2001年 旅遊中国 (絲綢之路) : 北京

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July 5, 2001 (Thursday)

Dūnhuáng - China (敦煌 - 中国)

7時起床。インスタントラーメンを食べてからホテルをチェックアウトする。ホテルを出て、目の前の鸣山路を走っているタクシーに乗り込み空港へ。

TAXI
敦煌 鸣山路 08:00頃発 → 敦煌机场 08:20頃着
出租汽车(TAXI), 運賃 30元(450円)

タクシーは314省道を嘉峪关の方へ向かい、敦煌のオアシス緑地を出てすぐのところにある空港の連絡道路に入る。省道から分岐した距離100mほどの空港アクセス道路は、道が凸凹だ。

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敦煌机场の手書き航班状況板(フライト情報)

敦煌机场(敦煌空港)のターミナルビルは、平屋の小さな建物だ。薄暗い室内には小汚い机があり、それがチェックインカウンターのようだ。部屋の中央付近にベンチがいくつかあり、目の前には「航班状況」と書かれた小さな黒板が架かっている。そこには、昨日の出発・到着時間が書き込まれている。9時ごろ係員がやってきて、本日のフライト情報に書き換えていった。もしかして、1日1回しか書き換えんのですか?

団体観光客のバスが着くたびに、チェックインを待つ人が10人ずつ位増えてくる。日本人の団体が目立つ。10時ごろ、係員がやってきてチェックインらしき事が行われる。航空券をカウンターに持っていくと、内容をほとんど確認せず、本に挟むしおりのような搭乗券と引き換えてくれる。コンピューターに入力するでもなく、希望の座席の位置を聞くでもない。セキュリティ確保とか、本当に大丈夫なんでしょうか。

搭乗待合室の入口に向かうと、欧州系の女性が係官に押し戻されてきた。係官が何を言っているのか分らないようだ。私が代わりに聞いてみると、「机场建设费」を支払った領収書が要るとのことだ。係官に售票处の場所を聞き、私も一緒に買いに行く。いわゆる空港使用料のようなもので、50元(750円)。その領収書を持っていくと待合室に入ることが出来た。

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敦煌机场に駐機した西北航空BAe-146

待合室の窓からは、舗装された滑走路と、駐機場にヨーロッパ製のATR72が1機だ。土の滑走路に旧ソ連製の旅客機を期待していたのだが…。

10時過ぎに、新疆航空ATR72型のレシプロ機(プロペラ機)が到着した。ターミナルビルの前でくるっとターンして、搭乗口をこちらに向ける芸当付き。何人かの乗客が降りてくる。暫くして、西北航空BAe-146型のジェット機が2機到着し、ATR72を挟むように前後に駐機する。何のアナウンスもなく、待合室のドアが開けられた。飛行機に向かえということらしい。100人程度いた客が、それぞれの飛行機に向かって歩き出す。ATR72は鸟鲁木斉行き、BAe-146は兰州行きと银川行きだ。で、私は搭乗券で指定された银川行きに乗り込む。航空券は北京行なので、银川で乗り換えるのだろう。

10時45分、定刻より5分遅れで動き出す。砂漠の中の滑走路を西に向けて飛び立ち、敦煌のオアシスの上で旋回して東に向かう。さらば敦煌。

Airline
敦煌 10:45発 → 银川 11:45頃着
中国西北航空 WH2155, 敦煌-北京の運賃 2,070元(30,800円)
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银川机场に到着した西北航空のBAe-146

離陸後、あわただしく食事が配られる。デザートには皮がついたままの桃、サラダの代わりにレトルトパックのザーサイという中国ならではのおもてなし。残念ながら、飲み物はほとんど冷えていなかった。

砂漠の上を1時間程度飛んで、雲を抜けると銀川空港に着陸。全ての客が荷物を持って外に出され、ターミナルビルに入る。建物に入ったところで行き先別の乗継搭乗券を渡してくれる。これには座席指定がなく、「乗継」とスタンプが押されているだけだ。

敦煌発の便に乗っていた多くの客は北京行きのようで、私と同じ色の乗継券をもらっている。12時30分くらいに、出発のアナウンス。再び先ほどと同じ飛行機に乗り込む。機内は銀川から加わった客で満員だ。

