モーゼル渓谷とチュニジア旅行記 : スース

※ 未編集の旅行記です

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December 24, 2006 (Sunday)

Sfax - Tunisia (スファックス - チュニジア)

スファックスの旧市街(メディナ)にある安ホテル、夜中の大雨の音であまり寝られなかった。サハラ砂漠に近い場所でも、地中海沿いでは雨も降るんだ…。これが、いわゆる地中海気候か。

7時前に起床。屋上に出ると、雨はやんで雲の間から青空がのぞいている。昨日の夕方、スーパーで購入しておいたカップケーキと水、ミカンなどで朝食。

8時半、ホテルをチェックアウトし、新市街にあるルアージュ・ステーションまで30分ほど歩く。深夜の雨で、そこら中に大きな水たまりができていて歩きにくいが、砂ぼこりがないのは嬉しいことだ。

スース行きの車(ルアージュ)はすぐに見つかり、乗車して客が集まり満員になるのを待つ。30分ほどで車が出発する。

TAXI
Sfax(09:40頃発)→ Sousse(11:45頃着)
Louage, 運賃 7ディナール(637円)

車が北上するにつれ、雲行きは段々と怪しくなり、ついには土砂降りの雨が降りだした。フロントガラスの結露を取ろうと、運転手が窓を全開にする。車内に吹きぶりの雨が吹き込み、道路から跳ね上がってきた泥水も飛び込んでくる。

窓の結露で前が見えず衝突事故して死ぬか、雨水や泥水を我慢するかの2択。前者を選択する馬鹿は居ないだろう。

出発から1時間ほどで、エル・ジェムの街に到着。車窓から、巨大なエル・ジェム円形闘技場が見える。3世紀前半に、ローマ帝国のアフリカ属州Thysdrusという植民市に造られた3万5千人収容の円形闘技場だ。こんな巨大な公共施設を作れるのは、アフリカ属州出身の皇帝セプティミウス・セウェルス(在位193年-211年)などを輩出するくらい、本土(イタリア)並に栄えていたからなのだろう。

エル・ジェムでルアージュの何人かの乗客が入れ替わり、さらに残り半分の道を北上していく。ここから先、10分に1回位の検問に引っかかる。テロ予告があったのか、それともこれが平常なのか。約120kmを走破し、スースに近づくと高速道路となる。ここから先は先進国か…。

Sousse - Tunisia (スース - チュニジア)

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11時半、スースのルアージュ・ステーションに到着。

スースは紀元前9世紀にフェニキア人が開いた街「ハドルメントゥム」が起源で、ポエニ戦争でローマ側に付いたため破壊を免れたそうだ。

どしゃ降りだった雨は、小雨に変わっている。巨大なルアージュ・ステーション(Gare routière)は旧市街(メディナ)の南西1.5kmほどの所にある。旧市街までの道は車が行き交い、水たまりが出来て歩きにくい。はるか向こう、旧市街にあると思われるレバノン杉が道の先に見えていて、それを目指してどんどん歩く。

旧市街(メディナ)の南東角にあるカスバ(砦)の巨大な城塞のところまでやってくる。スファックスで観たものより、かなり大きい。城塞の壁に沿って歩いて行くと、旧市街に入るガルビ門がある。そこから旧市街に入り、入り組んだ路地を歩く。スファックスは地元民のための商店街だったが、こちらは観光客向けの土産物屋やレストランなども多い。

ロンリー・プラネットでお薦めのホテルとして紹介されている、グランド・モスク隣のホテル・メディナをまず訪ねてみる。建物は一部が工事中だったが、泊まれるようだ。2階の部屋を見せてもらい、ここに決める。ツインの部屋で、1泊15ディナール(1,365円)だ。オフシーズンだからだろうか、ガイドブックの単価より大幅に安い。

