エーゲ海からバルカン半島旅日記 :
     ハニア、レシムノ、イラクリオ、サントリーニ島

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September 16, 2003 (Tuesday)

Chania / Χανιά - Greece (ハニア - ギリシャ)

6時30分起床。窓を開けると、しとしとと雨が降っている。昨晩洗ってクーラーの前に干しておいた服が、完全には乾いていない。雨がやむのを待って、8時に外へ出かける。旧港付近はほとんど誰も歩いていない。昨晩スブラギを食べたバーで、サンドイッチとネスティーで朝食。2.50ユーロ(322円)。

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旧港の灯台
Venetian Lighthouse

旧港の出口にあるヴェネツィア共和国時代に建てられた灯台に行ってみることにする。ジャニサリー・モスク横より旧港の岩壁沿いにどんどん東へ歩いていくが、旧港は案外奥行きが深い。旧港の東側にはヴェネツィア共和国時代の造船所跡(ドライドック)が建ち並んでいる。東端から防波堤を伝って灯台を目指す。中間点付近にヴェネツィア共和国時代に建てられたといわれるサン・ニコラ砦があり、現在はレストランが不法占拠して営業している。私の前を歩いていた女性が、“どうも道が無い”という雰囲気で戻ってくる。若干岩場があるが、飛び越えられないようなギャップではない。“そこ、飛び越えたら行けると思う”と合図を送って、岩場を飛び越えてさらに先へ。おっさんがぽつんと1人釣りをしている。小魚が何匹か釣れていたが、大きなのは居なかった。旧港の入り江にはそこらじゅうに小魚は泳いでいるが、大きなのは漁船が取っちゃうのかな? 堤防の外海側には大きな波が ざぶ~ん と打ち付けて、水しぶきを上げている。16世紀末のヴェネツィア共和国時代に造られた灯台は高さが21mあって、オスマン帝国時代の1839年にモスクのミナレット風の外観が付け加えられたそうだ。頂上が若干傾いている感じがするが、いまだにどっしりと建っている。扉はしっかりと閉じられており、中には入れないようなので、基礎の周りをぐるっとまわってみる。一部分が崩れ落ちて、うっかりすると海に転落するかも…。

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公設市場
Agora : central market

次に、朝しか開いていないという公設市場へ。中世以来露天市があったこの場所に、1913年になって現在の建物が建てられたそうだ。内部は魚や野菜、乾物物からパン類まで何でも売っている。

その後、ネットカフェで情報収集。日本のニュースを見てみると阪神タイガースが優勝したようだ。大阪のどぶ川に何千人もの人が歓喜のダイブをしたと報じられている。混乱を押さえようとした警察官が「1人1回限りですっ…」と言ったとか言わなかったとか。

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キドニアの発掘現場
Kydonia

1866年広場のカフェで昼食。チキン・スブラギ(2ユーロ, 258円)、グリーク・サラダとコーラ(2.90ユーロ, 374円)。グリーク・サラダの上にのっているフェタ・チーズ(山羊乳のチーズらしい)は独特な臭がするが、慣れればギリシャ旅行には無くてはならない必須アイテムだ。

午後、雲が東へ去りやっと晴れてきた。旧市街東側のカステリ地区を歩く。この地区はハニアで最も早く都市が形作られた場所で、新石器時代からの歴史があるそうだ。住宅やペンションが建ち並んでいる住宅街に、ミノア時代の都市遺跡(キドニア遺跡)が観光地化されずに放置されている。傍らには1606年に建てられた修道院がペンションとして営業しているところもあり、歴史を感じられるなかなか雰囲気の良いところだ。

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ヴェネツィア帝国の造船所
Venezian Arsenal

次に、カステリ地区と公設市場の間の地区を散歩。13世紀に建てられた修道院に、オスマン時代に無理やりモスクのミナレットが取り付けられた聖ニコラオス聖堂がある。聖堂を正面から見ると、左に教会の鐘楼、右にミナレットと妙なデザインだ。近くには別のモスクだったミナレットも残っていて、かつてのオスマン帝国の名残が色々と残っている。

今朝、灯台を観に行く途中に前を横切ったヴェネツィア時代の造船所跡に行ってみる。かつて17棟あったドライドックは、現在は7棟が残るだけ。内部は展示会場や倉庫として使われているようで、開いているドアから中に入って見学することが出来た。まあ、単なるかまぼこ型の広いスペースでしか無いわけだが…。

