スカンジナビア・北極圏旅日記 : ストックホルム→ナルヴィク, ベルゲン

June 28, 1996 (Friday)

Train : Stockholm -> Narvik (ストックホルム → ナルヴィク)

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ラップランドのアビスコ国立公園 Abisko National Park

窓のカーテンレールにかかっていたハンガーがガチャガチャと音を出して揺れ、7時前に目が覚める。「夜はまだ明けている。」外の明るさで時間を推測できないので、腹時計に頼るしかないだろう。お腹がすいているので朝のはずだ。昨日買っておいたパンとりんごで朝食とする。

8 時まえ、森が切れて、程なく小さな町に入る。列車が止まる。乗換駅ボーデン(Boden)だ。次に乗る車両は向かい側のホームにすでに停車している。ストックホルムから来た列車はリュレオ(Lurea)行きの2等クシェットの車両と、キルナ(Kiruna)行きの1等寝台車両に切り分けられ、10分ほどですべての車両の付け替えが終わる。7時50分、それぞれの列車が発車する。

今度の列車編成は、ストックホルムからの寝台車とボーデン始発の客車(SJ、NSB混成)となる。客車には真夏だというのに暑いくらいの暖房が入っている。ムリエク(Murjek)からイエリベル (Gallivare)の間(10時頃)で北極圏の線を過ぎたはずだが、車窓にはそのような看板など見掛けなかった。赤道だと道上に赤い線が引いてあるのを期待するように、北極圏の線も目立つように引いておいてほしい。帰りの列車で慎重に観察する事としよう。各車両を探検すると、NSBの車両は木目調のサロンカーとお子様車両で、SJは近郊列車の標準的な車両で、NSBはより観光路線色を出している。

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北極圏を行く列車の車内 暖房がよく効いていてあたたかい
inside train for Narvik

11時、キルナ駅に近づく。スカンジナビア半島最大の鉄鉱石の露天掘り鉱山の町だ。車窓の石ころが錆色を帯びてくる。その辺の石まで鉄鉱石なのだろうか。キルナ駅で寝台車切り離し。寝台車の客が客車の方に移ってきて、急に満員となる。

ストックホルムを出た時は背の高い密集した針葉樹だったのが、ボーデン辺りではまばらな5mくらいの針葉樹の森となり、キルナの北では岩場にひょろひょろとした針葉樹が生えているような格好となる。針葉樹林からツンドラに変わる境目あたりだろうか。

12 時ごろ、アービスコ(Abisko)国立公園にさしかかる。進行方向右手には青い湖と青い空の間に銀色に輝く山脈がそびえている。木々の緑色も加わって、うっとりと見とれてしまうような美しさだ。公園内の各駅ではハイカーが降りて行く。完全に冬の装備をもっているようだ。昨夜同室だった母娘も降りていった。湖と山の競演が終わると、典型的な氷河地形の中を列車は北西に進んで行く。インド人の物知りの人が、車内で氷河についての講義をしている。あるいは学者であろうか。

Narvik - Norway (ナルヴィク - ノルウェー)

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戦争(歴史)博物館 Narvik War Museum

13時、スウェーデンとノルウェーの国境駅に停車。車掌が交代し、再び検札にやってくる。峠を越えた列車は森に入り、北大西洋に向かってどんどん山を下りて行く。次々とトンネルを抜け、崖沿いに走る列車の右手にフィヨルドが見える。フィヨルドをまたぐ国道のアーチ橋が見え、トンネルを抜けるとナルヴィク (Narvik)駅に到着。14時。とうとうヨーロッパ、いや、世界最北端の駅にやってきた。

