モロッコ、スペイン 旅日記 : アルへシラス→ジブラルタル→セビリア→マドリッド

October 14, 1997 (Tuesday)

Algeciras - Spain/España (アルヘシラス - スペイン)

1014-06.jpg
アルタ広場 Plaza Alta

13時スペイン南端のアルヘシラス港に高速船が到着。ガイドの出没しないさびしいターミナルに降り立つ。フランス語の世界からスペイン語の世界へ。ここからは言葉に不自由しそうだ。

デビッド氏が手荷物預かり所で荷物を受け取っている。2つの荷物をまとめてもたいした大きさではない。それに比べて僕は寝袋で大きく膨れたバックパックを背負っている。旅人は身軽でなければ...(見習わないと)。

港湾地区から市街地に入るところにホテルが集まっているところがあり、そのなかの1軒のマリーナ・オスタルに入ってみる。1泊3600Ptsということだ。モロッコに比べてだいぶ高いと思ったが、欧州では安い部類なので1泊することにする。次にiに行き、観光地図を買う。さらに RENFEの方に登ってゆくと、ホテルの1Fがバスターミナルになっている。ここからバスに乗りジブラルタル(ラ・リーニア行き)に向かう。長距離用の車両に乗り込み、高速道路らしき道を約30分走り国境のラ・リーニアに到着。

Gibraltar - UK (ジブラルタル - イギリス)

1014-03.jpg
ジブラルタルの、その名もメイン・ストリート Main Street

バスターミナルを出ると、ジブラルタルの巨大な岩山が見える。少し歩くと国境があり、パスポートの表面を見せるだけで通過できる。無理に頼んでジブラルタルの入国スタンプを押してもらう。なぜか空港の滑走路を横切って街の中心に入る。バーガーキングがあったので、僕は昼食を食べに入る。デビッド氏は岩山に徒歩で登るので、ここで別れる。料金はポンド立てだが、ペセタでも換算して払える。歩道のテーブルに座って、久しぶりの西洋の味を味わう。

1014-04.jpg
岩山の頂上より La Linea の方向を見下ろす

バーガーキングより南は観光客向けの店が並んだ商店街(メイン・ストリート)だ。市役所の前では英国風の警官を見かける。15分くらいでロープウェー(英語名ケーブルカー)乗り場に着く。時刻表では最終まであと2本しか出ないみたいなので、降りてくる時に乗り遅れたら話しにならない。ケーブルカーは岩山を垂直に近い角度で登って行き、中腹の停留所に到着。街にに降りようとしているらしい女性2人が乗って来たので、隣に停まっているケーブルカーが下行きだと教える。車両と停留所の板の間からはるか下が見えて恐い恐いと言いながら乗り換えてゆく。ケーブルカーは再び急激に岩山を登って行き頂上駅に到着。最終便に近いので頂上の展望台兼レストランにはほとんど人がいない。

下を見下ろせば、小さなジブラルタルの領土に、アパートや店がごちゃごちゃと建ち並んでいる。陸の方へ目を移すと、先ほど通ってきたラ・リーニアの街があり、湾を挟んだ向こうにはアルヘシラスが。逆光で見にくいアルヘシラスの対岸には、昨日まで堪能したモロッコが見える。昨日は、向こうのメディナからスペインを眺めた事を思い出す。東の方は、スペイン南岸のアンダルシア地方の海岸がはるか向こうまでつながっている。ここは、地中海と大西洋の接続点であり、ユーラシア大陸とアフリカ大陸の向き合ってるとこでもあるなどと考えてしまう。

1014-05.jpg
ジブラルタル空港の滑走路を横切る 幹線道路
今、小型機が飛び立とうとしているので、遮断機が下りている

ぐるっと頂上辺りを見た後、ケーブルカー乗り場へ。今日タンジェ港で出会ったサンディエゴ市に住んでるアメリカ人夫婦が来ていた。レンタカーで旅してるそうだ。ケーブルカーで下まで降り、近くの図書館のようなところでトイレを利用し、元来た道を戻る。飛行場が遮断機を降ろして道をふさいでいる。小型のジェット機が飛び立ってゆく。飛行場には、BritishAirwaysの機体と、英国軍の輸送機が駐機している。