Airline
银川 12:40頃発 → 北京 14:30着
中国西北航空 WH2155, 敦煌-北京の運賃 2,070元(30,800円)

Běijīng - China (北京 - 中国)

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14時30分、北京空港に到着。飛行機を降りて、駐機場とターミナルビルを結ぶバスに乗る。中国国内や外国の航空会社の航空機がたくさん駐機している中に、丸の中に「中」と書かれたマークが尾翼についてる変わった機体もあった。(笑いを誘っているのか、マジなのか)

北京空港の改築には、日本のODA補助金が300億円(建設費の40%)も支払われているそうだ。これだけたくさんの日本の税金が注ぎ込まれているのに、新築で広大なターミナルビル内には、「この建物が日本人の援助金で建てられている」とは一言も掲示されていない。

ターミナルビル前より、北京站行きのエアポートバスに乗車。このバスにはエアコン無いだけでなく、日差しを遮るカーテンすらない。日本は、空港よりもバスに補助金を出すべきだろう。

Bus
北京首都机场 15:00頃発 → 北京站 16:00頃着
机场大巴, 運賃 16元(240円)

バスは北京机场高速公路を通って、1時間ほどで北京站から数百メートル離れた幹線道路沿いのバス停に到着。なぜ駅前にバス停を作らないのかは謎だ。

进站口(駅の入口)まで歩いて行く道沿いには、KFCやSubwayなどアメリカのファストフード店が並んでいる。巨大な駅コンコースに入り、售票处へ。7月9日の广州行きの切符を買おうとするが、その窓口では3日後までしか扱っていないとのこと。そういえば、外国人専用の切符売り場(外国人售票处)があるはずだ。構内を歩いていた武警に聞くと、软席候车室の中にあるそうなので、X線検査を受けて乗車エリアに入る。本来なら软席(一等車)の乗車券が無いと入れないエリアだが、外国人售票处に向かうと言えば通してくれる。

窓口で聞くと、硬卧は4日前から、软卧は3日前からとのこと。やはり明日買いに来るしか無いようだ。

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干面胡同の中国红十字会宾馆

北京站を出て、今日泊まるホテルを探しに行く。站付近は高級ホテルが多いので、东单(東単)のあたりで探すことにする。北京市内の道路1ブロックは700mほどあるので、东单まで歩くのは、地球の歩き方の地図で感じるよりも遥かに遠かった。炎天下の中歩き通し、东单に着いたところでKFCに入り休憩。ペプシコーラが4.5元(68円)と結構高い。

东单北大街(东四北大街)と王府井大街に挟まれた付近を歩いて、値段のそれほど高くないホテルを探すが見つからない。やはり郊外に出なければダメだろうか… と考えたが、少し路地に入って探してみることにする。东单北大街から干面胡同に入る。このあたりは、まだ再開発の手が入っていない旧家が並んでいる。中国の地方から出てきた人向けの「旅社」がいくつか並んでいるが、もう少し小奇麗なところという希望もある。病院のような建物の入口に、役所によく掲示されているような金色のプレートが並んでいて、そのうちの一つに「中国红十字会宾馆」とある。「宾馆」なら泊まれそうなので、赤十字のマークの描かれたガラスドアを入り受付台へ。宿泊できるということで、部屋を見せてもらう。エレベーターホールには、過去の活動の記録写真が貼ってある。江沢民主席の写真もある。部屋は7階で、なかなか広い。朝食付きでツインルームが1泊250元だが、4日泊まるというと30元割り引いてくれた。超破格値だ。もちろん、ここに泊まることにする。

暫く部屋で休憩して、外へ。东单北大街の餃子店で水餃を食べる。巨大なスープも頼んで2人で32元(480円)。

Hotel
中国红十字会宾馆, 702号室
ツイン 220元/泊(3,300円)

July 6, 2001 (Friday)