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城壁から見下ろした旧市街
old town, view from Venezian city wall

旧市街探訪の最後に、西側のユダヤ人地区(Evraiki地区)へ。旧市街の外周を取り囲む城壁に向かって傾斜した土地に、入り組んだ細い道沿いに建物が密集して建てられている。大抵の建物は住宅だが、観光客が通りかかるような場所の1階は雰囲気の良いレストランなどが入居しているところも多い。旧市街中心部カステリの城壁がほとんど残存していないのに比べ、旧市街外周を取り囲む城壁は今でも巨大な姿をとどめている。

夕食は、聖ニコラオス聖堂向かい側のレストランで。レモン・チキン・ローストのメニューを食べる(5.40ユーロ, 696円)。私の座ったテーブルの向かい側の席には、巨大な猫が鎮座してこちらを眺めている。どうも食事のおこぼれを狙っているようだ。チキンの骨の周りの肉片を投げてやると、愛想なく口でくわえて椅子の下に潜り込んでしまった。

Hotel
Loukia Hotel / Ξενοδοχείο Λουκία room 307
30ユーロ(3870円)/1泊

September 17, 2003 (Wednesday)

6時30分起床。外は少し雲があるが晴れている。7時30分、ホテルをチェックアウトしてバスターミナルへ向かう。途中、1866年広場のeverestでサンドイッチと水で朝食(2.60ユーロ, 335円)。8時のバスに乗りレシムノに向かう。3日前にイラクリオに行った時に比べて、車内は比較的空いていた。

Bus
Chania / Χανιά(08:00発)→ Rethymno / Ρέθυμνο(09:00着)
Bus 運賃 5.55ユーロ(715円)

Rethymno / Ρέθυμνο - Greece (レシムノ - ギリシャ)

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レシムノ砦東側の壁
east wall of fortress

9時、レシムノのバスターミナル着。ターミナルと道路の間にある荷物預け所に荷物を預ける(1ユーロ, 129円)。ハニアでは晴れていたのだが、ここはどんよりと曇っている。北へ向かって歩くとサッカー競技場があり、そこから東側が旧市街だ。旧市街の路地を通り抜けて、まず向かったのが16世紀に造られた砦だ。このレシムノ砦は、オスマン帝国との戦いに備えてヴェネツィア共和国が造ったものだが、17世紀の第5次オスマン=ヴェネツィア戦争でオスマン軍に占領されてしまったそうだ。今では外壁だけが残る雑草の生えた高台になってしまっている。入場料は2.9ユーロ(374円)。中央付近に教会とモスクの残骸がかろうじて残っている以外、特に見るべきものはなさそうだ。北のエーゲ海から強風が吹いていて、クレタ島の海岸線に沿って島を覆っている雲がだんだん南に吹き流され、晴れ間が出てくる。

クレタ島におけるオスマン帝国とヴェネツィア共和国の戦いでは、ハニアとレシムノがオスマン帝国側に陥落し、イラクリオは20年程度籠城が成功したという事だ。どの街の要塞もどっしりと重厚な作りをしているが、要塞防衛の成否の要因はどのあたりにあったのだろうか…。
そういうことを考えながらエーゲ海をぼんやり眺めていると、上空を空軍の戦闘機2機が東から西へ爆音を響かせて横切っていく。スーダ空軍基地に戻っていくのだろうか…。かつての要塞は、現在では制空権を得るための戦闘機に衣替えしているが、トルコに対する敵対心は変わりないようだ。

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旧港
Venezian Harbour

砦の上から旧市街をみると、中央付近にNeratzeモスクの尖塔(ミナレット)が見える。砦を出て、とりあえず旧港をめざす。狭苦しい曲がりくねった道を数分行くと旧港を取り巻く道に出る。ハニアの旧港より遥かにコンパクトで、港沿いの道には所狭しとレストランの座席が並んでいる。港の出口には、19世紀に建てられた石造りの灯台がある。クレタ島ではハニアの灯台の次に古いものだそうだ。