列車から降りる。ものすごく寒い。さすが北極圏だ。小さな駅舎を抜けて、駅前でどの方向へ行こうか思案していると日本人らしい人が2人ほどいる。声をかけてみると、日本人(福島在住の荒川氏とドイツ在住の中込氏)であった。いっしょにiに行く事とする。通常終点の駅前というものは、タクシーがいて、店の一つくらいはあるものだが、目の前は住宅街のみだ。歩き方を参考に容易にiを見つけ中に入る。地図をもらい、北極圏到達記念葉書を買う。ナルヴィクでは夏スキーができるそうなので聞いてみると、「暖夏」のため今年は無理らしい。

その後、私は昨日ストックホルムから電話で予約したペンションに行き、荒川氏と中込氏はYHに向かった。(小さな町なので、またどこかで会うだろう) ペンションは住宅街を登っていったナルヴィクのいちばん高台の通りにあった。チェックインする。部屋の窓からは町とその向こうの鉄鉱石積出港がよく見える。天気はくもり時々雨。晴れてくれないとミッドナイト・サン(真夜中の太陽)が見れないではないか。

町の中を見学に行く。ペンションから南に下って行くと郵便局があり、そこで町がいったん途切れ、国道沿いのその向こうにYHがある。YHを越えてさらに南に行くと漁港のようなところに出る。国道はずっと南まで行っているようだが、これ以上行っても町が本当に途切れてしまうので引き返す。YHで聞いてみると荒川氏と中込氏は外出したそうだ。さらに先程の郵便局を通り過ぎ、そこから先が町の中心部だ。ガソリンスタンドや売店、何軒かのホテルと店があるだけだが。

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真夜中(23時18分)でも夕日が... ロープウエー駅近くで
midnight sun near cable car Stop

売店で絵葉書を買い、絵葉書と同じモニュメントが建つ公園を博物館の向かいに見つける。銀色の金属でできた三角錐のモニュメントは、鉄鉱石の町なので鉄でできているのだろう。博物館(戦争博物館)に入る。展示室に入ると、ノルウェー語でしか解説がない。窓口に頼んで英語の対訳解説のファイルを借りる。博物館の大まかな内容は「第2次世界大戦ではノルウェーはドイツと戦争になった。ノルウェー海軍の主力艦隊はナルヴィク港辺りに居たのだが、ドイツの艦隊の前にいともたやすく敗北する。ナルヴィクの町はドイツ軍艦からの射撃により廃虚と化す。ノルウェー軍は山岳地方に逃れ細細と抵抗活動を続ける。そのうち、ドイツが連合軍に敗戦しナルヴィクは開放される。」だったと思う。そのため、ナルヴィクの町の建物はどれも新しいはずだ。

博物館を出て、すぐ横にある食堂で巨大ハンバーガーを食べる。目の前でハンバーグを焼いて出してくれる店だ。ペンションに戻ると、荒川氏と中込氏からのメッセージが入っていた。19時に会いに来るそうだ。ラウンジでよく分らないノルウェー語のニュース(エリツィンがノルウェーに来ているらしい)を見て待っていると、荒川氏と中込氏が現れる。本日2度目の夕食に中国レストランに向かう。

食後、真夜中の太陽を見ようという事となり、山の頂上まで行くロープウェー乗り場に行く。悪天候のためロープウェーは休みだった。雨が降り出す。困った事になった。山がだめなら海岸という事となり、北向きの海岸線を目指す。観光地図では駅の北500mくらいのところが海岸線だ。小高い丘になった住宅街を抜け、なぜが崖を降りて港のようになった海岸に出る。

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午前0時 北極海に反射する日光 midnight sun over arctic sea

海岸に出る。漁船はいないが、小さな漁港のようでもある。海の水は透明で、雪解け水のように冷たい。真夜中の12時となる。北の空に太陽がまだある。ミッドナイト・サンだ。北極圏に来たんだなぁと実感する。とても真夜中だとは思えない道を駅の方に引き返す。メインストリートで荒川氏と中込氏と別れペンションに戻る。彼らは「夜が明けたら」ロフォーテン諸島の先端の町Aに行くそうだ。一文字のところが日本の「津」市に似ていて興味を持ったそうだ。

