欧州縦断旅日記 : パリ→ベルリン→フランクフルト

September 29, 1995 (Friday)

Paris - FRANCE (パリ - フランス)

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モンマルトルのサクレ・クール寺院
Basilique du Sacre Coeur, Montmartre

9時ごろ、宿をチェックアウト。宿に荷物を預かってもらう。(テロ警戒のために、どの駅のコインロッカーも使用禁止だった)
北駅からバスに乗り、ピガールへ。小型バスに乗り換え、モンマルトルへ。サクレ・クール寺院を見物する。教会近くの道端では、ストリート・アーティストが大量にいる。金持ちのツーリストの似顔絵を描くのだろうか。

ケーブルカーのようなもので丘を下り、絵葉書を買い手紙を書く。郵便局に行くと、荷物チェックがあったのには驚いた。

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ルーブルの「ミロのヴィーナス」
Venus, Musee du Louvre

ルーブル美術館に向かう。今日は開館しているようだ。14時から半額になるので、ぴったり14時に入場券を買う。目の見えない人が彫刻に触れてもいいと書いてあるのは日本では考えられない事だ。(さすがに名作はだめなようだが)
ミロのビーナスの彫刻が、後ろから見ると筋肉隆々だったのは新たな発見だった。(普通、後ろからの写真は教科書などには載らない)

17時すぎに美術館を出て、カルチェ・ラタンのギリシャ料理店へ。結構油っこいギリシャ料理を食べていると、店員が皿を床に叩き付けて割っている。客をもてなす儀式だそうだが、そんなに皿を割っても大丈夫なのか。

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北駅の発車案内板 Gare du Nord

宿に寄って、荷物を回収し北駅へ。構内のベンチに座って列車の入線するのを待つ。20時頃、ふと見るとすぐ前の床に高校生くらいの女の子が倒れている。ぴくりとも動かない。軍事警察がやってきて、調べている。死んでいるようだ。ベンチに座っていた一人づつを尋問し出した。私の番だ。「旅行客で何も知らない」と適当に答えておいた。怪しまれなかったようだ。こんなとこで捕まったらえらいことだ。

21時01分、ベルリン行きの列車は定刻通り発車。クシェットが満員だったので、座席で一夜を過ごす事になる。途中までドイツ人の女子高生2人といっしょだ。パリにコンサートを見に来たそうだ。写真も見せてもらったが、パンク系の歌手のファンのようだ。

September 30, 1995 (Saturday)

Berlin - GERMANY (ベルリン - ドイツ)

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ツォー駅前にあるカイザー・ウィルヘルム教会
Kaiser Wilhelm Kirche

深夜、ベルギーを通り、アーヘンからドイツに入る。0時から2時頃にかけてベルギー、ドイツと検札、入国審査が4回もあり寝ているひまも無い。ドイツ最初の停車駅のアーヘンで列車のあちこちからドイツ人の歓声が起こった。そんなにうれしいか?!

早朝、車両の暖房が止まっているらしく、室内はかなり冷え込んでいる。同じコンパートメントに香港人の魏玉蓮さんが乗ってきていた。ケルン辺りから乗り込んだそうだ。

マグデブルグからはベルリンに通勤する人が乗ってくる。かなりの遠距離通勤だ。外は小雨で、とても寒そうだ。ベルリン市街は森を抜けると突然やってきた。終着駅の手前でカイザー・ウィルヘルム教会が見える。魏さんが案外小さいのねと言っていた。確かに期待していたものの半分くらいの大きさだ。

9時、ツォーロギシャ・ガルテン(動物園)駅に到着。

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戦勝記念碑 6月17日通り WW II victory monument

駅を出て、駅前の両替所でドイツ・マルクを手に入れる。その足でこの時間帯に唯一開いていると思われるマクドナルドで朝食。
旅行案内所は、駅から10分くらいのオイロパ・センターにあった。宿を予約してもらい、地図ももらう。再びDBに乗り、ホテルに行く。チェックインまで荷物を預かってもらう事となる。

ベルリンの繁華街といわれるクーダム通りを歩いてツォー駅に戻る。朝なのでまだ閑散としている。駅前の市営交通案内所で30時間切符を買う。
Sバーンで国会議事堂の近くまで行く。国会議事堂は現在修復中で、数年後にはボンから移ってくるそうだ。国会議事堂横にはあの有名なブランデンブルグ門がある。旧西ベルリン側にソビエト連邦の戦勝紀念堂がありT型戦車がモニュメントとして置かれているのは不思議な光景だ。

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ブランデンブルク門 Branden Burger Tor

夕方より、サンスーシ宮殿を見にポツダムまで出かけたが、駅から宮殿までの道の途中で迷ってしまい宮殿には結局たどり着けなかった。

夕食はオイロパ・センターのKFCで食べた。チキン5本とフレンチフライ、パン、サラダのセットが9DMと破格値の値段だった。食後、ウイルヘルム教会のミサがあるようなので、入ってみる。爆撃された塔の横の新築のガラス張りの建物でパイプオルガンの演奏とドイツ語の説教(半分も分からない)を聞く。

October 1, 1995 (Sunday)

Berlin - GERMANY (ベルリン - ドイツ)

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ベルリン大聖堂 Berliner Dom

朝、ツォー駅から市バスで市内横断観光へ。BVD(市交通)100系統はメルセデス製2階建てバスで、トンネルをくぐるときの2階席からの恐怖感は格別だ。戦勝記念碑から本来の路線を迂回して走り出す。今日はパレードの日なので6月17日通りとウンター・デン・リンデン通りは通行止めなのだろう。一面復興工事の行われているポツダマー・プラッツ(広場)やアレクサンダー・プラッツを通って、旧東ベルリンのアパート街のミケランジェロ通りまで行く。ドイツ統一以来数年経っているので、この辺りにも西側の自動車がたくさん並んでいる。その中にトラバント(旧東ドイツ国民車)が停まっていたりして面白い。

