2001年 旅遊中国 (絲綢之路) : 敦煌

google-travelmap-04.jpg

July 2, 2001 (Monday)

Jiāyùguān - China (嘉峪关 - 中国)

20010702-dc090.jpg
嘉峪关汽车站の售票处・候车室

昨夕買っておいたインスタントラーメンを食べてからホテルをチェックアウト。歩いて嘉峪关汽车站(バスターミナル)に向かう。9時ちょうど発の敦煌行きバスは、出発時刻になってもやって来ない。

20分ほど経ってから小型のバスがやってきて、定刻より40分遅れて出発。乗客は20人ほど乗り込み、ほぼ満員だ。

Bus
嘉峪关汽车站 09:40頃発 → 敦煌汽车站 16:00頃着
公共汽车, 運賃 66.3元(995円)

バスは312国道を西へ。左手には5000m級の雪山が連なる祁連山脈、右手は2000m級の岩山。その間の土漠が、河西回廊だ。かつてはシルクロード、現在は312国道という中国西部へ向かう唯一の幹線道路を行く。道路の交通量は極めて少なく、大型トラックや小型バスと時々すれ違うくらいだ。

早朝で気温が低いので、バスは冷房を使わず窓を全開で走っていく。道はきれいに舗装されていて、時速80kmくらいをキープして快調に進んでいく。

蘭州からの距離だろうか、「3000km」の道標を通過。何処まで行っても土漠で、所々に灌木の生えたオアシス村があるくらいだ。

20010702-2-013.jpg
玉门出発直後、牛が国道に飛び出してきた

12時頃、玉门(玉門)に停車。嘉峪关から約130kmの場所にあるオアシスの町だ。昼食休憩のようだが、バスターミナルにある売店には商品が殆ど並んでいない。ココでの昼食は諦めて、トイレに行く。公衆トイレは1.5元を徴収するが、照明が無く水も出ないお化け屋敷のような暗い空間だ。

12時30分ごろ玉门を出発。町を出たところで、いきなり牛が道に飛び出してくる。急ブレーキで衝突をギリギリ回避。牛の群れは悠々と車道を横断してゆく。

しばらく走ると、渋滞で動かなくなる。窓から風が吹きこまなくなると、バスの車内はとたんに熱波に襲われる。1時間ほど路上で停車したのち、やっと動き出す。事故現場があり、重油が道路上にこぼれている。何処からやってきたのか、何人もの作業員が砂漠の砂を重油の上にふりかけて応急処置をしている。タイヤに油がこべり付いて動けなくなった中国郵政のトラックが路肩に停車している。

1時間の遅れを取り戻すために、にわかにスピードアップしたバスは、運転席の内側に掲げられていた「嘉峪関-敦煌」のサボも取り外してしまった。時間ロスを避けるため、道中の客を拾うのを止めたようだ。

運転手がやっと冷房のスイッチを入れて、車内が少しだけ涼しくなる。しかし、パワーのない冷房は、外からの熱波に打ち勝つことが出来ずに、車内温度はジリジリと上がっていく。なるほど、窓を明けて走っていた理由がわかったような気がする。

左右に見えていた山脈はしだいに遠くなり、だだっ広い土漠の平原となる。あちらこちらで小さな竜巻が立ち昇り、砂が青空に吸い上げられているのが見える。

15時30分ごろ、安西・瓜州汽車站に停車し、数人の乗客を乗せてすぐに出発する。この時点で、補助椅子まで満席になる。

20010702-2-019.jpg
安西・瓜州から敦煌に向かう314省道

安西からは、烏魯木斉に向かう312国道から分岐した314省道に入る。道路のグレードが一気に落ちて簡易舗装となり、バスは小刻みに揺れるようになる。目の前に標高差300mほどの黄土色の山脈が迫ってきて、それに沿って西へ。車内温度はさらに上がってきて、空調の吹き出し口からは熱風がでてきている。安西までは車窓の景色を見ている客もいたが、さすがに全ての窓のカーテンが引かれ、ひたすら敦煌到着を待ちわびている。

黄土色の山脈から流れだした泥流が見事な扇状地を作っている。その縁に沿って真っ直ぐな道路が微妙に湾曲している。右手に烽火台のような古代の建造物がひとつ、ふたつと見えるとすぐに、敦煌空港の管制塔が目に入る。まもなくオアシスに入り、16時、敦煌汽車站に到着する。383kmの道のりを7時間30分かかった。途中1時間の事故渋滞があったので、平均時速は60kmほどだ。