国境を何の検査もなく通り抜けスペインに再入国。バスターミナルの場所が分からない。ちょうど向こうからやってきたおじさんに英語で道を聞くが通じず、スペイン語で四苦八苦して聞いたら途中まで連れていってくれた。行列が出来ている市バスに近づき、アルヘシラスに行くか聞いて乗り込む。行きと違い普通の市バスの車両だ。市バスなのでたくさんの停留所に停まりながら、アルヘシラスの街へ。ホテルに戻る。

Algeciras - Spain/España (アルヘシラス - スペイン)

18時、夕食を食べようと街の中心の方へ行く。教会がある広場(Plaza Alta)が街の中心だろうか。割とたくさんの人がベンチなどでくつろいでいる。商店のたくさんあるマルティネス通りを行くと車やバスが走る大通りに出る。角のマクドナルドでビッグマックセットを食べる。中では子どもの誕生会が開かれていてにぎやかだ。

October 15, 1997 (Wednesday)

Algeciras - Spain/España (アルヘシラス - スペイン)

8時、朝食を食べに外に出る。まだ真っ暗だ。対岸のモロッコとは1時間の時差があり、フランスなどと時差をなくすために現実とはずれた時間を採用している。クレジットカードで家に電話をかける。市場広場(Plaza Palma Mercado)に行けば食べ物が売ってそうなので行ってみる。市場はたくさんの野菜が売られていて活気がある。市場の横のパン屋でパンを買い、食べる。

Bus : Algeciras -> Sevilla (アルへシラス → セビリア)

1015-01.jpg
イベリア半島最南端のタリファ付近
風力発電機がたくさん並んでいる

バスターミナルに行く。AVEに乗りたかったので、何となくセビーリヤまでの切符を買う。2100Pts。バスターミナルのベンチにはモロッコ人らしき若夫婦と、何人かのスペイン人らしい人が座っている。10時、バスがやってきたが、どこか故障しているらしく運転手が修理していた。バスは15人くらいの乗客を乗せて出発。一路南下し、丘の上に発電用の風車を眺めながら、イベリア半島最南端のタリファの町に停車。目の前には、モロッコのタンジェ港が見える。何人かの客を乗せて、丘陵地帯を縫うように走り、所々の村に停まりながらカディスへ行く道を西に走ってゆく。

イタリアの田園風景とはまた違う、乾いた赤茶色の草原地帯を2時間近く走るとカディスに行く道から外れて、エル・プエルトのRENFE前に停車。ここで30分の休憩。駅には何もなく、駅の外にバーが1件あるだけの住宅街の中の停車。バスは再び走りだし今度は高速道路を北上し始める。いつのまにか寝てしまい、3時ごろに目が覚めるとすでにセビーリヤの郊外を走っている。バスは街のどこかのバスターミナルに到着。

Sevilla - Spain/España (セビリア - スペイン)

1015-03.jpg
サンタ・フスタ駅 RENFE Santa Justa

ターミナルはいろんな所に行くバスでにぎわっている。ターミナルは街の郊外にあるような雰囲気だ。乗り場案内の女性に、RENFE中央駅へどうやって行けばいいかを聞いた。中央駅はSanta Justaと書いてサンタ・フスタと読むそうで、向こうの交差点の市バスC2系統で行けると教えてくれる。相当大きい交差点のあちこちにバス停か散らばっており、その辺に座っている人や、回送バスの運転手に聞いたりしながらバスを発見し乗る。

車内放送が無いので、どこで降りたらよいかさっぱり分からない。横にいた高校生にサンタフスタに来たら教えてくれるように頼んでおく。駅に無事着く。新しくて、デザインの斬新な巨大な駅だ。駅の中に入り、iを探すが見つからない。ホテル案内のカウンターの女性に安宿のありそうな地域を教えてもらい、鉄道案内所で地図を売っている事も教わる。地図を買ったついでに、AVEの時刻表付きパンフレットをもらう。

駅を出て、方位磁石と地図を頼りに歩くこと20分。それらしきところに到着する。適当に路地に入り、最初に見つけたペンション・サンフランシスコに部屋を取る。普通の家がやっているペンションで、子どもが2階の部屋に案内してくれる。部屋で地図を見ながらどこへ行こうかと考える。サンタ・クルツ辺りがINTERES TURISTICOと書かれているので行ってみる事とする。