旧港に隣接した新しい埠頭には、ピレウス行きのフェリーが停泊している。ひなびた雰囲気の旧港と、鉄板で出来た巨大な建物のようなフェリーの対比が斬新だ。レストランや土産物屋が建ち並んだ道を少し西へ戻ると、リモンディ噴水のある広場に出る。噴水といっても水が吹き上がっている一般的な形のものではなく、今にも崩れそうな壁面からちょろちょろと水が滴り落ちているだけ。ヴェネツィア共和国の統治者リモンディが、旧市街中心のこの場所に17世紀に造ったものだそうだ。

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旧市街中心部のArabatzoglou通り
Old Town, Arabatzoglou street

旧港や砦は殆ど人影がなかったが、旧市街中心のこの付近には沢山の観光客が歩いている。ちょっとした路地に入ると店も観光客も無く、静かな古い町並みになっている。ふと通りかかったパン工房の窓には、芸術的な造形のパンが並べられている。白鳥や恐竜の形をしたパンは、まさか朝食に食べるためのものではないだろう…。

バスターミナルに戻る。切符売り場には欧米系の団体客が長い列を作っている。11時45分発のバスの切符を入手する。荷物をピックアップし、コバルトブルーの海を眺めながらバスを待つ。欧米の団体客はハニア行きに乗り込んで行った…。 イラクリオ行きバスは15分以上遅れて到着した。12時10分レシムノ発。大渋滞の道路をのろのろ走ってレシムノの市街地を抜ける。

Bus
Rethymno / Ρέθυμνο(12:10発)→ Heraklion / Ηράκλειο(14:10着)
Bus 運賃 5.55ユーロ(715円)

Heraklion / Ηράκλειο - Greece (イラクリオ - ギリシャ)

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ヴェニゼロス広場
Plateia Venizelou

高速道路(E75)は快調に走ったが、イラクリオのインターチェンジから市街地に入った途端、再び大渋滞に巻き込まれ45分間もノロノロ運転となる。定刻より1時間以上遅れた14時10分にイラクリオのバスターミナルに到着。道路事情が悪いのに、なぜこれほど自家用車に乗るんだろうか。バスターミナルに荷物を預ける(1ユーロ, 129円)。

旧市街の緩やかな坂を登り、中心部のヴェニゼロス広場を目指す。直射日光がじりじりと肌を焼いているが、残念ながらビル影は出来ていない。そういえば昼食がまだだった…。エレフテリアス広場のフランス系ハンバーガーチェーンQuickに入り、ギロとコーラを注文する(5.10ユーロ, 657円)。10分、20分… 周囲の客の食べ物は出てきているのに、私のものだけ出てこない。ウエイトレスに「注文したものが出てこないが、どうなってるのか」と2度ほど督促してやっと出てくる。人種差別か、そもそも仕事が嫌いなのか分からないが、レストラン名は“Quick”ではなくて”Slow”にすべきだ(笑)。まあ、仕事の遅いフランス系のファストフードに期待するだけ間違っているか…。

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考古学博物館の飛び跳ねる雄牛のフレスコ
Bull-Leaping Fresco at Archaeological Museum

15時、考古学博物館に向かう。14時頃に通りかかったときは長い列が出来ていた入場口も、チケット売り場に20人ほど並んでいる程度になっている。入場券(6ユーロ, 774円)を買って中へ。内部は団体客で大混雑。入り口付近は後ほど見る事にして、団体客の波を掻き分けて奥の方へ向かう。出口に近いところに飾られているクノッソス遺跡から引き剥がしてきたフレスコ画を最初に見る。イルカのフレスコ画、青の貴婦人のフレスコ画など ”クノッソス遺跡に飾られたレプリカ”そっくりなので、初めて見た気がしない。紀元前2000年〜1500年頃に描かれたものだそうだが、同時期のエジプト文明と同じく“横向いた人物像”ばかりなのは互いの文明が影響し合ったのだろうか。ツアー客の流れに逆行するように通路を進み発掘品を見ていく。ガイドブックなどに載っている有名な遺物はほとんど全てこの博物館にあるようで、小ぢんまりとした博物館だがなかなか見ごたえがある。

博物館を出て、繁華街の歩行者天国ダイダロス通りを歩く。レシムノでは沢山の観光客を見かけたが、こちらはあまり人が歩いていない。地元の人向けの商店なので、やはり涼しい夕方以降に客が増えるのだろうか。エル・グレコ公園の木陰でしばらく休憩してから、ヴェネツィア共和国時代の城壁を見るために街の南へ向かう。東ローマ帝国時代の市街地はダイダロス通りあたりまでで、いまは痕跡もないがここに城壁があったそうだ。その後、13世紀にヴェネツィア共和国が旧市街を大きくして城壁もはるか南に造りなおしたとのことだ。