June 29, 1996 (Saturday)

Narvik - Norway (ナルヴィク - ノルウェー)

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ナルヴィクの朝、虹が美しい narvik town

8時起床。朝食を食べチェックアウト。ペンションの横の坂道より町の方を見ると虹が出ている。これは幸運のしるしと考える事とする。駅と反対方向にある郵便局に向かって歩き始めたところ、激しい雨が降ってきた。今にも雪になりそうな冷たい雨だ。道路工事の穴が道路に開いている。中を覗くと岩場まるけだ。ここだけで判断すると、町は岩場の上に造られているようだ。郵便局に着き、葉書を何枚か出す。郵便局の中は絵葉書や文房具を売る店でもあり、暖房の効いたソファーのある休憩施設のようでもある。しばらく郵便局で休憩した後、駅の方へ歩きだす。途中のスーパーで今日の昼食と夕食を仕入れる。駅に行くと、すでに列車が停車している。周りにはカラフルな合羽を着たハイカーがたむろしている。

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ナルヴィク駅 Narvik station

10時30分、定刻通り981列車は出発する。来た時とは逆の急勾配の線路を登って行く。1時間ほど走ったフィヨルドの谷沿いの駅でほとんどの乗客が下車する。ここからフィヨルドを見物しながら、歩いてナルヴィクまでハイキングするそうだ。こんな雨の日にハイキングとはとんでもない行為にみえる。がらがらになった列車は、山脈を上り詰めスウェーデンに入る。山脈の東はすがすがしい晴れの天気だ。湿った偏西風が山脈にあたり、山脈の西(ノルウェー側)では雨、東(スウェーデン側)では晴れの天気となっているようだ。

Train : Narvik -> Stockholm (ナルヴィク → ストックホルム)

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アビスコ国立公園を抜け、北極圏の線(本当に線が引いてある)を越えると、白夜の地域とのお別れだ。17時少し前、ボーデン駅に到着。乗り換えのため下車。イェーテボリ(Goteborg)行きの列車が先に発車し、ホームから列車が消える。

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ヴェネス駅 Vannas station

駅の外に出てみる。駅前はすぐに住宅街となっていて、駅にはバスが1台停まっている。駅の地下道にナルビクへの鉄道敷設の歴史が描かれている。鉄鉱石の輸出のために造られた鉄道だという事らしい。

17時30分、列車が入線。24号車の2等クシェットに乗り込む。同室にはスウェーデン国鉄の車内売店で働く男性2人が乗り込んでくる。夏休みで北部に旅行していたそうだ。まもなくリュレオからの車両が連結され、17時38分出発。901列車は森の中を南下する。

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いつまでも暮れない夕焼けの中を ストックホルムへ向かう

カフェテリアに行く。カフェテリアでは北欧の通貨はもちろん、ドルでも買い物できるようだ。映画館もある。1等寝台を見物に行くと、シャワールームまである。かなり豪華な列車だ。部屋に戻り、車窓の景色を眺める。湖と森が交互に車窓に流れて行く。19時30分頃バストゥトレスク駅、21時30分頃ヴェネス (Vannas)駅でウメオ(Umea)からの車両を連結、22時頃、ようやく夕焼けが車内を照らす。いつまでも暮れそうもない夕焼けの中列車は走り続けるが、私は寝る事にする。

June 30, 1996 (Sunday)

Stockholm - Sweden (ストックホルム - スウェーデン)

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ガムラスタン GamlaStan from Sodermalm island

7時頃、目覚めると車窓には人家が見える。ウプサラとストックホルムの間当たりだろう。7時30分、ストックホルム中央駅に到着。駅前のマクドナルドで朝食を食べる。

世界遺産に指定されているドロットニングホルム宮殿に行くため、地下鉄に乗る。ブロマプラン(Brommaplan)駅で下車し、バスを探す。行先表示が分りづらく、同じく宮殿を目指しているおばさんとバス乗り場を探す。適当にやってきたバスに乗ると、宮殿のそばを通るらしい。9時前に宮殿に到着。

