シベリア鉄道でロシア横断 旅日記 : イルクーツク→モスクワ

routemap3.jpg

July 7, 1998 (Tuesday)

Иркутск/Irkutsk - Россия/Russia (イルクーツク - ロシア)

googlemap-irkutsk.jpg

駅前に出ると、タクシーの客引きがやってくる。歩いて行くから必要ないと断る。時折車が走る道路を10分くらい歩くと、アンガラ川に架かる橋のたもとに出る。道路工事が行われており、交通整理のためミリツィアが1人立っている。橋を渡ってからの道順をミリツィアに聞いておき、アンガラ川に架かる長い橋を渡り出す。最初に鉄道の線路を越える。先程まで乗っていたシビーリ号は、まだホームに停まっているのが見える。貨物列車が先に発車して、私の下を走り抜けて行く。橋の上から見るイルクーツク市街は、真っ暗な森の中にぽつぽつと建物が建っているように見える。最初の交差点で右に曲がり、街路樹がうっそうと茂る通りを南下する。2本目の道を川の方に曲がると、向こうから若い女性2人が歩いてくるので、ホテルの場所を再度確認する。ネオンの消された正体不明のビルがある。通りに駐車しているタクシーの運転手に聞くと、ここがインツーリスト・ホテルらしい。レセプションに行き、チェックインする。1時30分。

指定された408号室に行き、久しぶりのシャワーを浴びる。体を洗うと、シビーリ号の給湯機と同じ金属臭がする。金属臭のする湯を3日も飲んでいると、体から出る汗まで金属臭を放つようだ。着ていた服も洗濯すると、同じく金属臭がするので驚く。疲れていたのですぐに眠りにつく。

pcd1-img0075.jpg
ウリツキー通り(繁華街)

朝、8時30分に2階の食堂に行く。10人程度が朝食を食べている。バイキング形式なので、特に不足がちだった乳製品と野菜類を中心に食べる。9時頃、菊池氏と大澤氏が朝食に現れる。食後、2階の端にあるビジネス・センターでアエロフロートのリコンファームをする。向かいのデスクでモスクワまでの列車のチケットを受け取る。菊池氏と大澤氏は市内観光も旅行会社に頼んでいるので、ここで別れる。

ホテルを出て、アンガラ川沿いの公園に出る。散歩する人や自転車に乗る人、ジョギングする人などでまあまあにぎわっている。川の向こうにはイルクーツク駅が小さく見える。あんな遠くから歩いたんだなぁと感心する。公園には宇宙飛行士ユーリイ・ガガーリンの胸像や、シベリア鉄道建設記念のオベリスクが建っている。公園を出て町の中心へ、ゴーリキー通りを入って行くと車が行き交うトラムの走る通りに出る。人口60万人弱で同じくらいの規模のウラジオストクほど車で雑然としておらず、街路樹が多い街という印象を受ける。排気ガスの漂う通りをトラム路線に沿って歩き、地味な店が並んでいるバリーシャヤ通りに入る。中には海賊版CD-ROMを扱う怪しい店もある。

pcd1-img0078.jpg
ティミリャゼヴァ通りのトラム

歩行者天国になっているウリツカヴァ通りの突当たりにタルゴーヴィ・コンプレックス(デパート)がある。店の中は外の喧騒とは裏腹にあまり人が入っていない。小売店の集まった建物といった感じで、建物の中央辺りにはゴトゴト音を立てて動くエスカレーターがある。いろいろなものが売っているが、値段は日本とそんなに変わらないようだ。電器店にいたっては日本より少し高いように感じた。デパートを出て、隣の真っ白で新しい中央市場に入る。こちらは食料品の露天を大量に集結させたような感じだ。朝鮮族の人たちがキムチを売っていたりもする。

中央市場を出て、デカブリスト記念館近くの住宅街を散策する。日本とは違い、緑濃い並木が茂る道路沿いに、2階建ての木造の住宅が建っている。住宅自体は塗装が薄くなってそんなにきれいではないが、住宅地としての環境はかなり良いようにみえる。
その後、「歩き方」では見ごたえのある教会だと書かれている所に行くが、小さな普通の教会のようだ。近くの、アンガラ・ホテルに入ってみる。こちらはたくさんのロシア人が出入りしている。ロビーにはATMも置かれていて、インツーリスト・ホテルよりはにぎわっている。