荷物を置いて、旧市街を探索する。この街は、かなり「観光客ずれ」しているようで、外国人を見ると金をせびってくる輩や、自称ガイドで勝手に案内をしようとする輩が多いようだ。

再び、雨が降りだす。なだらかな斜面に造られた旧市街の一番高い南西角に、カスバがある。カスバは考古学博物館になっているので、入館して雨をやり過ごすことにする。

古代ローマ時代の見事なモザイクや碑文が大量に展示されていて、かなり栄えた都市だったことがうかがえる。ローマ帝国が分裂・消滅した後はイスラム帝国に組み込まれたはずだが、その時代の文明の証は展示されていなかった。イスラム国家のチュニジアとしては、その辺りの展示に力を入れなくても大丈夫なのだろうか。

カスバの城壁の上からは、旧市街(メディナ)が一望でき、その東には地中海が広がっている。ここから見る限りでは、旧市街といえども多くの建物は建て替わっていて、古い歴史を伝えるものは城壁やモスクを除いてほとんど無さそうだ。最も目立ったのは、衛星テレビ用のパラボラアンテナが、あらゆる屋上に載せられていることくらいだろうか…。

雨はだんだん強くなってくる。傘を指して旧市街の坂道を降りる。とあるカフェの壁にハンニバルのイラストが描かれている。ローマの敵であったカルタゴの英雄を客寄せに使う。カルタゴの敵のローマ、ローマの敵のイスラム。敵の敵は味方…。何たる皮肉だろうか。

新市街の小奇麗なレストランで夕食。魚のグリル(5ディナール, 455円)、ミネラル水1.5L(1.9ディナール, 173円)と、観光地価格だ。

雨はますますひどくなり、土砂降りに。ホテルに戻るため、旧市街のグランド・モスク前の広場を通ろうとすると、洪水になっている。くるぶしまで水に浸かりホテルの入口に到達。普段は雨が少ない地域だからか、下水排水が追いつかず、斜面の一番低い場所にあるグランド・モスク付近で溢れだし洪水になるのだろう。

大雨でずぶ濡れ、洪水で足元が下水まみれのメリー・クリスマスだ。

Hotel
Hôtel Medina
221号室 ツイン 15ディナール(1,365円)/1泊

December 25, 2006 (Monday)

朝起きて外を見ると、雨はやみ晴れているようだ。8時、1階の食堂に朝食を食べに行く。先客の女性が1人居て、話しかけてみると日本人で、これからすぐにエル・ジェム経由で南の方に行くそうだ。しばらくすると、やはり日本人女性が朝食を食べに来て、今日はこの街を観光するという。それならばと、午前中一緒に観光することにする。

まずはホテルの目の前にあるグラン・モスクに行く。入場料2ディナール(182円)。9世紀に、旧市街の海側の守りを固める要塞の機能も持つ建物として建てられたそうだ。確かに、高い外壁(回廊の壁)と塔(ミナレット)を持つ建物は、砦としても使えるだろう。回廊に囲まれた石畳の庭は、昨日の雨で濡れて鏡のように光っている。このモスクは、観光客に回廊や礼拝堂の中まで見せてくれる珍しい場所だ。

旧市街北東にある、もうひとつの「要塞的な建物」であるリバトに向かう。グラン・モスクの斜め横の建物だ。入場料は3ディナール(276円)。グラン・モスクよりも古く、8世紀に要塞機能を持つモスクとして建てられた建物だ。いまではモスクの機能はなく、博物館になっている。塔(ミナレット)の頂上に階段で登ると、旧市街や港を一望できる。外壁の上には、守備兵が狭間として使える胸壁がぐるっと取り囲んでいて、この建物が要塞としても使われていたのだとわかる。

新市街へ行き、ハビブ・ブルギバ通り(Av Habib Bourguiba)が砂浜にぶち当たるところまで歩く。そこからポート・エル・カンタウイ行きのロードトレインに乗車。リゾート観光地の町に行く交通機関ので、まるでテーマパークの中の乗り物のようだ。