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キリスト砦横で城壁を貫くトンネル
tunnel at Jesus Bastion

高速道路から市街地への道があれほど混雑していたのに対し、市内の道路にはあまり車が走っていない。コルナロス広場を越えてエヴァンズ通りを数分行くと城壁を突き抜けるキリスト砦(Jesus Bastion)のトンネルがある。トンネルを通り抜けてみると壁の厚さが30mほどあるのが分かる。さすが、第5次オスマン=ヴェネツィア戦争で22年も籠城が成功した要塞都市だけはある。私が旅行した中で見た城壁で最も分厚かったのが、中国の西安(長安)の城壁だが、ここの城壁はそれと同じくらい頑強そうだ。ナショナル・ジオグラフィックの記述では、城壁の最も厚いところは40mもあるらしい。

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イラクリオ港に停泊するダイダロス号
M/S DAEDALUS at Heraklion port

バスターミナルに戻って荷物をピックアップし、港に向かう。バスターミナルの前の道を横切り、破れたフェンスから岸壁に出る。3日前に購入したチケットには、乗船する船は“ダイダロス号”と書かれているので、停泊している船を見回してみる。何隻か停泊している真っ白なフェリーの中で一番手前の船がダイダロスとギリシャ語で書かれている。バックパックを背負ったりスーツケースを転がした旅行者が、岸壁に接岸しているダイダロス号の後部ハッチに吸い込まれていく。巨大なトレーラーも行きつ戻りつしながら船内に積み込まれていくのが見えている。このフェリーは1973年に日本で建造され、大洋フェリー“おりおん”、関西汽船”にしき丸”として活躍した後、ギリシャのミノアン・ラインに売却されたそうだ。

Ferry
Heraklion / Ηράκλειο(18:00発)→ Santorini (Thira) / Σαντορίνη(21:45着)
Ferry, Minoan Lines “Daedarus” 運賃 14.5ユーロ(1870円)
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次第に遠ざかっていくクレタ島
leaving Heraklion

フェリーに乗船し、セルフサービス・レストラン横のソファーに席を確保する。艦内放送で“1箇所に固めて荷物を置いておくよう”注意喚起している。9月下旬で一応繁忙期にあたるはずだが、座席が満席になって立ち席というのは見かけなかったので、案外いろいろな所にソファーや椅子が置いてあるものなのだろう。

後部デッキに出る。イラクリオ市街地の向こうのまだ高いところに太陽があり、強烈な日射がこちらを照らしている。4層にわたるデッキの手すりに鈴なりになって乗客が港を眺めている。巨大なトレーラーがのろのろと貨物室に格納されていくのが見える。18時、定刻どおり後部ハッチが閉じられ、汽笛と共に出航。たくさんの人がデッキ・チェアに腰掛けて日光浴をしている。何隻かの巨大なフェリーの横をすり抜けて港から出ると、進路を真北に向けて速力を上げていく。舷側のデッキは強風が吹きぬけていくが、後部甲板は遮風板で風を遮っているので巡航時でもそんなに風が吹き込んでこない。

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エーゲ海の日没
sunset

19時、西の空に太陽が沈んでいく。まばらに浮かんでいる雲の隙間から太陽光線が放射状に延びて、すごく幻想的な風景。ほとんど霞みのない水平線に真っ赤な太陽が沈んで、あたりは徐々に暗くなってくる。日が沈むと急速に冷えてくる。船内に戻り確保しておいたソファに座り込む。斜め後ろあたりのソファに髪の長いアジア人女性が座っている。今朝、レシムノのバスターミナルでバスを待っているのを見かけた人だ。話し掛けてみると日本人(松本さん)で、海外青年協力隊で中近東に赴任し夏季休暇中でギリシャ旅行しているということだ。20時にセルフサービス・レストラン開いたので、いっしょに夕食に行く(ツナサラダとパン 3.1ユーロ, 399円)。

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サントリーニ島のアティニオス港に到着
arriving at Athinios port