1015-04.jpg
アルカサル宮殿の庭園

途中ピザを食べ、道のややこしいユダヤ人街を抜けて目的地に到着。観光馬車がいるのでここらしい。きれいなヒラルダ・カテドラルとアルカサル宮殿がある。時間的にどちらかしか見れそうに無いので、宮殿に入る。あと1時間で閉館といわれる。あとから知った事だが、ここはUNESCO世界遺産リストに載っているところらしい。どことなく、モロッコ風のような、それでいてキリスト教のような豪華な宮殿だ。絵画を見るというより、部屋の作りや装飾を見るところだ。宮殿の横には、ヨーロッパ風だが南の国の木も生えた庭園がある。スペインとはいろんなものを取り込んだ様式を好むのだろうか。

1015-05.jpg
細い路地のユダヤ人地区

宮殿を出て、地図でCOMERCIALと書かれた道沿いに行く。にぎやかな商店街で観光客もたくさん来ている。ひときわにぎやかになった辺りにマクドナルドを発見し、またもやマクドナルドで夕食を済ませる。Santa Justa駅に行きAVEの切符を買う(2等8000Pts)。駅の構内を見てまわる。この駅が1昨年ブルーリボン賞を受賞している事を示すプレートがあった。ホテルに戻る途中、スーパーで食糧を買う。スーパーの近くに空手道場を見かける。

October 16, 1997 (Thursday)

Train : Sevilla -> Madrid (セビリア → マドリード)

1016-01.jpg
Santa Justa 駅にずらりと並んだ AVE

昨日の夜はさんざん蚊にかまれた。やっと明るくなった9時、サンタ・フスタ駅に行く。ホームに停車している列車を観察しながらAVEの改札が始まるのを待つ。AVEの改札はEurostarと同じようにX線検査付きだ。ドア毎に女性のパーサーがついている。これもEurostar並みのサービスだ。

列車は10時定刻に音もなく滑り出す。しばらく行くと専用軌道に入り、高速運転となる。TGV型車両なので300km/h運転だろうか。TGVとの違いは、車内でテレビ放送がある事と、AVEグッズの販売がある事だろうか。赤茶けた乾燥した草原の大地を駆ける事1時間、コルドバに停車。さらに1時間でマドリッド・アトーチャ駅到着。車窓から見た景色はあまり変わらない乾燥気候のようだ。

Madrid - Spain/España (マドリード - スペイン)

1016-03.jpg
王宮

街の中心が太陽広場(プエルタ・デル・ソル)である事くらいの情報は持っているので、地下鉄の駅に行き路線図をもらう。乗り換え無しで行けそうだ。すりが多く危険といわれているマドリッド地下鉄だが、財布はすでにすられてしまっていて僕は安全だ。10分でソル駅に到着。外に出ると確かに広場だ。うじゃうじゃ人がいる。日本で調べておいた安宿のある方向へ。オスタル・トリアーナにする。1泊3600Ptsでテレビ・バス付き、大都市ではまあまあの価格だ。フロントの男性に、観光客はどこを見ておくべきだろうかと聞くと、プラド美術館と王宮と言う事だ。ついでに地図ももらう。空港に行くバスがコロン広場から出ている事も聞いておく。

今日は王宮に行く事とする。中央通らしいグラン・ヴィアに出る。バーガーキングで昼食。西に20分くらい歩くと王宮前に着く。白い宮殿だ。入り口を示す矢印の通りに進み、入る。中央の四角い広場を囲むように建物が立っている。右側から順に見てゆく。パリのルーブルと比べて落ち着いた(古い)雰囲気の宮殿だ。セビーリヤの王宮と違い、こちらは絵画や彫刻も楽しめる。王宮の西側は崖で、向こうには広大な公園が見える。王宮を出てこんどはマヨール通りを通ってソル広場に戻る。ホテルに戻り休憩。

17時頃、ソル広場にある百貨店の本屋で美術書や、旅行書などを読む。夕食にしようと、その辺のレストランを見に行くとどれも休みのようだ。これがスペイン時間というものだろうか。夕食は20時から22時がスペイン風だとは聞いていたが、旅人は早く夕食を食べる必要があるので(睡眠を十分とるように)、待っていられない。また、バーガーキングで夕食となる。先程の百貨店の食料品売り場を見に行く。巨大なオリーブオイルが売っているのは日本では見られない事だ。食糧と水を買っておく。夜は、久々に寒いと感じ窓を閉めて寝た。

October 17, 1997 (Friday)

