アルプスから地中海、ブルターニュからベルギー 旅日記
  : ミラノ - ジェノヴァ

June 18, 2002 (Tuesday)

Train : Grindelwald -> Milano (グリンデルヴァルト → ミラノ)

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インターラーケン東駅に停車する R4858 Spiez 行き
R4858 train for Spiez , at Interlaken Ost station

6時30分、起床。洗面所で歯を磨いていると、YHの前を大量の羊が「カラ〜ン・コロ〜ン」と鈴を鳴らしながら通り過ぎてゆく。
朝食後、YHをチェックアウトし、駅へ向かう。駅へ向かう草原を歩きながら、今日の計画を練る。「計画1:ユングフラウの南側にあるFischに回り込み、アレッチ氷河を堪能する。 計画2:山はもういいから、イタリアに抜ける(ミラノ? トリノ? フィレンツェ?)」 結局、駅に着くまで迷った末、ミラノに行くことに決める。切符を買う。44CHF。
8時50分発の列車に乗る。日本人団体客が乗り込んでくる。「あのアイガーの壁面に駅の窓が見えるでしょ〜。発見したんですよ」と得意げに話すツアー馴れした雰囲気のおっちゃん。夜のアイガー北壁を見ていれば、そこだけ照明がついているので、発見する必要もないのだが...

9時25分、インターラーケン・オスト(Interlaken Ost)駅に到着。すぐ前に停まっている Golden Pass と書かれた列車に乗り込む。9時30分、列車(R4858)が出発。車内放送で、Brig へ抜ける列車の乗換駅だと言っているシュピーツ(Spiez)駅で降りる。10時ちょうど。さて、次は イタリア国境手前のブリーク(Brig)への列車を、発車案内板で探す。ふとプラットホームを見ると、9時台の列車がまだ停まっている。行き先に Brig も入っている。しめしめ、遅れているようだ。その列車(IC810)に乗り込む。

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ブリークの駅前通り Bahnhofstrasse, Brig

一応 IC のようだが、Brig 止まりのようで、あまり人が乗っていない。ドイツ人のおばあさんが数人同じ車両に乗っていたが、途中のKandersteg (カンデルシュテーク) 辺りで降りていった。この駅には、カー・トレインの積み込み駅でもあるらしい。家に帰ってから、地図で確かめると、確かに峠を越える道路は存在していない。

トンネルに入る。かなり長い。(峠の名前がレッチェン・パス(Lotschen-pass)で、トンネルの名前はレッチェン・ベルク・トンネル(Lotschen-berg Tunnel)だそうだ。長さ 14.6km) およそ10分でトンネルを抜け、列車はかなりのスピードで坂を下り始める。はるか下方に谷あいの街が見える。シオン(Sion)からヴィスプ(Visp)を通って、ブリーク(Brig)と続く鉄道のメイン路線もはるか下方の谷底に見える。谷を挟んだ向こう側には、Zermatt (ツェルマット) の谷あいやマッターホルン(Matterhorn)山系、また、サースフェー(Saas Fee)の谷や山並みが見える。先ほどまで居たユングフラウの景色と何ら変わることの無い、高山と山間の村の取り合わせの景色だ。

はるか下に Visp の工場群が見え、列車はなお高度を下げ、まもなく下のメイン路線と合流するかのようだ。Sion 方面から、イタリア鉄道自慢の高速列車 ETR460 が並走しているのが見える。最高速度 250km/h の振り子式高速列車も、在来線では、私の乗っている IC とどっこいどっこいの速度だ。10分程度並走し、同時にブリーク(Brig)駅に滑り込む。11時00分。
私の乗ってきた IC はこの駅止まり。次のイタリア方面への列車は11時34分。駅のトイレに行き、あまった小銭でシンプロン峠の絵葉書を買う。駅前に出ると、典型的な「交通の要所の田舎の駅」といった感じ。駅前の路面電車乗り場に、Andermatt 方面行きの列車が停まっている。路面電車扱いなのか...。

11時35分、ミラノ行きの IC331 に乗車。この列車も、がらがらだ。列車は11時40分、 シンプロン・トンネル(Simplon Tunnel)に入る。長さ 19.8 km の世界第2位の山岳トンネル。約9分で通過。時速130km/h。なかなかのスピードである。トンネルを抜けると、イタリア。信号所の駅名表示が薄い青のプレートになっている。それに、手入れを放棄したぼろさがイタリアらしい。

