞き逃した。部屋のドアを開けて通路を見ると、クルーがほかの部屋の掃除をしている。船体から響いてくるエンジンの音も、聞こえないほど小さくなっている。パトラ港に接岸するために減速しているのだろうか。急いで服を着て顔を洗い、荷物を持って1デッキ下のラウンジへ。船はパトラ港に接岸するところだった。

5時30分、パトラに到着。船内でギリシャの入国審査官によるパスポート検査を受けて船を降りる。外はまだ真っ暗で、空には星が光っている。ここまで南下してくると、全然寒さを感じない。岸壁から市内道路に出る。港のどのあたりに居るか分からないが、とりあえず南の(右の)ほうに行ってみる。船から降りて、徒歩で街に出てきたのは私と老人の2人だけだった。彼も長距離バス停を探しているそうなので、いっしょに行く事にする。まもなく鉄道の線路を横切り、ガイドブックLonely Planetの地図で位置が確認できる。(方向はあっていたようだ)

長距離バス停が見つかる。彼はまったくギリシア通貨を持っていないらしく、両替できるところを探している。私も手持ちが2000ドラクマ(680円)しか持っていないので、ATMを見つけなければ…。

バス停の時刻表によれば、ペロポネソス半島を南下するバスは6時と8時に出るが、6時のはATMを探していると間に合いそうに無い。200mほど南西にある国鉄駅まで行ってみる。駅はバスターミナルよりさらに寂れた感じがする。壁に貼ってあるギリシア全図も黄ばんでいて古そうで、本当に列車が運行されているのかよく分からない。駅の斜め向かいに国営銀行があったので、そこのATMで50000ドラクマ(17000円)を出金する。私と一緒に来た老人はイタリア リラ紙幣の両替をするため、国営銀行の横にあるホテルのレセプションで換金していた。

パトラは人口20万人のギリシャ第3の大都市のはずだが、ものすごく寂れた雰囲気を受けるのは私だけだろうか。それとも、街の中心は中央駅やバスターミナルがあるこのあたりではなく、他にあるのかもしれないが…

Bus
Pátra/Πάτρα(08:00発) → Pyrgos/Πύργος(09:45頃着)
KTEL Bus, Kalamata行き 運賃 1800ドラクマ(612円)
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ピルゴス, KTELバス停のオリンピア行きバス
KTEL bus terminal, bus for Olympia

8時のカラマタ行きのバスに乗る(運賃1800ドラクマ, 612円)。私と一緒にフェリーを降りた老人はペロポネソス半島の南端のビーチに行くそうなので、カラマタまでいっしょに行く事とする。ベンツの年代物のバスは、一般道沿いある町にこまめに停車しながら南下してゆく。車窓がまぶしくサングラスが必要となる。過ぎ行く町の雰囲気は、イタリアよりさらにグレード・ダウンして貧しそうに見える。すれ違う車もオンボロのが結構走っている。乾いた土地にはオリーブなどの潅木が生えている場所が多く、道端の雑草はイタリアのものよりさらに巨大化して背が高いものが多いように感じる。

9時45分、ピルゴスのKTELバス停に停車。オリンピア遺跡を観に行くので、ここで乗り換える必要がある。10時30分、オリンピア行きバスに乗車(運賃400GRD, 136円)。バスのグレードはさらに落ち揺れが激しい。11時15分、終点オリンピアに到着。

Bus
Pyrgos/Πύργος(10:30発) → Olympia/Ολυμπία(11:15頃着)
KTEL Bus 運賃 400ドラクマ(136円)

Olympia / Ολυμπία - Greece (オリンピア、ギリシャ)

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オリンピア, 競技場のゲート
gate of Stadium

バス停の前の観光案内所で、町の地図をもらう。ピルゴスに戻る次のバスは13時15分、列車は12時30分。これらに乗り遅れると、今日中にカラマタにたどり着けなくなる。