トラムと地下鉄を乗り継いで、旧東ベルリンの中心駅であるアレクサンダー・プラッツに出る。結構殺風景だったツォー駅よりもっと閑散としている感じだ。駅近くのビルには西側の店や事務所が入店し、ここからも旧東ベルリンの雰囲気が消えてしまっている。

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仮装行列の人々 Parade of October 1

テレビ塔を越えて、ウンター・デン・リンデン通りに出る。すでに仮装したパレードの出演者を運ぶシャトルバスがひっきりなしに走っている。歩いてブランデンブルク門まで行く。
昼過ぎよりパレードが始まる。旧西側からブランデンブルク門を通り抜けて、ウンター・デン・リンデン通りへとパレードが進んで行く。
政党の出し物がパレードしているのが大阪の御堂筋パレードと違うところだろうか。

23時21分、ツォー駅よりD2325列車でフランクフルトに向かう。(この列車は暖房がきいていた)

October 2, 1995 (Monday)

Frankfurt - GERMANY (フランクフルト - ドイツ)

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南駅のトラム (シーメンス社のGREEN MOVER)
Frankfurt Sud Bhf.

6時45分、フランクフルト・アム・マイン中央駅に到着。構内のマクドナルドで朝食後、ツーリスト・インフォメーションで宿の予約をする。この時期は国際展覧会などが多く、どこのホテルもいっぱいのようで、残っている中で一番安いところを予約した。

ホテルに荷物を置き、11時のシュツットガルト行きICEスプリンターに乗る。1等車の車内ではセルフサービスの飲み物と果物が無料で食べられる。ここのブルーベリー・ティーはおいしかった。途中30分くらい専用軌道で高速走行(250km/hくらい)する。その他の路線では普通の速度なのでICEの性能が生かされていないのでもったいない。1時間ほどでハイデルベルクに到着。駅前よりトラムに乗り街の中心に行こうとしたところ、反対向に乗ってしまい途中で引き返す。バスとトラムを乗り継いで、古城のふもとまで行く。

Heidelberg - GERMANY (ハイデルベルク - ドイツ)

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ハイデルベルク城から町を見下ろす

くもり空の少しじめっとした感じの急な石畳を上って行くと、城壁がある。中に入ると壁だけ残して崩れ落ちた城と、かろうじて残っている城がある。入場料を払っているにもかかわらず、残っている城の中に入るにはさらに入場料を取るらしい。
裏側の出口から城外に出る。こちらの方が中世の雰囲気を残し感じのいい道だ。観光地の表通りはどこでも"だめ"のように思える。誰もいない道を下りて行くと、大学前に出る。トラムの駅までぶらぶら歩いて、トラムに乗り駅へ。

午後はハウプト・ワッヘ辺りの繁華街をうろうろする。

October 3, 1995 (Tuesday)

Frankfurt - GERMANY (フランクフルト - ドイツ)

朝食で食べた"folks"とか"albeit"とか袋に書かれたカステラのようなものの味は最悪だった。
昨日ツーリスト・インフォメーションで聞いておいた南駅近くのランドリーに行く。YHの近くのようだ。中央駅近くに泊まるよりも、こちらの方に泊まった方が環境がかなりいいと思った。洗濯が終わるのを待っていると、滝のように雨が降ってきた。これからライン川下りに出かける時に、こんな雨では先が思いやられる。
洗濯が終わった頃には小雨になっていた。洗濯物を宿において、中央駅でピザを買い、11時54分発RE(区間急行)に乗る。

列車は、ヴィース・バーデン駅、マインツ駅を経由してライン川沿いのリューデスハイム駅に13時1分到着する。駅の横の踏切りを待っていると、日本人がいたので声をかけてみる。京都から来た西氏だ。彼もライン川下りの定期客船の乗り場を探しているようだ。
観光船の乗り場のずっと向こうに、定期航路の船着き場があった。出発は14時のようなので、しばらく町を見て歩く。

観光客の沢山いる小道を上って行くと、ぶどう畑に出る。1.5mくらいの高さの棒に固定されたぶどうの木が斜面一面に植えられている。雲と霧に霞んだ対岸には城らしきものも見えている。

Ship : Rüdesheim -> Koblenz (リューデスハイム→コブレンツ)

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ライン川に建造された城 (プファルツ城) Pfalz Schloss

14時、ユーレールパスで無料で乗れる定期客船は出発した。最上階の後ろのデッキで景色を眺める。冷たい雨交じりの風が吹き付けかなり寒い。コブレンツまで4時間の船旅だ。日本人ツアー客や欧米の観光客も沢山乗っている。日本人が奪うように椅子と場所を取っているのをむなしく眺める。

左右の山肌に時折古城を見て、所々の船着き場に接岸しながら客船は順調川を下っている。岸にカウント・アップしていく数字のプレートがあるが、源流からの距離だろうか。
貨物船が頻繁に通り過ぎてゆき、この川が輸送の主要経路だと実感する。また、両岸にはDBの路線があり、左側は旅客中心で右側(先程乗ってきた路線)は貨物中心の運行形態のようだ。

ローレライ岩をすぎた船着き場で日本人ツアー客全員が下り、船に平和が訪れた。

17時55分、コブレンツに到着。進行方向にしばらく歩くとモーゼル川との合流地点に出る。駅までかなりの距離を歩き、18時46分発のICに乗ってフランクフルトに戻る。