Milano - ITALY/ITALIA (ミラノ - イタリア)

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ミラノ中央駅に到着した、スイス発のインターシティ

トンネルを抜けた辺りで、出入国審査官が回ってくる。「日本か?」と聞かれただけで、パスポートの確認もしない。
ドモソドラ(Domodossola)駅に停車、スイスの機関車からイタリアの機関車に交換している。車窓の風景が、だんだんと 「暑苦しそう」になってゆく。天気は、どんよりとした晴。道行く人もほとんど見ない。
車内で、若い女性が失神する。周りの乗客が、通路の真ん中に寝かせている。すぐに意識を取り戻したが、かなり大げさなふるまいに、さすがイタリア人だと思う。車掌が数人集まってきて、イタリア語で車内放送。「病気の人が発生しました。ドクターか医療関係者がいたら ...(以下不明)」と放送している。
自分がああいう風になったら、絶体絶命だなと思う。まず、あの状態で、イタリア語を話せというのには無理がある。

13時55分、ミラノ 中央(Milano Centrale)駅に到着。列車から降りると、迫り来る熱気。頭がボーッとしてくる。巨大なドーム状の駅構内も、どことなく霞んで見えるようだ。(NOAAのデータでは、この日の最高気温は35℃ !)

駅構内で、ツーリスト・インフォメーションを探すが、見つからず。(ジェノバで気づいたが、イタリアではツーリスト・インフォのことをAPTと書いているので、知らないと見落とす) コンコースの中央にテレビが設置されていて、人だかりが出来ている。サッカーのワールドカップの「イタリア × 韓国」の試合のようだ。

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ミラノ大聖堂(ドゥオーモ) Duomo

駅の外に出る。右も左も分からない。宿を探すために、どちらかに向かう必要がある。直感的に、左へ。オランダにある Easy Everything とよく似たネットカフェとマクドナルドを発見。大通りに出る。ぼろぼろの、オレンジ色のトラムが、ウィ〜ンと唸り音を上げて走ってゆく。すぐに、「ALBERGO ITALIA ★」の看板を見つける。薄暗い入り口を入ると、受付台がる。部屋は空いているかと聞くと、1泊33EURの部屋が空いているそうだ。これ以上遠くのホテルを探すには、この暑さでは体力が持たない。妥協することとする。

部屋に荷物を置き、外へ。先ほどのマクドナルドで昼食。5.2EUR。地下鉄に乗ろうと、入り口の階段を見つけて降りてゆくと、麻薬中毒の兄ちゃんが、ふらふらと立ち上がってきて、注射器を振り回してこちらに突進してくる。くわばらくわばら。中央駅に戻り、地下鉄の駅に入る。ドゥオーモ(Duomo)までの切符を買う。じつは、ミラノの観光地はこの名前くらいしか知らない。15時10分に、Duomo 駅に到着。外に出ると、群集が巨大なプラズマビジョンを見ている。あちらこちらで振られる巨大なイタリア国旗。消防車とおぼしき放水車から振り撒かれる水。

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大聖堂前の広場に集まったサッカーファン

サッカーのワールドカップを見ている群衆だ。どうも、同点になっているようだ。教会(ドゥオーモ)の脇にある商店街のアーケードの下から、遠巻きに成り行きを見守る。なかなか決着がつかない模様だ。

ドゥオーモは屋上に登れるといううわさがある。正面左側の外の後ろのほうに、入り口がある。入場料 5EUR を払ってエレベーターに乗る。このエレベーター内部のみ冷房が効いていて気持ちいい。屋上は、飛梁の様子を間近に観察でき、なかなか見ごたえがある。それに、教会の屋根の上を「踏んづける」ことなど、そうそう出来るものではない。
ドゥオーモの上から、下の広場の人々を観察する。時折、歓声とうめき声が入り混じったようなどよめきが聞こえる。誰かが、「イタリアが負けた」と教えてくれた。広場の人々が、蜂の子を散らしたように帰ってゆく。後に残ったのは、大量のごみの散らかった広場。

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ドゥオーモの飛梁(フライング・バットレス)
flying buttress of Duomo