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先晓胡同(建国门北大街)付近の露天朝市

7時30分ごろ、ホテルの1階食堂で朝食を食べる。食後、北京站へ歩いて向かう。干面胡同を東に10分ほど歩くと、建国门北大街に行き当たる。そこから少し南の先晓胡同に大きな朝市がある。さらに南へ歩くと北京站だ。距離にして、約2km。

昨日と同じ外国人售票处に行き、广州行き特快T15の软卧、2段ベッドの上段(上铺)の切符を購入。値段は675元(10,125円)。

その後、地下鉄に乗り前门に向かう。

Metro
北京站 → 前门
地铁 2号线, 運賃 3元(45円)
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地铁 2号线 北京站

駅の出口を出ると、目の前に正阳门(正陽門)と正阳门箭楼が大通りを挟んで鎮座している。15世紀に明の永楽帝が初めてこの場所に門を造ったそうだ。本来は甕城(二重門)を囲む城壁があったのだが、中華民国時代に交通の邪魔だということで破壊して大通り(前门大街)を通してしまったそうだ。

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前门の正阳门箭楼(手前)と正阳门(奥)

正阳门(またの名を前门)の南側には入り組んだ胡同の路地、そこには中国人向け安宿が多数ある。自転車やリヤカーに旅社や賓館の値段を掲げた客引きが所々に居る。駅前の道路には八达岭长城に行くための中国人向けのツアーバスが停車している。明日、このバスに乗って万里の長城を見に行こうと思う。

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天安门广场と人民英雄纪念碑

歩いて天安门广场(天安門広場)に向かう。前门の北隣が毛主席纪念堂。毛泽东(毛沢東)ミイラがあるそうで、見学客の行列ができている。ソ連のレーニンも含めて、共産主義国はミイラが好きである。さらに、その北隣が天安门广场だ。天安门广场は、西側を人民大会堂、東側を中国国家博物馆、北側を天安门に囲まれている。

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天安门

10年ほど前に起こった天安門事件以降、武装した警察官が隊列を組んで物々しく警備している。広場と天安門の間を隔てている长安街の大通りを、歩行者用の地下道で渡る。

毛沢東の肖像画が掲げられている天安门をくぐり抜た先の售票处で、紫禁城・故宮博物院の入場券を買う(40元, 600円)。団体客はあらかじめ切符を買っているため、この售票处に並んでいるのは50人ほどだ。しかし、窓口の係員の仕事が遅すぎて、30分ほど並ばされた。

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紫禁城 午门前の広場で訓練する武装警察隊

紫禁城の南側(「午」の方向)の門である午门を通って、南北961m、東西753mという広大な紫禁城に入場する。大きさとしては京都御苑(1300m×700m)とほぼ同じだ。緑が多い京都御苑とは違い、こちらは巨大な建造物が敷地を埋め尽くしている。

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紫禁城 太和门

午门を通り抜け、宮殿に引きこまれた小川に架かる金水桥(金水橋)を渡り、その先には太和门と呼ばれる門がある。まるで宮殿のように見える門だが、明朝時代には皇帝が太和门で執務を行っていたこともあるようだ。

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紫禁城 太和殿

太和门の建物の中を通り抜けると、石畳の広大な広場があり、その北側に太和殿がある。京都御所の紫宸殿と同じく、重要な儀式を行う宮殿だ。中国に現存する最大の木造建築物でもあるという。太和殿は、見事な石細工の手すりがある巨大な台座(漢白玉による石台)の上に、中和殿、保和殿と共に建っていて、これら3つをあわせて前三殿と呼ぶそうだ。

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故宫博物院 历代艺术馆

前三殿を囲む回廊、その西側部分は历代艺术馆(歴代芸術館)という美術館になっている。内部には、これまた見事な皇帝の宝物が展示されている。以前、台湾の故宮博物院を訪れた時に『国民党政権が大陸を追われた時、重要な美術工芸品は北京から台北に移送した』とも教えられた。つまり、重要じゃないものしか残っていないのだろうけど、それでも素人の私には見事な美術工芸品ばかりに見える。