昼食を食べに再び街の中心部へ行く。アムールスカヤ通りを東にどんどん歩いて行ったところに食堂があった。どこから見ても地元の人向けのようなので入ってみる。焼き飯のようなものと、ファンタ・グレープの炭酸を抜いたような飲み物(2杯)とハムの盛り合わせで18.5ルーブル(425円)。

pcd1-img0083.jpg
アンガラ河岸公園のシベリア鉄道建設記念オベリスク

18時、ホテル内にある中華レストラン(ペキン)に行く。誰も入っていないレストランに入って行くと、店員が出てきてメニューを渡してくれる。豚肉のピリ辛炒めと焼き飯を注文する。他に客がだれも居ないにもかかわらず、料理が出てくるまでの30分くらいかかる。(店員がその間テレビを見ているのは大目に見るとしても、) 焼き飯がご飯に油をかけたような状態だったのはひどすぎる。料金は70ルーブル(1610円)のボッタクリ価格。今後ホテル内のレストランには入らないでおこう。
部屋に戻ろうとエレベーターを降りたところで、デジュールナヤに呼び止められる。12時からの延滞料金を払って欲しいと言う。昨日チェックインする時、今夜の列車に乗るまで部屋を使うと言っておいたはずだと食い下がると、フロントと電話で話せと言う。半日分の延滞料金100ルーブル(2300円)を現金かキャッシュカードのどちらで払うか聞いてくるので、抗議しまくると、無料で良いとの回答を得る。

21時30分頃チェックアウト。公園・橋を通って駅へ。22時頃、駅に到着。プラットホームには北京西站(駅)行きのヴォストーク号が停車している。金日成のバッジをつけた北朝鮮人が列車に乗り込んで行く。窓越しに覗き見る車内にはアジア人らしき人ばかりが乗っているようだ。昨日まで乗っていたシビーリ号とは明らかに違う雰囲気だ。
待合室に入ってベンチに座って待つ。22時30分頃駅員が待合室の窓を閉め駅舎に明かりをつけると、どこからともなく巨大な蚊がやってくる。蚊と悪戦苦闘していると、ベンチのとなりに座っていたおっちゃんがビールをおごってくれる。彼はニジニ・ノブロゴド市の農産物関係の商社の契約担当の経営者と言う事で、イルクーツクで商談を成立させてきたそうだ。24時30分、そろそろロシア号がやってくる時間だが、待合室の人の数はいっこうに増えないし、列車の案内もない。駅舎の反対側にある待合室に行ってみると、こちらが西行き列車の待合室のようだ。階段の前に立っていたミリツィアにロシア号の到着ホームを聞いて地下道を通ってホームへ急ぐ。24時45分頃、ほぼ定刻通りロシア号到着。

July 8, 1998 (Wednesday)

Train : Irkutsk -> Nizhneudinsk (イルクーツク → ニジニウディンスク)

Train
Irkutsk / Иркутск(00:03発)→ Moscow, Yaroslavsky / Москва(+3day 06:15着)
D1 train, 5号車 Bed No.9, 2等寝台車運賃 1395.5ルーブル(32,096円)
pcd1-img0085.jpg
イルクーツク駅構内の 列車案内電光掲示板

0時45分頃、赤・青・白のロシア国旗の色に塗られた車体のロシア号が到着。学生らしき団体に混じって5号車に乗り込み、49番の席につく。学生らしき団体の引率者の女性も同じ部屋のようで、食料の箱を大量に部屋に運び込んでくる。中央アジア系の兄ちゃんも乗り込んでくるが、切符を持ってないらしく検札の時に車掌に追い出された。1時3分、発車。1時20分頃、イルクーツク・ソルト駅に停車。