Madrid - Spain/España (マドリード - スペイン)

1017-02.jpg
プラド美術館 Museo del Prado

9時、朝食を食べようと、適当なカフェを探しに行くが、入りそびれて国会議事堂近くのカフェへ。スペイン風のポテトの入ったオムレツを食べる。

いつのまにかプラド美術館の近くに来ていた。入ってみる。前知識無しに美術館に来て、ガイドブックも無いのでどれから見てよいのか分からない。手前の部屋から順に見てゆくと、知っている画家の作品がある事に気づく。ゴヤである。宗教画でなく、貴族のポートレートや有名人の絵でもない人間を書いた絵が多い。どれも、グロテスクなほど人間を表現してる。でも、家に飾るには暗すぎるなぁと思う。ルーブルや、メトロポリタン美術館に比べると小さい美術館だが、十分見る価値のある所だと思う。

1017-03.jpg
美術館で写生するアーティスト 日本では考えられない...

美術館を出て、ソル広場を通り過ぎてマヨール広場へ。広場の中は喫茶やレストランのテーブルが並び、建物沿いではコインののみの市が開かれている。パエーリヤを昼食に食べる。グラン・ヴィアのCentral Hispano銀行に行き、両替する。100Pts=85JPYくらいか。

地下鉄に乗り、アトーチャ駅へ。すぐ前にある、ソフィア王妃美術館に行く。こちらは近代芸術らしく、ガラス張りのエレベーターが建物から離れてつけられている。ピカソを見る。現代に近い作品ほど、まともでなくなっている。これが現代芸術というものだろうか。ミロはさらに分からない画家で、ピカソ以上と思える。ここに置いてある芸術家の作品は、どれもインテリアの1品として使えそうなモダンなものが多い。でも、個人的にはこれは絵じゃないよというようなものが多い。やはり、芸術家にはなれないなぁとつくづく感じてしまう。

マクドナルドでアイスクリームを食べ、ホテルに歩いて戻る。プラド美術館からソル広場に行く途中に態度の悪い募金集めがいる。観光客と見るとよってきて、募金をしないと暴言を吐くのは情けない人物たちだ。個人的にエイズ関連の募金はしたくないので無視すればいいだけだが。

17時頃、夕食に「肉の博物館」という名前のレストランへ。ハムを中心としたセットメニューが900Ptsほど。百貨店をぶらぶら見て、食料と水を買ってホテルに戻る。

長いこと洗ってなかったパジャマが臭くなってきたので洗う。この街は今までで一番洗濯物の渇きが悪い。やはり、モロッコの砂漠地帯はかなり乾燥していたらしく、ジーンズが一晩で乾いたのはそのためだ。ここでは2日はかかる。

October 18, 1997 (Saturday)

Madrid - Spain/España (マドリード - スペイン)

1018-02.jpg
マドリードの動物園 アフリカの動物が...

大きい低気圧が近づいているそうで、夜より雨。明け方に雨はやむ。

9時、カフェで朝食を食べ、グラン・ヴィアから地下鉄で動物園や遊園地のあるカサ・デ・カンポ公園へ。1度乗り換えて、ほとんど人のいない駅に到着。ここの動物園は他のところとは少し違うらしいので行ってみることにする。無人の公園を15分ほど歩くと、バスの走っている通りに出る。そこからしばらく西へ行くと、たくさん人がいる駐車場に出る。駅から25分。動物園にしては高い1560Ptsを払って中へ入る。ここには檻や柵が存在しない。フラミンゴが道に出てきたりしていいのだろうか。アフリカではついに見かけなかったアフリカの動物をマドリッドで見るのも不思議な雰囲気だ。

1018-01.jpg
中心部の繁華街 Via Preciados

雨が降ってきた。水族館で雨宿りする。パンダがいるというところでは、柵が無いのでパンダは逃げたのだろうか。地下鉄の駅への帰りに、自動車同士の衝突事故を見る。11時、ソル広場に戻る。午後の予定はないので、街の中をぶらぶらして時間を潰す。

マドリッドの街は案外小さく、プラド美術館や王宮は歩いて行ける距離のようだ。皇居くらいの大きさに街の中心部が入っているくらいの大きさだろうか。同じラテンの国のイタリアに比べて自動車の数が多く、スクーターが少ない。14時ごろ昼食。スペイン風に1日で一番豪華な食事にする。今日は土曜日なので、百貨店やその他の店もほとんど休みだ。カフェで読書をし、ホテルで昼寝をする。18時、夕食。どこの映画館にも行列が出来ている。映画は人気があるのだろうか。ホテルの地下はシャンソンパブになっているようで、毎日22まで生演奏が聞こえてくる。こちらは年配の夫婦連れが行列している。

October 19, 1997 (Sunday)

Madrid - Spain/España (マドリード - スペイン)

1019-01.jpg
コロン広場への道 下り坂 ... 上り坂 ...