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紫禁城 中和殿と保和殿

回廊に囲まれた前三殿(太和殿・中和殿・保和殿)の中軸線上の北隣には、おなじように回廊に囲まれた後三宮(乾清宮・交泰殿・坤寧宮)がある。明朝時代に整備された前三殿の扁額は漢字のみだったが、清朝時代に建てられた後三宮の建物の扁額には漢字に加えてモンゴル文字が併記されている。中華民族が政権を奪い返しても、歴史的建造物には征服者のモンゴル文字を残したままにしているようだ。

天安门、太和门、前三殿、後三宮と中軸線に沿って南から北に歩いてきて、紫禁城の最も北にある庭園 御花园までやってきた。多くの観光客は御花园の北にある神武门(北门)から退場しているが、私達は中軸線の東側にある皇极殿(皇極殿)などを見物しながら、南の天安门から退場した。

长安街をまっすぐ東へ30分ほど歩くと、繁華街の王府井。お店が集まる王府井步行街の大型ショッピングモール东安市场に入る。建物の中は冷房が効いていて気持ちいい。マクドナルドでビックマック・メニューを食べる(19.5元, 293円)。

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干面胡同

一旦ホテルに戻り、休憩する。太陽が傾き少し涼しくなった18時頃、ホテルのある干面胡同周辺を散歩する。昔ながらの「路地裏の住宅街」である胡同を取り壊し、高層アパートやデパートなどを建てて再開発したい中国政府は、大通り沿いからどんどん住宅街を取り壊しつつある。干面胡同も东四南大街(東四北街)の大通りに出る辺りは、ほとんどの建物が取り壊されて更地にされている。

しかし、大通りから遠いところでは、昔ながらの人民の生活が今でも垣間見られる。人々が家の外に出て夕涼みをし、子供たちが元気に遊んでいる。私が子供の頃の日本にどことなく似ている。上半身裸のおっさんが犬を散歩に連れて歩いていたり、玄関先でマージャンをしている人たちも居る。居民委員会(日本ででいうところの町内会)の掲示板には、一般的な行政のお知らせのほか、「法輪功は違法」というような治安維持系のポスターまでごちゃまぜに掲示されている。

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东单北大街(东长安街の交差点)

干面胡同の東端、朝阳门南小街の大通りと交差する付近は露天市場のようになっているが、その路地の一角に烤鸭(北京ダック)のレストランがある。地元客で賑わっているので、ここで夕食を食べる。メニューを見るが、どれを注文して良いのかよくわからないので、店員が薦めるセットメニューを注文。暫くしてローストした鴨が一羽、丸ごとの姿焼きが出てきた。内臓が取り除かれた空間は、うまい具合に空気で膨らませて鶏が大きく見えるようになっている。烤鸭饼(餃子の皮の巨大なもの?)にネギやきゅうりなどの野菜の千切りと共に、烤鸭の外の皮を小さく切って包んで食べる。どんどん食べるが、なかなか減らない。最後の方は、脂分がある皮ではなく、その内側のあっさりとした鴨肉の方を好んで食べる。中国の人たちは皮だけ食べて、内側の肉は食べないそうだ。お腹いっぱい食べて、2人で52元(780円)。

Hotel
中国红十字会宾馆, 702号室
ツイン 220元/泊(3,300円)

July 7, 2001 (Saturday)

7時30分頃、ホテルでバイキング形式の朝食を食べる。东四南大街(東四北街)のバス停からバスに乗り前门に向かう。

Bus
米市大街 08:15頃発 → 台基厂路 08:30頃着
公交110路, 運賃 1元(15円)

だいぶ手前のバス停で降りてしまい、前门东大街の大通りを1.5kmほど西へ歩く。前门の少し手前のバス停に、游1路のバスが停車している。このバスは居庸关长城・八达岭长城・明十三陵の长陵と定陵を一日かけて周遊する観光バスだ。運賃は乗車時に45元支払い、それぞれの観光地ではそれぞれ自分で入場料を支払うことになる。

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Bus
前门 09:30頃発 → 居庸关长城 10:30頃着
公交 游1路, 運賃 45元(675円)
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居庸关长城