夕食後、ソファーでうとうととしながら到着時間を待つ。隣に座っている老人と会話する。ギリシア語はほとんど理解不能だ…。彼はナクソス島まで行くそうだ。21時30分頃、サントリーニ島に近づいたと放送がある。後部ハッチに下りていくと、既にたくさんの乗客が下船を待っている。フェリーの大半の乗客が降りるんじゃないかと思うくらい混雑している。21時45分、サントリーニ島のアティニオス港に到着。岸壁に降りる。件の日本人女性は、バスに乗ってユースホステルへ向かうそうだ。私は港で客引きをしている旅行会社につかまってみる事にする。岸壁から道路に出るフェンスの所にホテル名を書いたカードを持っている客引きがたむろしている。その中の1人に捕まってみる。「フィラのホテルか?」と聞いてみると 「フィラにあるオリンピア・ホテル。1泊25EURだ」とパンフレットを見せてくるが、地図らしき物が無い。フィラから500mの所だと言い張るが、詳しい地図を見せないのが怪しい。中年夫婦、若いカップル、私の5人を捕獲したところでバンに乗せられてホテルに向かって出発する。同じような形態で客引きをしている旅行代理店が数軒並んでいて、どこも同じような形態でバンに乗せられて出発しているようだ。

Car
Athinios Port(21:55頃発)→ Karterados / Καρτεραδος(22:15頃着)
旅行会社の送迎車 運賃 Free

Santorini, Karterados / Καρτεραδος - Greece (カルテラドス - ギリシャ)

港を出ると急なカルデラの崖を一気に200mほど駆け上る。後方ではダイダロス号がナクソスへ向けて速力を上げているのが見える。人家のまばらな道路を20分くらい走っだだろうか、遥か向こうにフィラの町の明かりが見える。バンはその遥か手前で右折して真っ暗な農道のような道をフィラと反対方向へ走り出す。原野の中にぽつんと建っている感じのオリンピア・ホテルに到着。う~ん、フィラから500mなわけないな… バンから降りて、ホテルの入り口へ。私には何泊かと聞いただけで鍵を渡してくるが、欧米人の中年夫婦と若者にはまず部屋を見せてからという丁寧な対応振りだ。彼らが部屋を見ている間、階段の踊場で何分間か待たされる。シャワーがやたら狭く、便器と洗面台に囲まれて人間の入るスペースがほとんど無い…。 よろい戸のような小さな窓を開けると、原野の遥か向こうにフィラの明かりがぽつぽつと見える。

Hotel
Hotel Olympia, room 2-13
25ユーロ(3225円)/1泊

September 18, 2003 (Thursday)

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カルテラドスから見たフィラの全景
Fira town, view from Karterados

昨日チェックインするときに貰った、縮尺も道路の経路もいいかげんな観光用地図を眺める。ロンプラの地図と照合すると、私が今居る所はフィラの南東辺りのようだ。朝食も食べたいし、とにかくフィラの町へ行ってみることとする。窓を開けると、東からの強風が吹き荒れている。遥か向こうのフィラの白い町に朝日が当り始める。7時30分、外へ。ホテルの周囲はかなり向こうまでず~っと農場となっている。くねくねした道をしばらく行くとフィラへ向かう幹線道路に出る。コンクリート製の小さな祠のようなバス停があるが、いつ来るか分からないバスを待つより歩いたほうが早そうだ。自動車が猛スピードで走り抜ける道の際をひたすら北へ向かう。道路沿いにはガソリンスタンドがあり、崩れかけた倉庫のようなものがあるが、やはりどう考えても“フィラとどこかの町の間”といった感じで、フィラ郊外ではないと感じる。かなり早足で15分ほど歩く。やっとフィラの町外れにあるバスターミナルに着く。

Santorini, Fira / Φηρά - Greece (フィラ - ギリシャ)

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フィラの町から見たカルデラの海
caldera bay, view from Fira

今日行く予定のアクロティリ行きのバスの時刻を調べる。始発が9時なので、あと1時間ほど余裕がある。食べ物屋でも… と思うが、この時間帯にやっている店がほとんど無い。バスターミナル西側のパン屋で軽く朝食(2ユーロ, 258円)。カルデラの断崖沿いに出ると、遥か向こうまで真っ青な海が広がっている。朝日に当り始めた真っ白な建物の屋根と、真っ青な海と空。まるで人工的に造ったテーマパークのように綺麗だ。