車内は学生の団体で大賑わいだ。遠足だろうか。ベッドに腰掛けて休んでいると、別の車掌がやってきて1等車に移るのなら500ルーブル(11500円)払えばいいと言ってくる。私はにぎやかな車両の方が好きなので断る。
同室になった引率者の女性と話しをする。学生と思っていた団体は、実はユース・オリンピックに出場する体操ロシア・ナショナルチームの選手団で、引率者の女性は監督だそうだ。オリンピックがモスクワで開かれるなんてぜんぜん知らなかったので、恥ずかしかった。
ちょうど寝着いた2時頃、アンガルスク駅に停車しコンパートメントに男性2人が乗ってくる。

Train : Nizhneudinsk -> Novosibirsk (ニジネウディンスク → ノヴォシビルスク)

pcd1-img0086.jpg
ニジニウディンスク駅、ТЭМ2機関車とロシア号
Nizhneudinsk station

朝起きると川沿いにパイプラインの引かれている横を列車が走っている。外はうっすらと霧がかかっている。9時40分、ニジネウディンスク駅に停車。ラーメン2個(9ルーブル, 207円)とパン2個(2ルーブル, 46円)を買う。ロシア号のとなりに派手な塗装のT3M2型ディーゼル機関車が来て並ぶ。9時55分発車。
先程買ったパンと紅茶で朝食とする。アンガルスクより乗ってきた2人はチュメニ油田(チュメニ市の北数百キロ)で働いているそうで、この列車にはチュメニ駅まで乗るそうだ。そこからローカル列車とバスを乗り継いで油田まで行くという。

12時25分、タイシェト駅に停車。その後タイムゾーンをまたいでモスクワ+4時間となる。12時23分、レショト駅に停車。13時30分、イランスカヤ駅停車。夕食の分も含めてローストチキン、トマトときゅうり1袋(計17ルーブル, 391円)、パン2個(3ルーブル, 69円)、アイスクリーム(2ルーブル, 46円)を一気に購入する。13時50分発車。
チキンとカップラーメンで昼食。チュメニ油田の2人は乗車前に買い込んできたとみられる巨大な袋よりローストチキンとパンを取り出して食べる。監督さんはチーム・メンバーにカップラーメンや野菜、サラミソーセージなどを配った後、パンなどを昼食に食べていた。30人くらいの育ち盛りの年齢のチームに合計3人(男性1人、女性2人)の監督では世話が大変だ。

外は晴れ。太陽がじりじりと列車を加熱する。4時頃最高気温に達する。今回乗っている車両は、若干冷房が効いているのでシビーリ号の時よりマシだ。ただし、冷房車はすべての窓が閉鎖されるので直接外気を吸う事は出来ない。さらに、この車両の飲料水は金属臭くなく少しはマシだ。読書と昼寝をして暑い時間帯をやり過ごし、夕方20時、クラスノヤルスク駅に停車。市街地がかなり遠くまで広がっていて、ノヴォシビルスク市、オムスク市に次いでシベリアで3番目に大きな都市というだけはある。サラミソーセージ(10ルーブル, 230円)を買う。20時20分発車。駅を出て5分くらいで巨大なエニセイ川に架かる鉄橋を渡る。エニセイ川はユーラシア大陸で最大の流域面積を持ち、モンゴルの源流から北極海まで5500kmもの長さがあるそうだ。東岸にはクラスノヤルスク市街地と貨物港が見え、西岸は森のように見える。川幅は淀川や多摩川の河口より2倍くらい広い大河だ。

夕焼けが西の空を染るころ、車内が少し涼しくなる。22時20分、アチンスク駅に停車。

July 9, 1998 (Thursday)

