2001年 旅遊中国 (絲綢之路) : 西安・嘉峪关

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June 28, 2001 (Thursday)

Xī'ān - China (西安 - 中国)

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8時30分、朝食を食べに外へ。解放路の小吃店で担々麺、水煎包(5元, 75円 2人前)を食べる。食後ホテルに一旦戻り、昨日疲れたので今頃昼寝。クーラーの風で洗濯物が順調に乾くのを眺める。11時、ホテルをチェックアウト。フロントに荷物を預かってもらい、身軽になって火车站に行き、公共汽车(バス)610路に乗る。冷房が効いているから運賃は2元。20分ほどで陜西歴史博物館前に到着。

Bus
火车站 → 翠华路
公共汽车 610路, 運賃 2元(30円)
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陜西歴史博物館に展示されている銅馬車

陜西歴史博物館の入場料は35元(525円)。ここにも兵馬俑坑から持ってきた陶器人形が展示されている。陜西省を中心とした中国の歴史的逸品が年代別に展示されている。長安の都の説明では、いかに日本の平安京より大きかったかを力説している。平安京は日本が中国から学んで必死になって作ったコピー都市。それに、国土の大きさも日本よりダントツに大きいので比べるのが可愛そうだ…。

博物館の別の建物らしきところに入ろうとする。改札機らしきところがあったので、そこを通っていくと、なんと土産物屋。中へ戻してくれといっても取り合ってもらえない。う~ん、ここがあの有名なぼったくりの土産物屋かとしげしげと眺める。建物の前には外国人用と書かれているが、土産物屋こそ中国人専用のほうが喜ばれるのではないだろうか。

博物館を出て、一昨日見学した大雁塔の方向へ。途中のレストランで昼食。炒め物やスープなどを頼んで10元(150円 2人前)。昼食後再び東に向かい、大雁塔の横を通りすぎてさらに行くと、「秦王宮」と書かれた展示館の前に出る。秦の時代の王宮を再現した映画撮影所で、映画「始皇帝暗殺」のために造られたものだ。入場門からチラッと中を見ると、なるほど東映太秦映画村に似た雰囲気の時代劇撮影所兼テーマパークのようだ。昨日、始皇陵の復元展示館を見たように、中国人は派手な復元ジオラマが大好きなのだろう。秦王宮のすぐ前、大唐芙蓉園北門前には610路のバスが停まっている。ここが終点のターミナルのようだ。バスに乗り込む。運転手と車掌は熱心に昼食の麺類を食べている。雨が激しく降ってくる。14時ごろバスが出発し、大雁塔~歴史博物館~小雁塔~朱雀門と通って西安の城壁内へ。鐘楼の前で降りる。

Bus
大唐芙蓉园北门 → 钟楼
公共汽车 610路, 運賃 2元(30円)
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钟楼(鐘楼)

そういえば、城壁へ入るときにくぐった朱雀門だが、平安京や平城京にも同じ名前の巨大な木造門が有った。本場中国の門は、レンガ造りの巨大な門だ。門が受け止める外敵の攻撃は、日本のそれの比ではないのだろう。

鐘楼の北東にあるKFCで雨宿り。1時間しても雨はやまない。隣のデパートに入る。特に見るものは無い。東大街の本屋に入る。恐らく子供部屋用の「世界の偉人」のポスターが売られている。モーツアルト、ニュートン、キュリー夫人、… 、毛沢東!?。世界の「偉人」に毛沢東が入っているとは恐れ入る。現代の政治家を入れてどうすんだと…。中国なら、玄奘三蔵とか、孔子とか、関羽や諸葛孔明とか、世界中の誰もが偉人だと思いうかぶ人が何人も居るだろうに。ところで、日本の偉人と言われれば誰なんだろう。聖徳太子くらいしか思い浮かばない。

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炭市街副食品市場

雨宿りのため、炭市街副食品市場のアーケード通りに入る。デイツ屋、肉屋、魚屋、野菜屋、蛇屋、亀屋… 奥に行くにしたがって、ディープな中国食材が並んでいる。だが、昨年冬に訪れた「广州の清平市場」のような食用野生動物売るくらいのディープさは存在しない。