バスターミナルの東側の路地に入っていくと、小さなペンションが並んでいる。ためしに1軒のペンションに1泊幾ら位か尋ねてみる。15EUR。フィラの町で15EURで、どうして隣の村のホテル(昨晩泊まったホテル)が25EURもするのか? こちらに移って来る事とする。

で、隣村(カルテラドス)のオリンピア・ホテルへ引き返す。ホテルに戻ると、入り口の上のベランダから昨晩の中年夫婦が「街までは遠いのか?」と聞いてくる。「遠いってもんじゃない。最低20分は掛かるヨ」。 (ホテルを移ることを予期してまとめてあった)荷物をピックアップして、1階のオーナーの部屋をノックする。1泊でチェックアウトすることを告げ、25ユーロ払ってパスポートを返してもらう。再びフィラへ向かう。往復50分程度(片道 約1.2km)、朝からいい運動になる…

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Agiou Mina通り沿いにある教会

先ほど15ユーロと聞いておいたペンション(Pension Armonia)へ。中庭に面した2階のダブル・ルームに案内される。窓からは中庭の植木や花が見え、なかなか居心地がよさそうだ。間もなく9時、部屋に鍵を掛けて急いでバスターミナルへ。狭い駐車場に7~8台のバスがひしめき合っている。アクロティリ行きのバスは最もオンボロの車で、行き先を示す方向幕は壊れているようだ。9時ちょっとすぎ、10人程度の客を乗せて出発。運賃1.30ユーロ(167円)。昨日フェリーを降りたアティニオス港との分岐点を通り、断崖沿いにさらに南へ。一本の木も生えていない原野の所々に、ペンションらしき建物がまばらにある。20分ほどで島の南西端に近いアクロティリ村を通過する。そこから一気に海岸付近まで下ってアクロティリ遺跡前に到着。9時25分。

Bus
Fira / Φηρά(09:00発)→ Akrotiri / Ακρωτήρι(09:25着)
Bus 運賃 1.30ユーロ(167円)

Santorini, Akrotiri / Ακρωτήρι - Greece (アクロティリ - ギリシャ)

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アクロティリ遺跡
Ancient Akrotiri

10人ほどの観光客がバス停で降りて、2基の巨大な”つち型クレーン (hammerhead crane)”が鎮座する遺跡へ。入場券(5ユーロ, 645円) を買って建物の中に入る。まるで建築工事現場の仮設足場と掘削中の建築基礎の展示場。遺跡全体を覆う屋根の工事中らしい。所々に完成した金属の真っ白な円柱や天井のトラス骨組みがぶざまな姿を晒している。一方、紀元前16世紀のミノア文明の遺跡のほうは、あまりぱっとした印象を受けない。やはり”がっくり観光地”という噂は本当のようだ。青銅器時代に栄えたアクロティリの町は、紀元前1500年頃に起こったサントリーニ島の噴火で火山灰に埋もれて滅んだそうだ。どこかで聞いたことあるような話だ… 確かイタリアのポンペイ遺跡も火山で滅んだ街だ。町の規模はこっちの方が断然小さいが、大災害には違いない。

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アクロティリのバス停横のカフェ
cafe next to bus stop

外へ出る。次のバスは1時間後までやってこない。先ほどバスが走っていった終着駅のほうへ道を下っていくと、海岸に沿って何軒かの建物が建っている。とある一軒のレストランらしき建物の門が、イルカのオブジェで飾られている。門を通って階段を下りていくと、石ころだらけの波打ち際に出る。これがガイドブックに載っている”レッド・ビーチ”なのか? ビーチじゃなくて、ひなびた波打ち際だよな。小さなアクロティリの入り江の西側に、岩の岬がある。再び道路に出て西へ行くと、行き止まりが小さな駐車場になっている。1台のトラックが停まっている以外は、人影はない。獣道のような人の通った跡が西へ、岬の先端へ続いている。先端まで行くと、その向こうにも入り江がある。人の通った跡は、断崖の岩場沿いに入り江の奥の方へ続いている。入り江の奥に本当に小さな波打ち際がある。水着は持ってきていない。誰も居ないし裸で泳ぐか、とも思わない。もと来た道を引き返す。駐車場でバイクに乗った若いカップルに出会う。「何か探してるのか?」と尋ねたら、「レッド・ビーチは何処にあるか知ってる?」と。「バイクじゃぁ無理だな。そこの小さな道を通って、岬の向こうにある入り江にあるのがそうだと思うよ。かなり遠い…」と教えてあげる。しばらくしてフィラの方へ走っていったので、行くのをあきらめたのだろう。