Train : Novosibirsk -> Omsk (ノヴォシビルスク → オムスク)

pcd1-img0088.jpg
ノヴォシビルスク駅
Novosibirsk station

7時30分頃起床。今回の列車はトイレ事情がきびしい。いっときに混雑する。7時30分現在、トイレはまだすいている。歯を磨いて、座れない便器で用を足す。

郊外の別荘・農村地帯からアパート群を抜け、小高い丘の切り通しを抜け、ノヴォシビルスクの街に入る。人口140万人の、ロシア第三の大都市だ。9時、ノヴォシビルスク駅に停車。ウラジオストック〜イルクーツクまで乗ったシビーリ号はここが終点だ。ちなみにロシア号はウラジオストック〜モスクワまで連続で走る。パン(3ルーブル、69円)とラーメン(3.5ルーブル, 80円)を買う。9時15分、発車。
駅を出てすぐにオビ川に架かる鉄橋を渡る。この川も大河で、源流から河口まで5500kmもの長さがあるそうだ。鉄橋を渡った街の対岸にもアパートが建っていて通勤客が小さな駅でたくさん待っている。ロシア号は優等列車なので停車しないが、ローカル列車が時折通勤客を満載して走っている。ノヴォシビルスクの通勤圏も20分くらいで終わり、再び広大な草原を走る。

pcd1-img0089.jpg
バラビンスク駅に停車するロシア号
Barabinsk station

パンと買い込んでおいた野菜で朝食とする。同室のチュメニへ行く男性2人は相変わらずチキンと黒パンで、広口瓶に紅茶を入れて飲んでいる。監督さんはアメリカ製のインスタント・オートミールとパンが朝食だ。読書やおしゃべりをして時間が過ぎる。
12時30分、バラビンスク駅に停車。サラミソーセージ(13ルーブル, 299円)、魚のフライ(1ルーブル, 23円)、長いフランスパン(4ルーブル, 92円)を買い、コンパートメントに一旦置きに戻ってから、再びホームでアイスクリーム(3ルーブル, 69円)を食べる。まだ、それほど暑い時間帯ではないのに、なぜかアイスクリームが食べたくなる。多くのロシア人が食べているからだろうか。12時50分、発車。
14時頃、タイムゾーンをまたいで1時間戻る。モスクワとの時差は3時間となる。
だんだん暑くなってきたので、気温の話題となる。西シベリアでは最高気温が40℃近くなるそうだが、イルクーツクでは夏でも最高気温15〜20℃くらいで、一番暑い日でも27℃程度だそうだ。反対に冬は最低気温が−15〜−20℃くらいで、一番寒い時は−40℃まで下がるそうだ。夏は過ごし易いが、冬は日本人には耐えられないだろう。

Train : Omsk -> Perm (オムスク → ペルミ)

pcd1-img0091.jpg
リュビンスカヤ駅に臨時停車
Ljubinski station

15時50分、オムスク駅に停車。人口110万人の大都市。16時10分、発車。西の空から曇ってきて、にわか雨が降ってくる。17時、停車予定のないリュビンスカヤ駅に臨時停車。車掌もしばらくデッキの扉を開けなかったが、あまりに長時間停まっているので扉を開放する。ホームに降りても売店ないし、売り子も居ない。通常停まらない駅なので仕方ないか。小さな駅舎があり、駅舎の前のベンチにお年寄りが腰をかけている。この先で貨物列車が立ち往生しているらしい。西の空には稲妻が光り、激しい夕立が降っている。駅舎と反対側の線路に、エニセイ号が停車する。クラスノヤルスクからモスクワに行く特急列車だ。車体はロシア号より新しく、コンパートメントの窓際には花が飾られている。
18時10分、何の前触れもなく列車が動き出す。乗客はもちろん、車掌も慌てて列車に飛び乗る。夕立は収まったようだが、巨大な雲は北の方でまだ稲妻を光らせている。
19時16分、ナズィヴァエフスカヤ駅に停車。この辺りでは野イチゴが名産らしく、その辺りの草原で拾ってきたような豆粒大の野いちごを売る売り子が多い。紙コップ1杯が2ルーブル(46円)。甘くておいしいが、時折くさっているのも混じっているので要注意だ。19時30分、発車。
間もなくタイムゾーンをまたいで、本日2回目の時計あわせ。モスクワとの時差は2時間となる。

19時45分、イシム駅に停車。20時、発車。夕暮れ時を迎える。22時30分、チュメニ駅に停車。油田で働いているという同室の男性2人が降りる。ローカル列車でさらに北上し、そこからバスで油田のある街に戻るそうだ。入れ替わりに80歳くらいと60歳くらいの母と娘が乗ってくる。22時45分、発車。