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西安火车站 第二候车室

解放路に出る。巨大な本屋があるので、中に入って再び雨宿り。18時ごろ、永登豆漿で夕食。蒸餃、牛肉湯、雪菜肉絲面、揚州炒飯で22元(330円 2人前)。19時ごろホテルに戻り、荷物をピックアップして西安火车站に向かう。19時30分、站に入る。X線検査機に荷物を通して、第二候車室(待合室)へ。ベンチには大量の人民が所狭しと座り列車を待っている。当然、空いている椅子など無い。改札の前に徐々に長い列が出来てくる。候車室の中央付近では站の職員が謎の切符(2元)を売っている。广州站でも売ってたのと同じ種類のものだ。とりあえず買っておく。20時10分ごろ、改札が始まる。改札を抜けると、硬座の客が一斉に走り出す。私は硬臥の指定券を持っているので、ゆっくりと人の流れについてゆく。

Train
西安站(20:35発) → 嘉峪关站(翌々日00:30着)
中国鉄路 1043次 新空調普快 硬臥 7車 1号下鋪, 運賃 259元(3,885円)
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新空調普快 硬臥 7車の車内通路

7号車を探す。車両のドアの前で、切符を車票引換証のプラスチック片に換えてもらう。指定席の1号の下鋪は乗車口に一番近いところだ。すでに、通路の上の荷物棚は満杯なので、かばんをベッドの端に置く。同じコンパートメントの乗客も乗り込んでくる。すぐ上の中鋪の男性が、おもむろに靴下を脱いで、窓から捨てている。使い捨て靴下なのだろうか。向かえ側の上鋪の女性も、同じ靴下を窓から捨てる。普通1043次 奎屯行きは20時35分、定刻より7分遅れてゆっくりと出発する。この列車は3日程かけてウイグルの西端、カザフスタン殿国境に近いところまで走る長距離列車だ。起点の西安から咸阳、宝鸡を経て蘭州まで陇海铁路を走り、蘭州からは兰新铁路を武威、张掖、嘉峪关、哈密、吐鲁番、乌鲁木齐を経て奎屯に至る。

20分ほどで咸阳站に停車する。同じコンパートメントの残りの場所に、両親と子供の3人連れが乗ってきた。これで、コンパートメントの6名が揃った。しばらくすると車掌(腕章には列車員と書かれている)がやって来て、旅行許可証をチェックしてノートに許可番号を書き込んでいく。私の上(中鋪)の男性の所には、「列車提防員」の金色の札が取り付けられた。ごく普通のおっさんなのだが、車内の秩序維持の役目を負わされるようだ。

June 29, 2001 (Friday)

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定西站(兰州站の1つ手前の駅)

車両連結部に近いせいか、列車が加減速するたびに 「ガッチャーン」と金属音がする。よって、寝たり起きたりという夜を過ごす。7時ごろ、とりあえずトイレに行って、横の洗面所で顔を洗う。同じようなタイプのロシアの車両よりは安っぽいが、洗面所がトイレと独立して付いているのはありがたい。外は、やっと日が昇ろうかとしているところだ。陇西站に7時ごろに停車する。プラットホームに出るが、温かい朝食を売っている屋台などは見当たらない。食堂車で作った朝食の車内販売はまだかと期待が高まる。が、その期待は虚しく、売りに来たのはインスタントラーメン(椀面)と洗面用具だけだった。椀面を買って、車端にある電気式温水器の湯を入れて食べる。

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兰州站と武威南站の間、乌鞘岭の峠を登る

車窓は乾燥した農地が続いている。定刻より10分前の11時50分、蘭州站に停車する。不思議なことに、硬臥の乗客で降りる人がほとんどいない。長距離客ばかりのようだ。河口から2500km以上の距離の場所に有る黄河の川幅はそれほど広くなく、列車はやすやすと鉄橋で黄河を越えて河西回廊に入っていく。南に最高峰6000m級の山々が連なる祁連山脈を見ながら、列車は速度を落とすことなく高原を登っていく。

車内では昼食のワゴン販売がやってくる。客の前で大きな中華鍋に入れられた炒め物を、紙の弁当箱に詰まったご飯に掛けてくれる。10元(150円)。ご飯にかかっているおかずは、大概の列車で同じような物で、インゲンなどの野菜と豚肉か牛肉の炒め物。肉は半分くらいが骨。糸こんにゃくのような物が付いている時もある。