先ほどのエレベーターに乗って、地上に降りる。今度は、正面からドゥオーモの内部に入る。まあ、標準的な大聖堂という印象。 14世紀〜19世紀にかけて建築された中世イタリアの最大の教会なのだが、その「つんつんと尖がった無数の尖塔」が並び立つ外観は、フランス・ドイツなどのゴシック式教会などと比較するとおもしろい。

ドゥオーモを出て、広場のすぐ横にある商店街(Galleria Vittorio Emanuele II, ヴィットーリオ・エマヌエーレ2世のガッレリアというらしい)。商店街といっても、野菜や魚を売っているわけでなく、高級な衣料品やみやげ物を売っている。全く私には関係の無い場所である。ただ、この商店街のアーケードはかなり有名な観光地らしい。

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ヴィットーリオ・エマヌエーレ2世のガッレリア
Galleria Vittorio Emanuele II

ガレリアを抜けて、美術館に行ってみようと思う。商店街を抜けると、スカラ座前の広場に出る。中央にレオナルド・ダ・ビンチの像が建っている。小型車が延々と縦列駐車している道を10分ほど、ふらふらと歩いてゆく。あまりの暑さに、負けそうだ。美術館らしき建物を発見。中に入ると、どうも美術大学のようだ。通路に彫像や絵があるのは美術館風といえるが、休講通知や成績の開示、その他大学でありそうな張り紙類がそこらじゅうに貼られている。入り口を間違えたようだ。中庭まで戻り、2階にある美術館の入り口に向かう。
ブレラ宮殿(Palazzo di Brera)。冷房完備を期待したのだが、内部は、熱気むんむん状態。客は、この暑さのせいかどうかは知らないが、ほとんど居ない。入場料 6.2EUR。古典的なキリスト教画が大量に展示されていたことくらいしか、今では記憶に無い。Mantegna の Dead Christ が有名らしいが、私が見た感じでは、特に... である。

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ブレラ美術館の中庭
Palazzo di Brera

美術館を出て、しばらく西に行くと、城のようなものを見つける。スフォルツェスコ城(Castello Sforzesco)。観光バスが何台か停まっている。有名なのだろう。昔は Visconti Fortress だったそうだが、15世紀に F. Sforza が建て直したものらしい。中庭に入ることができるが、イタリアの城という感じがしない雰囲気だ。

地下鉄に乗り、中央駅に戻る。弱冷だが、かかっているだけマシな冷房空間であるマクドナルドで夕食。駅構内のスーパーで明日の朝食と果物、水を調達。ネットカフェ(2EUR/30min)で情報収集し、ホテルへ。

ホテルは、灼熱の地獄。窓を開けても、外気も暑い。それに、車道の音が超うるさい。朝まで32℃を下回ることが無い部屋で、まんじりとも出来ず。
こんな街に、あと1日でも居たら、体がおかしくなる。翌日、ジェノバに逃げることに決める。(インターネットの天気予報で、最高気温はここより3℃は低いことが分かっている)

June 19, 2002 (Wednesday)

Train : Milano -> Genova (ミラノ → ジェノヴァ)

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朝の通勤ラッシュのミラノ中央駅
Milano Stazione Centrale

昨日、駅で買ったパンと果物で朝食。中央駅へ。構内は、ものすごい人ごみだ。到着する列車から、人波が溢れてくる。切符は、30分ほどで手に入れられた。民営化した恩恵なのだろうか? 8時15分発の IR2183 ヴェンティミグリア(Ventimiglia)行きに乗る。民営化して、デザインも変わり TRENITALIA の新しいロゴが車体には描かれているが、車両はFerrovie dello Stato (国鉄) の時のままの、「非冷房」である。
開け放した窓から吹き込む風は、まだ朝早いため、それなりに暑さをやわらげてくれる。車内は、超満員で、デッキには立っている客も大勢居る。途中5駅ほど停車して、10時10分、ジェノヴァ・ピアッツァ・プリンキペ(Genova Piazza Principe)駅に到着。車内の半数近くの客がここで降りる。

Genova/Genoa - ITALY/ITALIA (ジェノヴァ - イタリア)

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ジェノヴァ・ピアッツァ・プリンキペ駅前から見たバルビ通り
Via Balbi at Genova Piazza Principe