バスが来た方向と反対方向に(南に)しばらく歩くと行き止まりで、左に道なりに行くと小さな川(アルフレイオス川の支流)を渡る橋があり、その先に古代オリンピア遺跡の入口がある。入場料1200ドラクマ(408円)。スポーツ施設跡というと崩れた陸上競技場をイメージしてしまうが、ここは崩れた神殿などがほとんどだ。もちろん陸上競技場跡もあるが、当時の陸上競技場は今のように屋根などの建物があったわけではないので、こちらは観客席も含めほぼ完璧に残存している。

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オリンピア, ヘラ神殿
Temple of Hera

近代オリンピックの採火式で、ウェスタの処女に扮した綺麗なお姉さんが採火式を行う、紀元前6世紀に建てられたヘラ神殿跡。巨大な円柱が崩れて地面に散乱している、紀元前5世紀に建てられたゼウス神殿跡など、立ち入り禁止区域もなく自由に敷地に入って見物できる。観光客が増えてきたら、遺跡がだんだん破壊されていくのでこんな牧歌的な状況がいつまで続くのかはわからないが…。

列車の発車時刻が近づいてきたため、町に戻る。もう少し時間があれば、少し離れた場所にある博物館も見れたのだろうが、今回は諦めた。駅に行くと、既にピルゴス行きの列車が停車している。列車は小さなディーゼル機関車に、貨車が1両とフランス国鉄の相当古い中古車の客車が1両という構成だ。駅舎で切符を買い(210ドラクマ, 71円)、客車に乗り込んで出発を待つ。

Bus
Olympia/Ολυμπία(12:30発) → Pyrgos/Πύργος(13:15頃着)
Train 運賃 210ドラクマ(71円)

Pyrgos / Πύργος - Greece (ピルゴス、ギリシャ)

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国鉄オリンピア駅
OSE Olympia station

13時15分ごろピルゴス駅に到着。とりあえず昼食を食べようと街に出る。駅から南へ、繁華街の10月28日通り付近を目指して歩く。日曜だからか、ほとんどすべての店が閉店して、歩行者天国はシャッター通りと化している。少し駅の方に戻り、たまたま開いていた食堂に入って、“作れる”料理(2700ドラクマ, 918円)を注文する。オリーブオイルをたっぷり使ったロースト・チキンだ。

この町からカラマタ行きのバスは9時45分と16時、列車は9時10分と16時30分。いくら閑散路線とはいえ、間隔開きすぎてないか…。時間を潰すために繁華街の隣にある公園へ。高台にある公園からの眺めは結構良く、木陰のベンチに座って休憩する。イタリア人の老人は列車でカラマタに行ってみたいとのことで、私はバスの方がよかったので、カラマタで再会しようということで別れる。KTELバスターミナルで切符を買う(2300ドラクマ, 782円)。16時発のバスは、20分ほど遅れてやってきた。満員だった。席が無いバスに3時間も乗っていられないので、チケット売り場で“むりやり”返金してもらった。

鉄道駅に向かって走る。列車が出るまで、10分だ。5分前に駅に着く。窓口で切符(860ドラクマ, 292円)を買う。ホームのベンチにあの老人が座っていた。「やっぱり鉄道が正解だったろう」と言われると、言い返すこともできなかった。定刻どおり16時30分に列車はやってきた。4両編成で、結構すいている。

Bus
Pyrgos/Πύργος(16:30発)→ Kyparissia/Κυπαρισσία(18:00頃乗換)→ Kalamáta/Καλαμάτα(20:00頃着)
Train 運賃 860ドラクマ(292円)

列車に乗っている途中で背中に痛みが走る。何か虫に噛まれたようだ。ピルゴスの公園で老人と移民問題について話しているときに、木の上から虫のようなものが落ちてきて首のところから服の中に入ったことを思い出した。日本に帰って医者に相談したら、サソリに噛まれた様な跡が腰の所にあるとの事だった。ギリシャにサソリがいるんですかね…。18時ごろ、丘の上に城が見えるキパリシア駅に着く。車内の客が全員降りて、斜め向かいに停まっている2両編成の列車に移ってゆく。車内には私と老人が残された。車掌がやってきて、どこまで行くのか聞いてきた。カラマタだと答えると、急いで向かいの列車に乗り換えるように言われる。ギリシャ語で車内放送があったそうだが、そんなの外国人が聞き取れるわけ無いだろ…。