朝早いのでほとんど人がいない庭園を気ままに散歩する。庭園の中から見る宮殿の建物は、均整が取れていて美しい。宮殿の公開は昼かららしく、待っているのもしんどいので街に戻る。再び地下鉄に乗りガムラスタンへ。

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王立公園の演奏会を聞く人々 chess at Kungstradgarden

ナルヴィクで中込氏から、「セーデルマルムの大通りから見える球形のタンクの正体」を確かめるよう頼まれた。ガスタンクではない何からしい。スラッセン(Slussen)で地下鉄を降りる。真っ直ぐ南に歩いて行くと、確かに球形の馬鹿でかいガスタンクが見える。どんどん歩いて行き、地下鉄の駅2駅歩いても近づいてこない。通りには「お弁当」と日本語の看板を掲げたほか弁屋があったりする。通行人に「あの球体はどれくらい遠くにあるのか」と聞くと、次の駅にあるという。地下鉄に乗りグローベン(Globen)駅で降りる。駅名が球体と言う名前だから、近くにあるに違いない。地下道を通って出たところに、その白い球体はあった。行ってみると、体育館だ。奇抜なデザインの体育館だ。

再びスラッセンまで戻り、なぜかたくさんあるカバブ屋(中東料理)に入る。アジア人はアジア食がいちばんだ。スラッセンから少し西へ行った所からの眺めがいいらしいので登って行ってみる。なるほど、島の北側は崖になっていてガムラスタンが一望できる。ガムラスタンを通り、王立公園までぶらぶら歩いて行く。島と島の間の海峡を水が渦を巻いて流れている。干満の差が激しいのか。王立公園ではコンサートが開かれていた。公園の中に舞台を作り、いすをならべただけの素朴なコンサートだ。傍らでは巨大なチェスを楽しむ人もいる。チェスは挑戦者が次々現れているようだ。

23時42分、オスロ行き399列車が発車する。今日もクシェットで眠る。

July 1, 1996 (Monday)

Train : Oslo -> Myrdal -> Flåm (オスロ → フロム)

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ベルゲン行きIC609 ノルウェー国鉄最高地点の駅 フィンセ駅で
Finse Station (highest station in Norway)

7時30分過ぎ、定刻にオスロ到着。乗り継ぎ時間20分ぐらい。長いエスカレーターを駆け上がって駅構内へ。マクドナルドで朝食を買い、iでノルウェーの観光案内をもらう。ホームに降りると、IC609はすでに入線している。2号車に乗り込み、座席についてまもなく(8時ちょうど)列車が発車する。

列車は山がちの田園地帯を西に進んで行く。車窓の景色はどことなく日本の農村に似ているような気がする。1時間ほどで森に入り、10時30分にゴル(Gol)駅を出たあたりから山岳地帯を走り出す。雪崩防止のために設けられた木でできたトンネルが無数にある崖沿いの路線を走る。12時、ノルウェー国鉄最高地点にあるフィンセ(Finse)駅に到着。駅の傍らにも雪が積もり、真冬のような景色だ。湖の南にはハルダンゲルヨルケン山(Hardangerjokuren 1862m)が見える。NSB路線の中で最高地点1222mの地点を通過し、13時10分頃、ミュールダル(Myrdal)駅に到着。乗り換えのため下車する。

駅舎に入り、ベルゲンからオスロにもどる列車の予約をし、電話でヴォスのYHの予約をする。ユーレールパスはフロムまでの山岳鉄道に通用しないらしく、 50NOKで切符を買う。まもなく、北側の小さなホームに通常の列車より一回り小さい列車が到着。13時40分過ぎ、フロム行き列車が発車する。列車は急勾配をゆっくり降りて行く。ラックレールでないのによく滑らないものだと感心する。13時頃、右手にみえるヒョース滝を見物するため5分ほど停車。滝よりも、崖沿いに降りてゆく車窓を眺める方が迫力あるように思う。谷底の小さな村を通りすぎ、14時30分終点フロム(Fram)に到着。雨の中、すぐ前にみえるフェリーに乗り込む。フェリー料金はクドヴァンゲンまでで135NOK。かなり高価だ。