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兰州站と武威南站の間、祁連山脈が見える

進行方向左手に変わった形の岩山の山脈が見える。いよいよ本格的な山岳地帯に差し掛かる。列車は右に左に蛇行しながら乌鞘岭の峠を登りはじめる。手元の高度計では、いつのまにか海抜2500mを超えている。西安は海抜400m、蘭州は1500m、目的地の嘉峪関は海抜1700mなので、この峠がこの旅での最高到達地点なのかもしれない。窓を開けると涼しい風が吹き込んでくる。車窓の風景も、西安から蘭州辺りの 「暑苦しそうな緑」ではなく、「さわやかな緑」だ。蘭州から西は単線だから、頻繁に対向列車を待つために停車する。すれ違う列車は大抵は長大な貨物列車だ。普通のコンテナよりも、石炭や石油類を運んでいる列車が多い。快速は退避が少なく所要時間が短いが、私が乗る普快は優先性が低いためか頻繁に退避して所要時間も長い。

雪を頂いた5000m級の山が間近に迫ってくる。線路は、山々の間を流れる庄浪河の狭い谷に沿って高度を上げて行き、羊や馬が放牧されている緑の草原が車窓に広がる。14時30分ごろ、手元の高度計で海抜2950mの乌鞘岭峠を越え、下り坂になる。同時に黄河水系から、ゴビ砂漠への分水嶺を越えた事にもなる。

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武威南站に停車

しばらくすると、再び乾燥した褐色の高原を走り出す。車外はかなり暑そうだが、列車内は冷房が効いているので寒いくらいだ。峠を越えると、そこはゴビ砂漠の端っことなり、人口密度は急に低くなる。砂漠化なのか、過疎化なのか、無人となり朽ち果てた家が所々に見られるようになる。硬臥の車内では、ほとんどの人がぐったりと昼寝をしている。特にやることがあるわけでもないので、読書か昼寝くらいしかできない。

17時30分ごろ、武威南站に停車。この站のプラットホームでも、特に食べたいなと思うようなものは売っていない。ここで電気機関車を取り替えている。機関車の横には、「西部開発」の大きな文字が。中国政府としては、日本からのODA資金をこの開発につぎ込みたいと報道されている。

列車内では夕食のワゴンサービスが始まる。昼と全く同じメニューだが、選択肢は無い。まもなく日が暮れる。武威站、金昌站、山丹站と1時間おきくらいに站に停車してゆく。いつのまにか列車は20分程度ダイヤより早く走っている。

June 30, 2001 (Saturday)

Jiāyùguān - China (嘉峪关 - 中国)

車掌がプラスチックの車票引換証と引き換えに切符を返しに来る。そろそろ下車する時間だということだ。24時、酒泉站に停車。暗くて、駅名の書かれたプレートが読めない。車掌は、次が嘉峪関だと教えてくれる。0時30分、嘉峪关站に到着し、列車から降りる。遠くの街灯を頼りに、真っ暗なプラットホームを駅舎に向かう。

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嘉峪关站に到着

この站で降りた客は50人もいないだろう。站のコンコースにはタクシーの客引きがちらほら来ている。站舎から出て站前の街並みを見てみるが、明かりの灯ったビルひとつ無く真っ暗だ。站舎前の街灯に、10台程度のタクシーが照らし出されている。他には何もなく、午前1時まで市内バスが走っているとガイドブックに書かれているが、バス停もバスも見つけることは出来なかった。近づいてきたタクシー運転手が、どこのホテルに行くんだと聞いてくる。ホテルを探したいので、300元以下の適当なホテルに連れて行ってくれと交渉する。タクシーは站から東へ、他の車も人も何も見かけない広い道を猛スピードで走っていく。しばらくすると、まばらに建物が見え始める。とある巨大ホテルの車寄せに停車する。宿泊費が高いんじゃないかと運転手に聞いてみると、とりあえず部屋があるか見てこいとのこと。ホテルの無人のロビーに入ってフロントに行き係員を呼び出し聞いてみると、幸い部屋はあるようでツインの部屋が1泊380元だという。部屋を見せてもらうと、それは新しい部屋でかなり広いが、壁紙を貼りたてらしくボンドの匂いがきつかった。値引きして欲しいと言うと、1泊300元まで値下げしてくれたので、ここに泊まる事に決める。タクシーに戻り、運賃20元(300円)払う。

Hotel
长城宾馆, 1309号室
ツイン 300元/泊(4,500円)