乗り換えた車両は、満員だった。列車はスイッチバックで後ろ向きにゆっくりと走りだす。途中でパトラ方面へ戻っていく路線と分岐し、列車はゆっくりとキパリシア山脈の丘陵地帯を登ってゆく。夕日が車内に差し込んでくる。列車は右に左に曲がりながら、低い山脈を越えてゆく。まもなく日暮れ。時刻表より20分遅れの20時に、カラマタ駅に到着した。

Kalamáta / Καλαμάτα - Greece (カラマタ、ギリシャ)

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カラマタ, ゲオルギオウ広場
Kalamata, Plateia Georgiou

ピルゴスもそうだったが、カラマタも旅行ガイドLonely Planetには何の記述も無い。老人の持っているイタリア語のガイドブックを見ても状況は同じだ。さあ、行きあたりばったりでホテルを探そう!

とりあえず、列車から降りて夜の町へ散っていく人の流れの方向(駅を出て右)へ行くと、町の中心と思われるゲオルギオウ広場に出る。道端に大きな地図を発見。ホテルのリストも載っている!

一番近くのビザンチン・ホテルへ行ってみる。1泊6000ドラクマ(2040円)だという。老人はもっと安いホテルがあるはずだというので、ゲオルギオウ広場に沿って北へ行ってみる。広場の北端にパン屋があったので、老人が入っていって安ホテル情報を聞いている。このあたりの一番安いホテルはビザンチン・ホテルだということだ。10分くらい時間を無駄にしたが、先ほどのホテルに戻りチェックイン。

夕食は、ホテルで教えてもらったファストフード店(Goody's)で“レストラン風”ハンバーガー(1570ドラクマ, 533円)を食べる。

その夜…
ホテルの部屋に、無数の蚊が… 10匹以上捕まえたが、未だにいる。トイレのタンクから湧いているようだ。結局1睡もできなかった。

Hotel
Byzantio Hotel, room 308
6000ドラクマ(2040円)

October 3, 1999 (Sunday)

ホテルをチェックアウトし、昨晩街頭に掲示されていた地図を書き写したものを参考にバスターミナルを目指す。途中、交通整理をしている警官に「クテルのバスターミナルまでどれくらいあるか」聞いたら、あと5分だと教えてくれ、敬礼までされてしまった。(英語を話せるギリシア人でさえ珍しいのに)

途中のスーパーマーケットで、朝食用にチョコ入りクロワッサン2個と水を買う(328ドラクマ, 111円)。ゲオルギオウ広場を北端まで行き、川を埋め立た広い公園のような道路をどんどん北へ、1kmほど行った所にバスターミナルを発見。

切符売り場でスパルタ行きの切符を買おうとすると、その便に関してはバスの中で直接料金を払えば良いとのことだ。昨日ホテルで聞いた情報では、スパルタ行きのバスは9時15分発のはずだが、9時10分になっても“スパルタ行き”と方向幕に表示したバスは一向にやって来ない。もしかしたら、スパルタは単なる経由地かも…。バスターミナルの駐車場に停まっているバスに片っ端から聞いてゆくと、アルテミシア行きのバスの運転手が“このバスに乗れ”と教えてくれる。

Bus
Kalamáta/Καλαμάτα(09:15発)→ Artemisia/Αρτεμισία(09:55着/10:05発)→ Sparta/Σπάρτη(11:10着)
KTEL Bus 運賃 450ドラクマ(153円)+ 600ドラクマ(204円)
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タイゲトス山脈
Taygetus mountain range