Dūnhuáng - China (敦煌 - 中国)

dunhuang-map.jpg
20010702-2-040.jpg
敦煌汽車站

甘粛省酒泉市敦煌市。人口13万人のオアシス都市だ。バスから降りると、外はさらに暑い。後日調べたところ、この日前後の最高気温は35℃から36℃くらいだったようだ。バスターミナルの上階にホテルがある。1泊150元だというので、部屋を見せてもらが、シャワールームがきれいでなかったので他を探す。道に出ると、いいタイミングでホテルの客引きがやってくる。鸣山路を挟んでバスターミナルの向かい側にある广源大酒店に連れてゆかれる。ツインルームが1泊200元で、部屋も小奇麗なので、ここに泊まることにする。

ホテルの横の雑貨店でミネラルウォーターを買い込んで、冷房を効かせた部屋で水をがぶ飲みして昼寝する。熱中症になりかけていたのかもしれない。

20010702-2-037.jpg
東西方向の目抜き通り、阳关路

20時ごろ、外へ。やっと太陽が傾いて、通りに日陰が出来ている。この時間でも気温は体温くらいあるようで、とても息苦しい。ホテルの真向かい、敦煌汽車站の横にある「四川大排档」と書かれた店に入る。ガラス窓に「冷気開放」と掲げられているのに、冷房は無く扇風機だけだ。これくらいの暑さは、人民には大した事ないのだろうか。かなり疲れているので、のどごしの良いラーメン(5元)を食べる。今日食べたのは、朝食のインスタントラーメンと夕食のラーメンだけだ。明らかに栄養が足りていないが、とてもじゃないが食事する気力がない。

21時過ぎに日が暮れる。中国では全土で「北京時間」を採用しているため、実態とずれた時間表示になってしまっている。

Hotel
广源大酒店, 402号室
ツイン 200元/泊(3,000円)

July 3, 2001 (Tuesday)

7時ごろ起床。ホテルの近く、鸣山路にある粥店で朝食。店内からふと通りを見ると「莫高窟」とフロントガラスに掲示した軽ワゴン車が停車している。運転手に運賃を聞くと、片道10元(150円)だそうだ。このワゴン車に乗り、莫高窟を目指す。

Bus
敦煌 鸣山路 08:30頃発 → 莫高窟 08:50頃着
轻型客车, 運賃 10元(150円)

軽ワゴン車は鸣山路を行ったり来たりしながら客を拾ってから、街をあとにする。オアシスの林の中を20分程度走り、敦煌空港手前の交差点で南へ。道は土漠のなかを一直線に、黄土色の山脈の麓まで延びている。山から流れだした涸れ沢が土漠に出るところが小さなオアシスになっていて、涸れ沢の崖に小さな岩穴がたくさん開いている。ここが莫高窟(千仏洞)だ。

20010703-2-016.jpg
崖沿いに石窟の扉が並んでいる莫高窟

広い駐車場には何台か観光バスが停まっている以外、閑散としている。軽ワゴン車の運転手によれば、帰りの便は12時発だそうだ。

駐車場の脇で100元(1,500円)の入場券を買い、目の前の枯れ川に架かる小さな橋を渡ると入場門がある。入口の係員が「適当な団体客について行き見物してください」と日本語で説明してくれる。ここはツアー形式で見るタイプの観光地のようだが、ガイジンの個人客が来ることは想定外なのだろう。

20010703-2-015.jpg
第96窟

まずは、外部に巨大な寺院状の建物「九层楼(九層楼)」がある96窟を見物。内部は巨大な空間になっていて、高さ35.6mもある弥勒菩薩坐像がある。しかし、照明が無いのでほぼ真っ暗。観光客の誰かが懐中電灯で照らしてやっと仏像が巨大であることが分かるだけだ。団体客のガイドさんは、見物時間をすぐに切り上げて次々と石窟を巡っていく。

ある石窟には仏像が、ほかのには仏画が収められている。暗くてあまり良く見えないのだが、仏教美術に詳しくない私にはどれも似たりよったりに見える。1つの団体客がめぐるのはランダムに10窟くらいのようだ。また、日本人の団体は階段を嫌い、中国人の団体は階段を登り上の方にある石窟を見る習性がある。次々と他の団体にくっついて行って、20から30窟くらいを見物する。莫高窟には石窟が500以上あり、仏像や仏画が収められているのはそのうち492窟。ものすごい数だ。4世紀の前秦時代から、時を経て作り続けられてここまで増えたそうだ。