9時半頃、客がほぼ満員になったのでバスが出発する。北京市内の道路は渋滞しているが、八达岭高速公路に入ると順調に走りだす。バスガイドの女性が、訪問する観光地の説明を延々と続けている。そこまで詳しく説明しなくても… と思うが、これもサービスの一環なのだろう。市街地を抜け、畑作地帯を1時間ほど走ると居庸关长城(居庸関長城)の駐車場に到着。

バスの出発時刻は11時20分とアナウンスがあったので、それまで自由行動だ。駐車場には似たようなバスが大量に停車しているため、バスのナンバープレートをメモしておく。居庸关は、春秋戦国時代に最初にこの場所に要塞が造られ、その後北魏時代に長城の重要拠点として整備された長い歴史があるそうだ。

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居庸关长城と谷底の八达岭高速公路停车场

入場料40元(600円)を払い、まず居庸关の云台(いわゆる楼閣)に入場。谷間に造られたかつての関所だった建物だ。そこから見える城壁は山の斜面の上の方に延びていて、所々に敌楼(櫓)が建っている。城壁の上は2人が並んで歩ける程度の幅しか無く、登る人と降りる人がごっちゃ混ぜにひしめき合っている。急な坂道の城壁を登り、いくつかの敌楼を越えて、だいぶ山の上の方まで上がってきた。数日前に訪れた嘉峪関の長城よりも、すこしだけ大型の城壁や櫓だ。眼下には、居庸关の建物や高速道路のサービスエリアのような駐車場が見えている。

バスの出発時刻に間に合うよう、混雑している城壁を降りる。

Bus
居庸关长城 11:30頃発 → 八达岭长城 12:00頃着
公交 游1路, 運賃 45元(675円)
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八达岭长城

バスはおよそ30分で八达岭长城(八達嶺長城)の駐車場に到着。駐車場から長城の入場門までは、土産物屋や食堂が並んだ坂道を10分ほど歩く必要がある。居庸关と同じく、峠の谷間に甕城の門があり、そこから左右の山肌に城壁が続いている。居庸关よりは時代が後の明代に造られた長城だそうだ。

入場料45元(675元)払って城壁の上に登り、混雑がひどくない方の南西側の城壁上を登っていく。登り始めから急登の道には、途中で進めなくなった人が所々で座りこんで休んでいる。いくつかの敌楼(櫓)を通りすぎて、どんどん標高を上げていく。今回の旅行で訪問した長城は、どこも完全に改築された石畳や階段になっていて、とても歩きやすい。ただ、昔の姿は完全に失われてしまっているので、少し残念感もある。

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八达岭长城

かなりの高さまで登ったところでふり返ると、谷底の向こう側にも延々と城壁が延びている。その城壁上は豆粒のような観光客でぎっしり埋まっている。長城の建物より、人の数のほうが見どころかもしれない。

峠の谷底にある甕城まで下山し、昼食を食べる場所を探す。エアコンのない露天のような食堂が多数あるなかで、そうではない山小屋風の喫茶店に入る。店内は冷房が聞いていて気持ちいい。メニューの冊子を見ると、観光地の超ぼったくり価格なので、インスタントラーメンとジュースのみを注文する。何と価格は1人で25元(375円)。街の中で庶民的レストランで食べるレベルの価格だ。暑くても、庶民的な食堂に入るべきだったと後悔。

Bus
八达岭长城 14:30頃発 → 明十三陵长陵 15:30頃着
公交 游1路, 運賃 45元(675円)
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明十三陵 长陵の方城(下部基壇)と明楼(上部)

八达岭を出発し、1時間ほど山間部の道路を走ると、明十三陵长陵(明长陵)に到着。ここは明の第3代皇帝永楽帝が埋葬されているそうだ。

入場料は30元(450円)で、陵墓までの間には祾恩门・祾恩殿・棂星门・明楼などの建物が一直線に並び、その奥の山中に宝顶がある。宝顶の下が陵墓なのだろうが、そこは見学できないようになっている。一般人が見学できる最も陵墓に近い場所は明楼で、内部には巨大な楼中碑「大明 成祖文皇帝之陵」が置かれている。最も大きな建物の祾恩殿には、永楽帝坐像や、発掘物が展示されている。実物の墓(墓室)は見れないので、見どころは祾恩殿かな…。