バスは定刻通りに出発し、町を出るとすぐに山道を登り始める。カラマタの全体が見渡せる崖沿いの道をとおって、タイゲトス山脈へと入ってゆく。右へ左へカーブを切りながら、乾いた山を登ってゆく。山にはまばらに木が生えているだけだ。山肌は地層があらわになっていて、まるでミルフィーユだ。9時55分、山間のアルテミシア村に到着。全員下ろされ、バスはカラマタへ引き返してゆく。

バス停の前には小さな食堂があり、軒先の椅子に座って向こうからやってくるバスを待つ。10時5分、スパルタからやって来たバスに乗り込む。バスはさらに山を登ってゆき、標高1350mの峠を越える。峠にはトマト農場の直売所があり、運転手がトマトを買っていた。

タイゲトス山脈のど真ん中を越える延長60kmのこの路線は、まさしく絶景の連続だ。ただ、地元の乗客でも途中で車酔いを起こしてしまい、バスを一時停車させて道端にゲロを吐いていたので、車酔いする人には鬼門かもしれない。

スパルタのバスターミナルで、今度はミストラ遺跡行きのローカルバスに乗り換える。ミストラ行きは1時間30分に1本ずつ出ていて、ちょうど出発したばかりだ。次のバスは12時30分のため、待ち時間にバスターミナル内のカフェで昼食。サンドイッチとジュースで1050ドラクマ(357円)。コインロッカーが無いので、KTEL切符売り場に荷物を預かってもらう。

Bus
Sparta/Σπάρτη(12:30発)→ Mystras/Μυστράς(13:05着)
KTEL Bus 運賃 230ドラクマ(78円)

Mystras / Μυστράς - Greece (ミストラ、ギリシャ)

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アギオス・テオドロス聖堂と王宮
Agios Theodoros and Palace of Despots

ミストラ遺跡行きのバスは、アギオス・イオアニス村を経由して、まずネオ・ミストラ村に停車する。バスはそこから山道を登り始め、終点のミストラ遺跡前へ。私が乗ったバスは、遺跡入口から10分ほど坂道を下った所にあるカフェの前が終点だった。バスの運転手の気分次第で、途中で運転打ち切りもあり得るという事なのだろう…。

遺跡の入場料は1200ドラクマ(408円)。ほとんど崖といっていいような山肌にへばりついて建っている教会は「なぜこんなところに」という感じだ。13世紀に十字軍が建国したラテン帝国(の封建国家アカイア公国)によって造られた山麓の砦が、このミストラのはじまりだそうで、その後東ローマ帝国に取り込まれたそうだ。オスマン帝国に包囲され衰退しつつあった首都コンスタンティノポリス(現 イスタンブール)に代わり栄え、そのオスマン帝国に占領されてからはキリスト教会がモスクに転換されて街は存続し続けたそうだ。この当時、4万人もの人がこの崖沿いの小さな都市に住んでいたという事だが、ものすごい人口密度だ。

入場口を入ると、すぐ横にアギオス・ディミトリオス聖堂がある。そこから舗装されていない山肌を王宮跡を目指して登っていく。アギオス・テオドロス聖堂を過ぎた辺りから山道がいっそう急になり、歩けなくなって途中で座り込んでしまったドイツから来た老人のツアー客が、添乗員に怒られていた。「だから言ってるでしょう! 無理して登るから~!」。 炎天下で体力の消耗が異様に早くなってしまったのだろう。

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王宮跡とスパルタの街
Palace ruin and Sparta city

斜面が少し緩やかになり、王宮跡に入る。瓦礫が所々に散乱する中に、アギア・ソフィア聖堂が建っている。これらの教会だけは修復の手が入り、窓ガラスもちゃんと取り付けられているが、その他の王宮の建物は全く修復しているような雰囲気はない。王宮から山の上を見上げると、砦が見える。炎天下でそこまで登るのは体力的にキツそうなので引き返すこととする。

帰りは、今でも教会として使われているパンダナサ修道院に少し寄り道する。遥か下界に見えるスパルタの街と、瓦礫と化した遺跡の建物が対照的で美しい。そのスパルタの街の人口は4万人未満なので、かつてのミストラの方が多くの住人が居たわけだ…。