Ferry : Flåm -> Gudvangen (フロム → グドヴァンゲン)

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雨に霞むソグネフィヨルド(定期客船より) SogneFjord

すぐに出港。荷物を屋根のある所にチェーン錠をつけておいておく。最上部の甲板に出る。小雨で、風もあるので傘をさすのは無駄なようだ。切り立った崖の間の狭い水路(フィヨルド)を進んで行く。崖の所々から、白い糸のような滝が流れ落ちている。所々にある崖の下の狭い平地に家が建っていたりするが、交通手段はどうするのだろうか。シカゴから来た赤ちゃんを連れた日本人夫婦と話す。旅行代理店が切符の手配を間違え自分で切符を買って何とか間に合ったと言っていた。無責任な旅行代理店だ。この船に乗り合わせているたくさんの日本人はツアー客のようで、出口のデッキで添乗員が行程表とにらめっこしていた。添乗員ともなれば、景色どころではないのだろう。途中オーランド(Auland)に寄り、糸のように水を落下させているナーロイ滝を右手に見る。クドヴァンゲンに16時30分頃到着。

Bus : Gudvangen -> Voss (グドヴァンゲン → ボス)

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ナーロイ峡谷 Naerodalen valley

船着き場の前にはバスが何台か待っている。列に並ぶと、2台目のバスに乗れた。BHVバス950系統ヴォス行きに乗り込む。手元の時刻表では17時 15分発のはずが、16時50分に発車。隣の席は長野から来た日本人で、奥さんとけんかして別々のバスに乗ってしまったそうだ。大丈夫だろうか。峡谷の坂を登ってゆき、17時20分、スタルハイム・ホテルに停車。出口のところに積んでおいた荷物がドアが開くと同時に転がり落ちて、もう少しで谷底に消えるところだった。ホテルを抜けて展望台(標高373m)から眺めるナーロイ渓谷(Naerodalen)は壮大だ。バスは峡谷から山岳地帯を走り抜け、18時すぎNSBボス(Voss)駅前に到着。シカゴからの日本人家族と奥さんとはぐれた長野人はここからNSBでベルゲンへ向かうという。

Voss - Norway (ボス - ノルウェー)

オスロからのIC609ですぐ前の席に座っていた上田夫妻が今夜ヴォスのYHに泊まる予定だそうで、いっしょにYHまで1kmほど歩いて行く。YHは駅から町と反対の方向に20分ほど歩いた湖畔にあった。YHにチェックイン。同室には上田夫妻の夫と、ドイツから来た消防局の2人組の4人となる。ここのYHでは夕食も出るので、食堂に食べに行く。上田夫妻と話して分かった事だが、豊岡市出身者だということだ。何を隠そう私も小学生の時豊岡市に住んでいた。もっと偶然なのは上田夫妻の妻は同じ小学校の同級生だったらしい。さすが偉大なる豊岡小学校(校則は清く・正しく・美しくであったような気がする)である (?)。

July 2, 1996 (Tuesday)

Voss - Norway (ボス - ノルウェー)

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YHの前より町の中心部を望む Voss town from YH

今日は一日休憩の日だ。十分体力を養う事とする。外は冷たい雨が降っている。

駅まで行く。8時45分の列車で上田夫妻がベルゲンに向かった。同室のドイツ人消防士はこの雨の中を山岳トレッキングに出かけるという。幸運を祈る。

ツーリストインフォメーションで町の案内図をもらい、町の中を一周する。ツアー客が泊まるようなホテルが何軒かと、土産物屋が何軒かあるくらいの小さな町だ。ナルヴィクの町よりずいぶん小さい。郵便局に行き葉書を出す。図書館へ行きゆっくり読書する。安食堂などはなさそうなので、駅とYHの間にあるコンビニ併設のESSO(ガソリンスタンド)に行きサンドウィッチやチーズなどを買って昼食とする。