20010703-2-017.jpg
藏经洞陈列馆

96窟の九层楼の外部には、最上階まで登る階段がある。観光客は誰も登って行かないが、修復工事している人が上まで歩いて行くのが見える。ついて行ってみると、崖の上の平原に出る。莫高窟のすぐ西に、砂漠の砂丘が見える。今回の旅行ではじめて目にする砂漠の砂丘だ。

駐車場の方に戻り、藏经洞陈列馆に入る。著名な石窟の精巧なレプリカが展示されていて、こちらは照明ありで見やすい。売店でミネラル水を買う(4元)。市内の倍以上の観光地価格だ。

12時、軽ワゴン車に再び乗車して敦煌市内に戻る。往路に乗っていた西欧人カップルは姿が見えず、中国人カップルと私達だけだ。

Bus
莫高窟 12:00頃発 → 敦煌 鸣山路 12:30頃着
轻型客车, 運賃 10元(150円)

昼食は阳关路のイスラム料理店に入る。スパイシーな羊肉の炒め物と、トマトソースで和えた麺料理を注文。昨日まで食べてきた中国料理とは全く違う味で、新鮮な感覚だ。値段は2人で25元(375円)。

鸣山路のインターネットカフェ(1時間10元)で情報収集をしてから、ホテルに戻り昼寝する。

19時頃、昨日夕食を食べたホテルの前の店に入る。ラーメンとチャーハンを注文。2人で12元(180円)。砂漠の日没をみるために、タクシーで鸣沙山に向かう。

TAXI
敦煌 鸣山路 19:30頃発 → 鸣沙山 19:45頃着
出租汽车(TAXI), 運賃 往復40元(600円)
20010703-2-022.jpg
鸣沙山の砂丘 (中央右側の一番高い頂上を目指す)

タクシーは往復と2時間の待ち時間で30元、待ち時間が3時間なら40元だそうだ。鸣沙山入口の駐車場で3時間待ちをしてもらう。閉店間際の土産物の屋台の並んだ道を歩いて行くと、入場券売り場がある。入場料は50元(750円)。自然の砂丘をみるのに、50元…。

団体客も含め、ほとんどの人は砂丘に登るのではなく、月牙泉方向に歩いて行く。私達はせっかくここまで来たのだから、砂丘に登ることにする。そういう変わった考えの人も少しは居るようで、砂山の稜線を数人が登っているのが伺える。

砂丘の稜線、尾根筋に取り付く。尾根筋の両側は、かなり急角度に切れ落ちていて、バランスを崩して滑落すると危険そうだ。砂丘の頂上までの高さは手元の高度計の計測で100mくらいで、砂に足を取られながらの登山だ。モロッコで登ったサハラ砂漠の砂丘より、傾斜が急で高さも高いような気もする。20分ほどでひとつ目の砂丘の頂上付近に到着。ほかに10人ほどが頂上で日没を待っている。見晴らしはとてもよく、西にはいくつもの砂丘と太陽が、東には月牙泉とオアシスの林が見える。

20010703-2-030.jpg
砂丘の頂上から見た夕日と月牙泉

21時20分、西の地平線に太陽がゆっくりと沈んでいく。背後の空には、満月に近い月。頂上付近に居る人が帰り始めるが、もうしばらくこの場所にとどまってみる。月牙泉の辺りで、時折フラッシュの光が現れる。南には、月明かりに照らされた砂丘が延々と続いている。風が出てきた。だんだん強い風になり、砂がたたきつけるように飛んでくる。稜線付近は特に砂が激しく風が吹いてくるようだ。砂丘から降りてゆくと、麓から若いカメラマンが顔にタオルを巻いて登ってきた。月夜の砂漠を撮影するのだという。

照明が無く真っ暗な駐車場に戻ると、私達がチャーターしたタクシー以外は一台も車が停まっていない。往復でチャーターしないと、帰ることが出来ないかもしれない。

TAXI
鸣沙山 22:00頃発 → 敦煌 鸣山路 22:15頃着
出租汽车(TAXI), 運賃 往復40元(600円)
Hotel
广源大酒店, 402号室
ツイン 200元/泊(3,000円)

July 4, 2001 (Wednesday)

7時30分頃起床。1時間ほどしてから、昨日と同じホテルの向かい側にあるお粥店へ行き、牛丝面(5元)を食べる。

今日は特に予定はない。まずは明日の飛行機のリコンファームのために、阳关东路にある民航售票处に向かう。その後、市街地に戻る道の途中、沙州南路にある敦煌博物馆を見学する。