アクロティリの小さな入り江の船着場へ。船着場の前の小さな駐車場がバスの終着駅のようだ。レッド・ビーチ、ヴィルハダ・ビーチなどへ行く船便があると看板に書かれているが、ほんとうに船なんか来るのかなぁ…。旅行ガイドブックLonely Planetには“小船が就航。運賃4.40ユーロ”と書かれているので、繁忙期には船があるのだろう。駐車場横の海を臨むカフェでコーラを飲んでのんびりとバスを待つ。10時35分、バスがやってきた。

Bus
Akrotiri / Ακρωτήρι(10:35発)→ Fira / Φηρά(10:55着)
Bus 運賃 1.30ユーロ(167円)
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フィラからアクロティリ行きのバス
bus from Fira to Akrotiri

10時55分、フィラに戻ってくる。繁華街のスタヴルウ通りのギロピタ屋で昼食(3.50ユーロ, 451円)。郵便局の向かいにある旅行代理店(Nomikos Travel)で明後日のピレウス行き高速船のチケットを予約する。43.1ユーロ(5559円)と、普通のフェリーに比べて割高だ。“時は金なり”なのだろう。

Bus
Fira / Φηρά(12:00発)→ Kamari / Καμάρι(12:15着)
Bus 運賃 0.90ユーロ(116円)

Santorini, Kamari / Καμάρι - Greece (カマリ - ギリシャ)

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カマリのビーチ
Kamari beach

12時、今度はカマリ行きのバスに乗る。冷房が効いた観光バスなのに、運賃は0.9ユーロとアクロティリ行きのオンボロバスより安い。値段の付け方はかなりいい加減だ。12時15分頃、カマリの町に入った所で下車する。この町に来た理由は、古代スィラ遺跡に行くためで、海水浴に来たわけじゃない。バス停の近くを散歩していたおじいさんに、スィラ遺跡への行き方を聞く。英語が通じない。“Αρχαία Θήρα(アルハイア・スィラ)”とギリシア語で場所を言うと、山の上を指差す。旅行ガイドブックLonely Planetには“ペリッサから岩だらけの悪路を45分、または車ならカマリからも行ける”と書かれているので、まさか標高350mの岩山の上にあるとは思わなかった。影一つ無いつづら折りの道を登るのはかなりきつそうだ。夕方になれば日陰になるのかもしれないが…。岩山の北面にあたるペリッサから登れば日陰になるので、明日もう一度挑戦して見ることにする。

Bus
Kamari / Καμάρι(12:45発)→ Fira / Φηρά(13:00着)
Bus 運賃 0.90ユーロ(116円)
Bus
Fira / Φηρά(14:00発)→ Oia / Οία(14:25着)
Bus 運賃 0.90ユーロ(116円)

Santorini, Oia / Οία - Greece (イア - ギリシャ)

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バス停から見たサントリーニ島北端の海岸線
north shore of Santorini, view from bus stop

12時45分のバスでフィラに戻り、ペンションに戻り少し休憩した後、14時のバスでイアへ。運賃0.90ユーロ(116円)。バスは学校帰りの小学生で満員。バスターミナルの前が小学校なので、まるで通学バス状態だ。所々のバス停で停車して小学生がぽつぽつと降りてゆく。島の北東辺りは島の幅が狭くなっていて、そこだけものすごい崖沿いの道となる。14時25分、イアに到着。数人の小学生がイアまで乗ってきている。この町に小学校無いのかな?

フィラからの道の行き止まりの小さな駐車場がバス停。交番と公衆トイレがくっついた小屋が一つあるだけの殺風景なところだ。北側は1.5kmほど向こうの海岸に向かって、なだらかな斜面になっている。その海の遥か向こうに島影がひとつ、ふたつ見える。イオス島とシキノス島だろうか。地図上では19.5km離れている。バス停のあるところは海抜100m位あるので、理論上は35km向こうまで見えるはず。

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Nikolaou Nomikou 通り

路地のようなイアの町へ足を踏み入れる。路地に“YOUTH HOSTEL”の看板が掛かっていて、廃墟のような路地裏にユースホステルがある。昨晩フェリーの中で話した松本さんが、ここのユースホステルを目指すと言っていた。果たして22時の路線バスでここにたどり着けたのかなぁ…。しばらく行くと、稜線の一番高い所にある観光客が行き交う道Nikolaou Nomikou通りに出る。11時45分で停止した時計塔がある。1956年の地震で壊れたままになっているのだろうか…。