Bus
明十三陵长陵 16:30頃発 → 明十三陵定陵 16:40頃着
公交 游1路, 運賃 45元(675円)

长陵の次は、2kmほど西にある定陵へ。バス駐車場の横には大きな土産物屋が並んでいる。周囲の中国人たちは、目を輝かせて土産物屋になだれ込んでいる。店には宝石から菓子まで、色んな物が売られている。长陵では見学せずにバスの中で待っていた人たちも、土産物屋になれば嬉しそうに出かけていく。史跡をめぐるバスに乗って、目的は土産物屋ですか…

バスガイドのお姉さんに、ここには土産物屋以外何かあるのか聞いてみると、定陵(明定陵)という史跡があるという。標識に従って歩いて行ってみると入場券売り場がある。45元(675円)と結構高いが、どんなものがあるのだろう…

こちらは明朝の第14代皇帝万暦帝の墓地だ。长陵と同じく、軸線上に門や建物が一直線に並んでいる。祾恩门・祾恩殿・棂星门・明楼と建物の名前まで长陵と同じだ。

しかし、決定的にこちらが素晴らしいのは、宝顶の下にある陵墓が見れるのだ。「地下宫殿」という案内板に従い宝顶の頂上に登ると地下に降りる階段の入口がある。この辺りには中国人観光客はほとんど歩いていない。最大の見所なのに、ナゼなのだろう。ガラスドアを開けて階段を降りる。地下4階か5階くらいの深さまで降りただろうか(地下深さ27mらしい)、巨大な石室に出る。地下は案外涼しいが、ジメッとして湿度が高い。いくつかある石室は、全てが空っぽの四角い空間だ。壁画なども描かれておらず、シンプルな作りだ。1956〜57年に発掘した時の出土品は、地上の展示室に移されたとのこと。

駐車場に戻りバスに乗り込む。バスは18時に定陵を出発するが、ガイドのお姉さんはここで勤務終了で下車。熱心にガイドしてくれたので、乗客全員が拍手で見送る。

Bus
明十三陵定陵 18:00頃発 → 前门 19:00頃着
公交 游1路, 運賃 45元(675円)

高速道路を経由して約1時間、今朝出発した前门のバス停に到着。北京郊外の名所を10時間で4つも観ることが出来た。

Bus
前门 19:00頃発 → 米市大街
公交110路, 運賃 1元(15円)
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王府井步行街と东安市场

夕食は王府井步行街の大型ショッピングモール东安市场にある吉野家で牛丼(10元, 150円)を食べる。

Hotel
中国红十字会宾馆, 702号室
ツイン 220元/泊(3,300円)

July 8, 2001 (Sunday)

7時起床。ホテルの食堂でバイキング形式の朝食。中国人が朝食に食べる油条を食べてみるが、かなり油っこく日本人好みの味ではない。張さんが昨日の観光の疲れが取れていないということで、10時頃まで冷房の効いた部屋の中で休憩する。

10時半前、観光に出かける。110路バスに乗り天坛公园へ。終点の天桥で下車する。

Bus
米市大街 10:30頃発 → 天桥 11:10頃着
公交110路, 運賃 1元(15円)
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天坛公园 皇穹宇

バス停のすぐ近くに、天坛公园(天壇公園)の西门售票处がある。入場料は35元(525円)。公園は大きな木が茂っているので、日陰になり涼しい。東西・南北の幅が1.5kmもある広大な公園のどまんなか、南北の中軸線となるのが丹陛桥という大通りだ。この中軸線の北には祈年殿、南に皇穹宇と圜丘がある。どちらも明代に建てられた皇帝の祈祷施設だ。

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天坛公园 圜丘壇

入場券は切り離し式で、まず南の皇穹宇から観るようになっている。皇穹宇は、祭事で用いられる歴代皇帝の位牌を保管しておくための建物だそうだ。しかし、多くの観光客が興味を持っているのは、皇穹宇の外を取り囲んでいる円柱状の塀のようだ。この塀に向かって声を出すと、やまびこのように反響して聞こえるという。