ユースホステルに戻り、ロビーのテレビをつけてみるが昼間は放送していないようだ。今日は大量の団体客が来るようで、バックパッカーは3F屋根裏の娯楽室に泊まる事となる。屋根裏部屋には一応キッチンがあり、卓球台が何台か置いてある。マットレスを床に敷き寝床とする。
同じ部屋に早い時間から来ている(昼寝している)ドイツ人女性がいたので話しをする。雨は予定外で、1日無駄になったそうだ。普段の年より雨が多いそうだ。アメリカから来た旅人も同じ事を言っていた。スコットランドから船でベルゲンまで来たそうだ。今日のYHは、雨のため予定外の宿泊を強いられている旅人が多く泊まっている。
同じく屋根裏部屋に泊まる事となった日本人夫妻で、新婚旅行で世界1周するという旅人がいた。大阪在住で、新婚旅行に出るために会社を辞めてきたそうである。航空券+100万円で世界一周するそうで、アメリカ経由でヨーロッパに着いたところらしい。1年後に無事大阪に戻られる事を願う。

July 3, 1996 (Wednesday)

Bergen - Norway (ベルゲン - ノルウェー)

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ベルゲン行きローカル列車 ヴォス駅にて local train for Bergen

YHで朝食を食べた後、チェックアウトし駅に行く。8時45分、ベルゲン(Bergen)行きローカル列車に乗る。渓流に沿って列車は走り、10時前にベルゲンに到着。荷物をコインロッカーに入れ、臨時iで地図をもらい街へ。昨日YHで同じ部屋だった香港人女性としばらく観光し、私は山の上に登るため別れる。

ケーブルカーに乗ってフロイエン(Floyen)山に登る。西にはベルゲンの街の中心部と港が見え、東の方には山を切り開いて作られた郊外住宅が見える。郊外住宅があるくらいだから、ある程度大きな町らしい。再びケーブルカーで下に降りる。世界遺産に登録されているというブリッゲンの建物群に行ってみるが、木造の土産物やなどの観光施設にしか見えない。その先10分ほどのところにあるホーコン王宮の方が見ごたえがあった。石で組み上げられた要塞で、窓は敵の襲撃を受けないため小さいので、内部は薄暗い。ヨーロッパでよくある「王宮」とはまた違った王宮だ。

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山上から見たベルゲンの街 Bergen from Floyen

魚市場まで戻り、土産にキャビアの瓶詰めを買う。1瓶35NOKと破格値だった。バーガーキングで昼食後、博物館に行こうと坂道を登る。行ってみると、閉館していた。せっかく急な坂道を登ったのだから、近くを散策する。丘の上には大学と教会などがあり、大学の裏当たりは南欧でよく見るような小さな家が密集していて、北欧に居る事を忘れさせてくれる。

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ベルゲン駅 Bergen station

再び街の中心に降りてくる。夕食を食べ、駅に向かう。駅の横のバスターミナルがショッピングセンターになっている。ショッピングセンターの内部はトロルというトトロでないめずらしいキャラクターが壁や柱にからみついている不思議な構造をしている。トロルはこのあたりでは有名だそうだ。ベルゲン駅に戻ると、昨日オーレスン方面に向かったはずの上田夫妻と、世界1周中の夫妻、香港人の女性とに待合所でばったり出会う。上田夫妻はバスの待ちで、その他は 23時のオスロ行き待ちだ。

22時すぎ、列車が入線する。NSBにはクシェットが無いので、初めて2等寝台車に乗る。23時ちょうど、606列車はオスロに向けて出発。同じ部屋にはノルウェー軍人で里帰りする青年と2人になる。