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カルデラ側の街並み

Nikolaou Nomikou通りから南へ向かって一気に切り立ったカルデラの崖になっている。その崖にへばりつくように小さな建物が密集してへばりついている。くねくねと曲がりくねった狭い階段を下って行くと、まるで迷路の中に居るようだ。迷路というより、まるでエッシャーの騙し絵の世界。いつのまにかどこかの家の屋根の上を歩いていたり、少し向こうにある別の階段に飛び移ったりできてなかなか面白い。どの建物もまぶしいばかりの真っ白の漆喰で塗り固められている。恐らく汚れてきたら塗り替えるのだろう。どの建物からも“古さや歴史”というものを感じない。さらに、衛星放送用のアンテナはおろか、冷房の室外機や電柱など現代を感じさせる“テクノロジー”もほとんど見かけない。

地震後の1976年から15年間、ギリシャ観光局の協力で行われた改修工事で生まれ変わった村は、まるで映画のセットのようだ。復元された建物は“海の民”の小さな家をイメージして建てられていて、ペンションやレストランとして使われている。まさしく、観光のためだけに作られた村だ。

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Orthodox Cathedral

村の中央にある正教会前の小さな広場のベンチで休憩。何匹かの野良犬がのんびりと寝そべっている。遥かカルデラの海の向こうにはフィラの町が見える。真っ白な建物群は岩場の上に積もった雪のようにも見える。正教会からバス停に戻る路地にあるタベルナで軽く夕食(チキン・グリル, ミネラル水, パン = 7.20ユーロ, 928円)を食べながら、しばらく時間を潰す。

18時少し前、日没を見に町の西はずれに突き出した砦へ向かう。15時ごろにはそれほどたくさんの人は見かけなかったが、この時間帯には夕日を見る観光客で混雑している。砦の階段のところでぼんやりと周りの景色を見ていると、イアのユースホステルに泊まると言っていた松本さんも夕日を見にやってきた。サントリーニ島に到着した夜は、フィラから先のバスが無くてフィラのユースホステルに泊まったそうだ。今日はイアの町の北にあるビーチ(パラダイス・ビーチ)に行ってきたそうだ。19時ごろ、断崖の上にへばりついている町の西面がオレンジ色に染まる。太陽がティラシア島の少し北側の水平線に沈んでいく。昨日より湿度が高く、空が若干白くかすんでいるので“最高に美しい夕日”という噂ほどではない。

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夕焼けの街並み

日が落ちて、西の空がオレンジ色から深紅の色へ…、そして赤紫となりあたりが徐々に暗くなっていく。風車の周りや砦周辺で夕焼けを楽しんだ何百人もの観光客がぞろぞろとイアの村の中心の方向へ戻っていく。私も松本さんと一緒に村の中心方向へ歩いていく。昼間は閉まっていた正教会のドアが開いている。混雑した小さな聖堂内部に入ると、イコンの飾られた普通の正教会だった。松本さんはこれから夕食らしく、私も付き合う事にする。バス停を越えて少し東に行ったところにあるレストランへ。私にとっては今日2回目の夕食… 彼女は重めのメニューを注文していたが、私はパスタとミネラル水を注文(7.30ユーロ, 941円)。

Bus
Oia / Οία(21:30発)→ Fira / Φηρά(21:50着)
Bus 運賃 0.90ユーロ(116円)

21時30分、フィラ行きのバスに乗る。バスは観光客で満員だ。真っ暗な道を走るバスの車窓からは、満天の星空が見える。フィラの町に差し掛かると、車窓は家々や店の明かりで賑やかになる。この島のちょっとした都会という感じだ。21時50分、フィラのバスターミナル着。

ペンションはフィラの町の東端にあるので、少し東に歩くと原野が広がっている。星空が手にとるように見える。南の空には大接近中の火星が真っ赤に輝いている。天頂には白鳥座と琴座、それに天の川。北にはカシオペア座が見える。星が多すぎてどれが星座なのかなかなか判別がつき難い…

Hotel
Pension Armonia, room 13
15ユーロ(1935円)/1泊