博物館の入場料は10元(150円)。館内の照明は消されていて、他にお客さんは誰も来ていない。敦煌周辺の史跡のジオラマが多数設置されていて、莫高窟や鳴砂山に行く前にここを見学すべきだと感じた。前漢時代に、この辺りまで延びてきていた万里の長城の写真や出土物もある。そのほか、シルクロード交易の中継点であった時代の遺物が多数展示されている。屋外には巨大なラクダ像と、旧式のジェット戦闘機が展示されている。歴史博物館に、現代の戦闘機というのは不思議な取り合わせだ。

次に、博物館前の沙州南路を渡った所にある夜光杯厂(夜光杯の工場)を見学する。観光客向けに、玉石を削っている工房が見られるようになっている。何故か日本語でも説明書きがある。土産物を販売するための展示なのだろうが、工房内は実際に玉器を加工して埃っぽい「本物感」がある。高級品の夜光杯、果たしてどれくらいの売れ行きがあるものなのだろうか…

20010704-2-020.jpg
反弾琵琶伎楽天像

阳关路と沙州路の交差点はラウンドアバウトになっていて、中央に反弾琵琶伎楽天像という天女像が立っている。莫高窟の仏画をリアルな立体像とした、敦煌のシンボルだそうだ。ラウンドアバウトの一角に郵政局がある。一昨日購入した絵葉書を日本に送る。葉書には0.6元(9円)の切手が印刷されているが、日本に送るにはさらに4元(60円)を追加する必要がある。

郵政局の前の歩道には、体重を測る露天商が何人か出店している。大抵は普通の体重計を道端に置いているだけだが、ひとつだけロボット型のおもしろい体重計を置いている店主が居た。奇抜な体重計で客寄せしようとしているのだろうか…。そもそも、体重を有料で測るのが中国では普通なのだろうか。

20010704-2-021.jpg
青果市場となっている阳关路と交差する路地

鸣山路のインターネットカフェで情報収集する。香港に台風4号が接近しているようだ。台風は2日後に直撃、そして後ろに続く熱帯低気圧も同じ経路を進路を進んでくるようだ。熱帯低気圧が上陸する頃に、香港から帰国するための飛行機に乗らねばならない。

ホテルに戻り、ズボンなどの乾きにくいものもまとめて洗濯する。砂漠で乾燥した気候なので、乾くのも速い。

13時ごろ、鸣山路のレストランで昼食。麻婆豆腐や青椒肉絲などを食べて2人で22元(330円)。食事時を過ぎていたので、レストランはがらがらだった。鸣山路の一本裏手(東側)の道は、中国人向けの旅社や招待所が集まっている。廊下にテレビが置いてあり、宿泊客がそろってテレビを見ているのが外からも見える。旅社でも、「淋浴、電話、空調、電視」と看板に書かれている所もあるので、かなり快適なところもあるのだろう。

ホテルに戻って休憩。14時ごろから17時頃までは気温が猛烈に上がり、直射日光もきつく、外に居るのがつらくなる。

19時ごろ、ホテルの前の四川大排档で夕食。ラーメンと羊肉と野菜の炒め物を食べて2人で17元(255円)。食後、すぐ横にあるバスターミナルの售票处(切符売り場)を見に行ってみる。河西回廊の東西へ、寝台バスの路線がいくつかあるようだ。

目的地距離硬座空調
安西117km13.6元22.0元19.6元
玉门镇257km29.3元47.6元42.4元
嘉峪关383km43.9元71.2元63.4元
兰州1148km132.6元214.5元191.1元
柳园130km15.1元21.7元
格尔木524km60.2元97.6元86.9元

ぱっと見た感じでは、値段は距離に比例しているようだ。

バスターミナルの前には、求人広告が掲示された掲示板がある。1ヶ月の給与は、あるホテルの女性従業員は300元(4,500円)程度。工場労働者で250元(3,750円)程度というのが相場のようだ。日給? いや月給ですよね。安すぎるでしょう…。

20010704-2-039.jpg
阳关路と交差する路地には、食堂が軒を連ねている

その後、市場路を見に行く。手前は、食品などを扱う店が多く、奥に行くに従って日用品を扱っている。日用品は、欧米や日本の偽ブランド品が数多く売っており、当局の取り締まりも日用品には及んでいないようだ。
阳关路に出て、ラウンドアバウトを通り過ぎ小南街へ。「強国富民」と時代遅れのスローガンの扁額が掲げられている碑坊をくぐると、露店の食堂が集まっている。昼間はデイツやクッキーを売る店がちらほらあったところが、夜は居酒屋的店が集まっている。おそらく、観光客向けの屋台街なのだろうが、今日は観光客が少ないので閑散としている。

Hotel
广源大酒店, 402号室
ツイン 200元/泊(3,000円)