駅の出口にAPT (ツーリスト・インフォメーション) を発見。ホテルの予約は出来ないが、ホテルリストと、街の地図をくれる。
とりあえず、街の中心部目指して歩く。駅からのメインストリート (Via Balbi)は、古い建物に挟まれた狭い道だ。そこをバスが猛スピードで走ってゆく。旧市街を抜け、30分ほどで街の中心部へ。フェラーリ広場(Piazza de Ferrari)を境に、新市街の整然とした街並み。少しでも太陽の熱気から逃れるため、アーケードの下を歩く。

ホテルリストは、住所は書かれているが、地図からその通りや番地を見つけるのは至難の技。それに、一つ一つがかなり離れている。自動車で旅行している客向けか、かなり郊外のものも多数載っている。数件のホテルを物色するが、満員か値段が高いか。最後に満員だった安宿の店主に、「安宿が多く集まっているところ」を聞く。駅前らしい。体力を消耗して、すごく遠くまで歩いてきて、再び戻るとは、やってられない。12時30分、Via XX Settembre に発見したマクドナルドで昼食。冷房が効いているので、暫く休憩。バスに乗り、P.Principe 駅に戻る。確かに、メインストリートを外れた路地に安宿がある。「Hotel Lausanne ★」に部屋を見つける。30EUR/day。繁華街で道を聞いたビジネスマンが言っていたとおり、この街のホテル料金は相当高いようだ。(日本人ツアー客は、そんなに来ていないと思うのだが、欧州では有名な観光地なのだろうか?)

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旧市街 Old Town

2時間ほど昼寝して15時ごろ、外へ。
先ほど通り過ぎたバルビ通り(Via Balbi)の Palazzo Reale (王宮) はすでに営業時間を終了したようで、扉を固く閉ざしている。すぐ隣の建物は、大学らしい。入っていっても特に何かあるわけではない。道を挟んだ向かい側の建物 (della Biblioteca Universitaria) も大学のようだ、こちらは入り口の階段に巨大なライオンの像がある。中庭まで行くが、特に珍しいというものでもなさそうだ。

旧市街の北の端に位置するガリバルディ通り(Via Garibaldi)に行く。ツーリストインフォでは、この辺りが見所と言っていた。確かに、歩行者天国で、それなりに外壁を手入れした巨大な建物が軒を連ねている。通りを挟んで、赤茶色とクリーム色の手入れされた建物が対になっている。海側の赤茶色のほうを Palazzo Rosso (赤の宮殿)といい、山側のクリーム色のほうを Palazzo Bianco (白の宮殿) というらしい。どちらも内部は美術館として公開されている。共通入場券 5.16 EUR を買って中に入る。客は、誰も来ていない。本当に、これでやっていけるのだろうか? (おそらく赤字だろう) 絵を見るというより、宮殿の内装・装飾品も見ごたえがある。白の方は16世紀、赤の方は17世紀に建てられたらしい。

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市庁舎 Tursi (Municipio)

美術館横のTursi (Municipio) (市役所) の建物にちょっと入ってみる。バルビ通りの大学とほぼ同じ造り。昔は、入り口〜ライオンのある階段〜中庭 (向こう側に大時計) という建築が一般的だったのか、よく似ている。
路地を海の方に向かって降りてゆくと、旧市街の迷路のような地域に入る。日陰があって、涼しい。いろいろな店が軒を連ねている。観光客向けというよりは、地元客向けの店が多い。観光地のこの手の旧市街はブランド物の衣料品店やみやげ物屋ばかりで辟易とするが、ここはそういうのが少なくてホッとする。
バーに入り、アイスキャンデーを食べる。0.6EUR。魚屋、パン屋、肉屋、本屋、...、工具や部品を売っている店、洋裁店、何がなんだか謎の店まで、ありとあらゆる店が存在している。1 EUR ショップというやつもあるが、これは、日本にある「ダイソー」が品揃えでは圧勝。

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サン・ロレンツォ大聖堂
Cattedrale di San Lorenzo

白と黒の石を交互に積み上げた サン・ロレンツォ大聖堂(Cattedrale di San Lorenzo)前に出る。昨日見たミラノのドゥオーモ(Duomo)とは全く違う雰囲気のゴシック様式の教会。(ぱっと見た感じは、ロマネスク様式にも見える) 12世紀に建てられたものらしい。内部はイタリアの大聖堂らしく、絢爛豪華。天井のフレスコ画もすばらしい。チャペルは2EURコインを(料金箱に)入れると照明がつくシステム。なかなか考えてある。しばらく、椅子に座って休憩。