ROAD TRAIN
Sousse, Place Bou Jaffar(12:00頃発)→ Port El Kantaoui, taxi station(12:25頃着)
Little Train, 往復 運賃 3.5ディナール(318円)

肌寒い強風が吹き、今にも雨が降りそうな低い雲が次々と通り過ぎていく中、ロード・トレインは全速力で海岸沿いの道路を走っていく。閑散期なので、他に客は誰も乗っていない。先進国の観光地では考えられないようなハイスピードで、8kmほどの距離を20分ほどで走り抜け、リゾート地区の外れにあるタクシー・ステーションに到着。

Port El Kantaoui - Tunisia (ポート・エル・カンタウイ - チュニジア)

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空を通り過ぎていた雲も消え、地中海のリゾートにふさわしい青空が戻ってきた。

真っ白な壁の低層ホテルやアパート、お店が並ぶリゾート・タウン。チュニジアの猥雑な下町の雰囲気は一切排除されている。看板も英語(フランス語)がでっかく書かれ、おまけ程度の大きさのアラビア語だ。テーマパークに迷い込んだかのような雰囲気だ。

ヨーロッパ系のお年寄り白人客がチラホラと歩いている。アジア人の私達が歩いているのも、場違いな雰囲気に違いない。

地中海の方にどんどん歩いて行くと、高級そうなヨットが停泊したマリーナがある。その周囲にはカフェやレストランがあり、店外に置いてあるメニューを見ると目が飛び出るほどの価格設定だ。

砂浜に出る。真冬に泳ぐ人はいないので、ほんの少しのお年寄り夫婦が散歩しているくらいだ。ビーチ沿いの瀟洒なホテルのベランダで、ひたすら海を眺めて過ごしてみたいものだ。せっかちな旅行をする日本人には、多分、その暇さに我慢できなくなるかもしれない。

復路のロード・トレインは時刻表通りには来ず、20分ほど遅れてやってきた。もちろん、さらにハイスピード運転する性能があるわけでなく、20分ほどかけてスースの街に戻る。

ROAD TRAIN
Port El Kantaoui, taxi station(13:55頃発)→ Sousse, Place Bou Jaffar(14:20頃着)
Little Train, 往復 運賃 3.5ディナール(318円)

Sousse - Tunisia (スース - チュニジア)

スースに戻り、新市街の目抜き通りハビブ・ブルギバ通り沿いのレストランに入る。昼食の時間帯は過ぎているので、他に客は居なかった。チキン・ローストやチキンライス、スープなど。5ディナール(455円)。

店を出て、午前中一緒に観光した大平さん(神奈川県の学校の先生)と別れる。

旧市街に戻り、アラブの伝統的民族衣装を展示したコバ博物館(Musée el Kobba)へ。入場料3ディナール(273円)。結婚式の時に着る派手な正装など、普段の街の中では見ることのない情景がマネキンを使って再現されている。旧市街の衣料品スークで売られている派手な衣装が、実際に使われている風景だ。

旧市街には地元民向けの商店が集まった地区も多く、夏の強烈な日差しを遮る屋根付きの商店街もある。

夕刻、体調が悪く少し寒気がするので、夕食にパン屋でツナサンド(2ディナール, 182円)を買ってホテルに戻る。

その夜、猛烈な下痢と胃痛。1時間おきにトイレに駆け込むレベル。寝れない。午前中に肌寒い強風にあたって体が冷えたのか、あるいは昨日の夜に下水があふれた洪水の中を歩いたのが原因か…。推測でしかないが、下水があふれた洪水の中を歩き、下痢の原因となる細菌を洗い流さずに部屋に戻ったからだろう。本来なら、屋外で靴を脱ぎ洗い流して消毒すべきだが、この国のレベルでは無理だろう…。

Hotel
Hôtel Medina
221号室 ツイン 15ディナール(1,365円)/1泊