14時30分、遺跡を後にし先ほどバスを降りた場所にあるカフェで休憩。2リットルのミネラル水のペットボトルを注文し、それを飲みながらバスが来るのを待つ。バスが何の前触れもなくカフェの前を猛スピードで駆け降りてゆく。ここはバス停じゃないのか…。

次のバスにも置いてけぼりされたら、アテネに行く切符が無駄になる。坂道を下ってネオ・ミストラの村に向かう。20分ほど歩くと、村の中心の大きな木のある交差点に差し掛かる。往路ではこのあたりにバスが停まったはずなので、大木の前でバスを待つことにする。しばらく待っていると、バスがやってくる。運転手が”上に登ってから、もう一回戻ってくる”と合図している。15時30分、バスに乗りスパルタに戻る。

Bus
Mystras/Μυστράς(15:30発)→ Sparta/Σπάρτη(15:51着)
KTEL Bus 運賃 230ドラクマ(78円)

Sparta / Σπάρτη - Greece (スパルタ、ギリシャ)

待合室で、おやつを食べテレビを見ていると、テロのニュースが流れる。テレビの周りに人が集まってくる。テッサロニキからアテネに向かっていたバスがテロで爆破されたようだ。テレビの映像では、どう見ても日本人らしき人物が負傷して路肩に座り込んでいる。(日本に帰って調べると、外務省の公式発表では日本人の被害無し。ただ、台湾地震の例を見ても分かるように、個人客を日本大使館は見捨てて集計するので当てにならない)

17時発のアテネ行きのバスは2台出るようだ。私の乗るほうは、古いベンツ。アテネまで200kmの旅だ。

バスは夕日の中を北へ向かってE961号線を快調に走る。トリポリ近くからは高速道路E65に入り、かなりのスピードで走ってゆく。19時、日が沈み薄暗くなったころ、コリントス運河を横切ってペロポネソス半島からバルカン半島に入る。運河のすぐ横にあるドライブインで休憩。眠気覚ましに濃いグリーク・コーヒーを飲む(300ドラクマ, 102円)。

Bus
Sparta/Σπάρτη(17:00発)→ Athens, Kifissos Bus Terminal/Κηφισου(20:10頃着)
KTEL Bus 運賃 3200ドラクマ(1088円)
Bus
Kifissos Bus Terminal/Κηφισου(20:25頃発)→ Omonia/Ομόνοια, Εφετείο(20:40頃着)
Bus, line 51 運賃 120ドラクマ(41円)

Athens / Αθήνα - Greece (アテネ、ギリシャ)

20時10分、アテネのキフィスゥ・バスターミナルに到着。大混雑したバスターミナルの中央付近に市バスが乗り入れていて、それに乗り換えてアテネ中心部のオモニア広場に向かう。

オモニア広場の北側付近で下車。さて、ホテル探しだ。旅行ガイドLonely Planetに載っているホテルへ向かうが、満室だった。その辺を歩いていて、安そうなホテルを見つける。ドミトリーなのか、売春宿か分からないような雰囲気でのところで、私が割り当てられた部屋は、扉が歪んでいて完全に閉める事が出来なかった。隣の部屋は売春婦の部屋で、時折客を引き込んでくる場所だ。まあ、明日明るくなったらマシな地域のホテルを探しに行こう…。

部屋に荷物を置いて、夕食を食べに外へ。ファストフード店のGoody'sを発見し、昨晩と同じメニューを食べる(1450ドラクマ, 493円)。その後、アテネ工科大学裏手のネット・カフェに行き、メールをチェックとニュース閲覧(20分で600ドラクマ, 204円)。カフェのマスターに、「どのあたりでホテルを探したらいいか」と尋ねる。彼が言うには、「オモニア広場周辺はだめで、プラカ地区へ行くべきだ」ということだ。

Hotel
Hotel Lozanni, room 13
5000ドラクマ(1700円)