天坛公园 祈年殿

皇穹宇の南隣にある圜丘壇へ。3段の円形祭壇で、最上段の中央に丸い石がはめ込まれている。多くの観光客が、この中心石で記念写真を撮影している。明や清の皇帝が、この中央部分で天に祈ったのだろうか…

圜丘壇から丹陛桥を通り750mほど北にある祈年殿へ。ここは、皇帝が新年に五穀豊穣を祈る(孟春祈谷の)場所だという。円形の基壇の上に建つ直系32m・高さ38mの3層の建物は、天安门と共に北京のシンボルとしてメディアに登場する事が多い。

西门まで戻り、バスに乗り天安门广场へ。

Bus
天坛西门 → 天安门广场东
公交2路, 運賃 1元(15円)

天安门广场に来た理由は、中国人民がやっているように、国旗を振って記念写真を撮ることだ。国旗(五紅星旗)は広場の至るところで売られている。しかし、それを買う必要は無い。記念写真を撮り終えた人民が道路に打ち捨てていったのを拾うほうが手っ取り早い。しかしながら、自国の国旗を路上に投げ捨てるのは、民度が低すぎるのではないだろうか。

広場を警備している武装警官も、五紅星旗を振って記念写真を撮るのは全く警戒していない。これが、日の丸だったら大問題になるだろう。

前门の近くにあるマクドナルドで遅めの昼食。地下鉄の駅出口付近で配られていた割引券を使い、チキンマックとコーラのセットメニュー(16.5元, 248円)を注文する。

午後は颐和园に行こうと言うことで、前门のバス停でバスを物色していると、たまたま来たバスの行き先が「颐和园」だった。

Bus
前门西 14:30頃発 → 颐和园北宫门 16:00頃着
公交808路, 運賃 6元(90円)
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颐和园 须弥灵境

808路バスは市内の渋滞に巻き込まれながら、ゆっくりと北京市の北西にある颐和园に向かっていく。この路線は北京交通导游図に掲載されていない路線で、車両は最新式で冷房がよく効き、液晶テレビも付いている。北京动物园や中国のシリコンバレーと呼ばれる中关村、中国の最高学府である清华大学を経由して、終点の颐和园まで1時間半ほど掛かる。距離はたったの22kmなので、本当にのろのろ運転だ。

颐和园(頤和園)の北宫门で入場券(45元, 675円)を買い、閉園まであと少ししか時間がない中、急いで見学する。

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昆明湖

清朝末期に西太后の離宮(避暑地)として大規模に整備された颐和园だが、国防より離宮造営を優先した政策が日清戦争の負けに繋がったという批判もある。北宫门を入ると、昆明湖との間に万寿山がある。その北斜面に须弥灵境(または四大部洲)と呼ばれるチベット仏教寺院(汉藏混合式寺庙)が建てられている。その寺院建築の外階段を登って行き山頂を越えた向こう側、昆明湖に続く南斜面には排云门・排云殿・佛香阁などの建物がズラッと並んでいる。斜面にたくさんの中国風の建物が建ち並び、その向こうに昆明湖がある景色。いかにも中国的で美しい。

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颐和园 澄辉阁

清朝末期に建てられた建物群なのに、近くから見ると鉄筋コンクリートだと気づいたり、长廊の手すりが汚れ防止のためプラスチック製カバーで覆われていたり、チープさも併せ持っている。まあ、これはこれで、郊外の写真撮影スポットということで許せる範囲か…

2時間ほど見学すると閉園時間。慌てて北宫门から出て、再び808路のバスに乗る。乗車時に運転士に西单までと申告すると、運賃は4元だった。

Bus
颐和园北宫门 18:30頃発 → 西单商场 19:30頃着
公交808路, 運賃 4元(60円)
Metro
西单 20:00頃発 → 东单 20:05頃着
地鉄 1号线, 運賃 3元(45円)

西単の電気街を少し見てから、地鉄に乗り东单へ。王府井步行街の大型ショッピングモール东安市场にある韓国料理店で冷麺(8元, 120円)を食べる。

Hotel
中国红十字会宾馆, 702号室
ツイン 220元/泊(3,300円)