July 10, 1998 (Friday)

Train : Perm -> Kirov (ペルミ → キーロフ)

pcd1-img0092.jpg
ペルミ II 駅
Perm 2 station

早朝にアジアとヨーロッパを分けるウラル山脈を越える。欧州線の航空機から見た感じでは、低いなだらかな丘の連続といった感じの山脈だ。今回は寝ていたので何も分らない。
9時40分、ペルミII駅に停車。横に特急と見られる青い塗装の列車が並ぶ。列車名は分からない。9時55分発車。
タイムゾーンをまたいで、1時間戻る。モスクワからの時差は1時間となる。ウラジオストックを出た時は「モスクワ+7時間」だったので、もうほとんどモスクワに着いたも同然だ。

車窓の景色は、昨日までの草原と林ではなく、牧草地などの農場と防風林などの林に変わっている。1週間近くユーラシア大陸を横断してきて、「広葉樹・針葉樹の混合林→針葉樹林→山岳地帯とバイカル湖→針葉樹林と草原→草原→農場」と景色も大きく変化している。
農家の建物も、シベリア風木造住宅から欧州風木造農家になり、色とりどりになっている。自動車も欧州の中古車とロシア産の自動車ばかりで、日本車は皆無だ。

12時40分、バレジーノ駅に到着。すぐあとからエニセイ号がやってきて、横のホームに並んで停車する。ラーメン(6ルーブル, 138円)とアイスクリーム(3ルーブル, 69円)を買う。モスクワに近づく毎に、駅で売っている食料の値段が上がっていく。跨線橋を渡って駅舎に行ってみると、「シベリア鉄道100周年」とかかれた看板に、新幹線のような超特急列車のイラストが描かれている。軌道敷内に通行人が立ち入らないようにしたら高速列車も走らせられるかもしれないが、今の経済状況では資金繰りが無理だろう。12時50分、発車。

Train : Kirov -> Moscow (キーロフ → モスクワ)

pcd1-img0090.jpg
西シベリア平原
West Siberian Plain

昼食は食料を食べきるために、残っているパンや野菜を徹底的に食べる。ここ数日はカップラーメンも常に食べるようになる。コクのない辛いだけの韓国製カップラーメンも慣れればそれなりの味だ。ただ、ロシア人のようにだしを入れず、ふやかしてスパゲティーの様にしては食べられない。チュメニから乗ってきたおばちゃん(娘の方)は、市場で買ってきたと言う瓶詰めのトマトを食べている。1つ分けてもらったが、とてもすっぱく、辛い。韓国系の食べ物だろうか。おばあさん(母の方)が、「こんなにすっぱいものを食べるなんて」とあきれていた。
午後は、読書と昼寝。太陽がカーテンの隙間から入ってくるので、通路側を頭にして寝る。日本から持参したカントの哲学本を2回も読み返すほど暇なのである。

この辺りの街は、シベリアに比べ大規模で、駅に着く20分くらい前より市街地を走るようになる。16時20分、キーロフ駅に到着。今夜食べるラーメンを買う。16時40分、発車。車内では、監督さんが残った食べ物をすべて配っている。ただし、主食はカップラーメンとパン、メインディッシュはサラミソーセージ、付け合わせはトマトやきゅうりの生野菜といったいい加減なものだ。(4日間もこんな食事を続けて、本当に試合に勝てるのかどうかは7月18日の日記を参照のこと。)
私の夕食も、明日の朝食用にフランスパン10cm位残して、すべての食料を食べきる。それでも、ネギだけは残ってしまった。ねぎだけはバリバリと食べるわけにもいかないので、残念ながら処分する。

20時5分、シャリア駅に到着。20時15分、発車。
ロシア号の旅も今夜で終わりとなると、何だか寂しい。ボーっとしているうちに時間が過ぎて行く。ナショナルチームの選手が眠りに着いた頃、静かな通路に出て沈み行く夕日を見る。チームの監督3人も通路に出て景色を眺めている。23時頃、ガリッチ町のあたりで夕日が沈む。