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旧市街の城門 ソプラナ門 (右側の塔の下に見える建物がコロンブスの家)
Porta Soprana (Casa della di Colombo is right beside)

旧市街を南下すると、新市街との境目に昔の城門がある。そのすぐ外側(内側じゃないところが不思議)に、Christophorvs Colvmbvs (クリストファー・コロンブス。例によってv はu だな。) の家が残っている。えらく小さな建物だが、この建物は18世紀に建てられたらしい。(現在の学説では、コロンブスの出身地はジェノバであることは、100%の確証を持って言えないらしい。ちなみに、生まれた年は 1446年と言われている。つまり、この建物と、コロンブスには何の因果関係も無い)

その晩、ホテルでシャワーを浴びていると、いきなり断水。洗いかけの俺の体をどうしてくれるんだ。と、苦情を言っても仕方が無いので、おとなしく寝る。熱波のせいかどうか知らないが、水事情はよくないのだろうか。

June 20, 2002 (Thursday)

Genova/Genoa - ITALY/ITALIA (ジェノヴァ - イタリア)

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王宮の中庭 Galleria di Palazzo Reale

朝起きると、水は復活していた。ピアッツァ・プリンキペ(P.Principe)駅で朝食を食べた後、Palazzo Reale (王宮)へ。こちらもまた、客は誰も居ない。昨日の赤・白の宮殿でもそうだったが、係員がくっついてくる。聞いてみると、「警備上の理由で、客が入ったらいけないところに入らないように、また、触ったらいけないものに触らないようにするため」らしい。確かに、一般的な美術館では、ガラスやフェンスで囲いをするようなものでも、ここでは剥き出しで置いてある。まあ、マンツーマンで説明を聞きながら見て回るのも、たまにはいいかな。

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旧市街 Old Town

宮殿を出て、旧市街をぶらぶらと歩く。ベネチアとどことなく似ている。ピアッツァ・プリンキペ(P.Principe)駅から海のほうに行ったところにある路地は、そこらじゅうにセネガルの国旗が掲げられて、黒人だらけ。他の地域と比べて、明らかに治安が悪そうな雰囲気。ただ、安い雑貨店などがあるので、便利な場所なのだが。

旧市街の中心部から、海の方に向かう。高架道路沿いには、観光客向けのバーやレストランなどもある。Porto Antico (旧港) は巨大な駐車場とショッピングセンター(Galleria Commerciale Atlantie)になっており、Acquario di Genova (水族館)もある。ジェノバが地中海の西を支配していた頃の帆船を復元したものだろうか、一隻の帆船が係留されている。

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サン・ロレンツォ大聖堂
Cattedrale di San Lorenzo

再び旧市街に戻り、その辺りを巡って、ドゥカーレ宮殿(Palazzo Ducale)の前へ。エルミタージュ美術館の宝物展が催されているようだ。横の教会 (del Gesu Sant' Ambrogio) に入ってみる。その後、旧市街を歩いていると、とあるオフィスで、机の上に猫を2匹載せて仕事をしているおっちゃんを見かける。よくあれで仕事できるなぁと感心する。
昨日も訪れた、サン・ロレンツォ大聖堂(Cattedrale di San Lorenzo)に再び入り、椅子に座って天井を眺めて休憩していると、神父様がやってきて、大聖堂の説明を書いたパンフレットをくれた。

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港の保税区域境界の道路標識。ここから「イタリア」です

昼食を食べ、ホテルに戻り昼寝。
夕方、港に行ってみる。ピアッツァ・プリンキペ(P.Principe)駅からまっすぐ海を目指す。高架道路の下をくぐって、巨大な倉庫の間を抜けてゆく。税関のゲートがあるが、歩行者には無関係(本当に無関係かどうか走らないが、無断で横切る)。トラックやらコンテナやらが停まっている。この辺りで働く作業員専用のBARがひっそりと営業している。赤レンガで出来た古めかしい倉庫も存在する。いかにも、港湾都市ジェノバという感じだ。かつて、地中海の海運を支配したのはベネチア、ジェノバの2大海洋都市であったが、現在の地中海の主要港湾は、マルセイユ、ジェノバである。いまだ、ジェノバはイタリア最大の港湾都市として機能しているということである。(石油の輸送を加えると、トリエステが首位になるらしい)