9時、今日は日曜なのでカフェさえも休みが多い。ソル広場もほとんど人がいない。マヨール広場に行く途中に開いていたパブで朝食。日本で仕入れた情報では、今日はのみの市が開かれるそうだ。ラストロという名前か地名らしい。マヨール広場の近くらしいので行ってみる。15分くらい探したら、ラストロの端っこにたどり着いた。

衣料品や日曜雑貨を売る店が多いが、路地に入ると専門店の集まりのようになる。小鳥ばかりの通りや、大工用品ばかりとか。CDやカセットテープを売っている屋台もあるが、中古の割に安くない。特に買うものも見つからないので、ソル広場北の本屋に行き欧州の地図を買う。日本で買うと3000円以上しそうなものが1660Ptsで手に入る。

昼食は、行列の出来ているレストランでパエーリヤとローストチキンのセットメニューを950Ptsという激安で食べる。スペインは食事の時間さえうまく合わせれば、激安で食べられる。

1019-02.jpg
コロン広場近くの国立図書館

明日は8時30までにエアポートバスに乗らないといけないので、バス乗り場を下見に行くことにする。ホテルのフロントで聞いたコロン広場に行ってみる。ソル広場から、グラン・ヴィアを通り過ぎて15分ほど北上し、東に15分ほどで国立図書館前に出る。図書館はちょうど閉まったばかりで中に入れない。図書館の北側に文化センターがあり、滝の下の通路の壁にはコロンブスの北米大陸発見の航路図が描いてある。南北アメリカ大陸の植民地で儲けた国だけはある、巨大な壁画だ。文化センターの横は広場になっており、バス停は地下にあった(分り難い)。薄暗い早朝では発見出来そうも無いので、下見に来てよかった。バスは 20分おきくらいに出ているようだ。地下鉄に乗ってホテルに戻る。

観光地図で見所が集中しているマドリッド中心部はすべて歩いたことになる。夕食はバーガーキングで食べる。

October 20, 1997 (Monday)

Air : Madrid -> Amsterdam (マドリード → アムステルダム)

7時20分起床。食事は飛行機で出るはずなので、朝食は無しにする。TVEのニュースでは、嵐がスペインを横切ってフランスの方向へ向かっているそうだ。今日中にアムステルダム辺りまで行きそうな雰囲気だが、14時の乗り継ぎの時までは持つだろう。8時チェックアウト。グラン・ヴィアから地下鉄に乗り、セラノ駅で下車。昨日見ておいたバス停に行き、8時20分出発。370Pts。30分くらいで着くかと思っていたら、結構遠いらしく9時10分バラハス空港到着。チェックインし、出国審査を済ませる。

飛行機は搭乗時刻の11時20分を過ぎてもなかなかやってこない。KLM492便は1時間遅れで出発。真新しいB767は順調に飛行し、スキポール空港にブレーキをギーギーいわせながら到着。当然スキポールにも1時間遅れで到着する。国際線乗り継ぎに最低1時間必要な空港で、15分しか残っていないのは致命的だ。それも、ターミナルBとターミナルFの先端の移動である。途中には、シェンゲン条約で出来た欧州出国審査がある。思いっきり走って、ハッチが閉まる寸前に滑り込む。日本へ向かうKLM867便は出発準備が整い、乗客は全員座席に着席している状況だ。僕が乗り込むと、すぐにハッチを閉めて出発した。

フライトアテンダントの女性が来て、荷物は明日の便で送られてきますので到着地で宅配便の手続きして下さいと知らせに来た。やはり荷物は間に合わなかったか。夜のロシア上空は、雲の間から所々にコンビナートか油田の炎が見える幻想的な風景だ。翌日9時30分関空到着。何と荷物はやってきていた。15分の乗り継ぎ時間で、どうやって荷物を積み替えたのだろうか...。