JULY 5 嘉峪関(甘粛省)
北京(直轄市)
JIA YU GUAN - CHINA(嘉峪関、中華人民共和国)
7時ごろ起床。部屋でインスタントラーメンを食べる。8時、チェックアウト。鳴山路を走っていたタクシーを呼び止める。敦煌机場(ドン ホァン ジー チャン)までいくらか聞いてみる。30元だそうだ。(ちなみに、昨日 民航售票処で聞いたところでは、市内からのエアポートバスなどは全くなく、タクシーに乗れということだった。ガイドブックは信じないように。)
タクシーは、莫高窟へ行くときと同じ 安西へ行く道を西に走り、莫高窟への交差点のすぐ横が敦煌空港への「アクセス道路」となっている。「アクセス道路」は超でこぼこ道で、100m程度の物だ。

空港は、一応平屋のコンクリート製の建物がある。中に入ってみる。ほとんど人が居ない。うらぶれたチェックインカウンターがあるが、係員が居ない。仕方なく、ベンチに座って待つ。ベンチのすぐ前には、「航班状況」と書かれた小さな黒板が設置されており、何故か昨日のフライトが書き込まれている。9時ごろ、係員がやってきて、本日のフライト情報に書き換えていった。(オイッ、1日1回しか書き換えんのか?) 全然 「状況」じゃないじゃん。単なる予定表程度の物か。

敦煌飛机場の航班動態(出発・到着案内板)
flight info board at DunHuang airport

団体観光客のバスが着くたびに、人が10人ずつ位増えてくる。日本人の団体が目立つ。10時ごろ、チェックインらしき物が行われる。航空券をカウンターに持っていくと、まるで書いてある内容を確認せずに、(コンピューター等に入力することもなく) 本に挟むしおりのような搭乗券と引き換えてくれる。一応座席指定はあるようだ。
搭乗待合室への入口へ行く。欧州から来た女性が差し戻された。係官が何を言っているのか分らないようだ。私が代わりに聞いてみると、「机場建設費」の領収書が要るとのことだ。どこでチケットを売っているのか聞く。待合室の奥の観光案内のカウンターのようなところで売っている。50元。チケットを持って再び待合室の入口へ。無事通過し、X線検査を受けて、滑走路が見渡せる部屋へ。

敦煌飛机場のスポットに駐機するBAe-146型機(西北航空)
BAe-146 airplain of China North West Airline, DunHuang airport

滑走路は、一応舗装されているようだ。砂漠を整地しただけの滑走路に、旧ソ連製の旅客機を期待していたのだが、結構文明化しているようだ。
10時過ぎに、新彊航空のATR72型のレシプロ機(プロペラ機)が到着した。ターミナルビルの前で、くるっとターンして、搭乗口をこちらに向ける芸当付き。何人かの乗客が降りてくる。暫くして、西北航空のBAe-146型のジェット機が2機到着し、ATR72を挟むように前後に駐機する。待合室のドアが開けられ、飛行機に向かえということらしい。100人程度いた客が、それぞれの飛行機に向かって歩き出す。ATR72は鳥魯木斉行き、BAe-146は蘭州行きと銀川行きだ。で、私は銀川(イン チュアン)行きに乗り込む。(経由なのか、乗換えなのかは不明)

10時45分、定刻より5分遅れで、動き出す。砂漠の中の滑走路を西に向けて飛び立つ。敦煌のオアシスの上で旋回して、東に向かう。さらば敦煌。

YIN CHUAN - CHINA(銀川、中華人民共和国)
あわただしく食事が配られる。デザートに、皮がついたままの桃というのも素朴だ。サラダの代わりに、レトルトパックのザアサイは強烈だった。飲み物が冷えていないのは、ちょっとマイナスだが。砂漠の上を1時間程度飛んで、雲を抜けると銀川空港に着陸。とりあえず、全ての客が外に出される。荷物を持って外へ。ターミナルビルに入ると、また搭乗券を渡してくれる。(座席指定なしの、乗継とスタンプを押されたもの)
敦煌からの便の、ほとんどの客は北京行きのようで、ターミナルの中で待っている。12時30分くらいに、出発のアナウンス。再び先ほどと同じ飛行機に乗り込む。座席は、銀川から加わった客で満員だ。
BEI JING - CHINA(北京、中華人民共和国)
14時30分、北京(ベイ ジン)空港着。飛行機を降りて、機場内の輸送バスに乗せられ、何故かほとんど全ての停泊機を見るような形でターミナルをぐるっと一周まわり、ターミナル入口へ。日本や欧米の航空機が停まっている中に、丸の中に「中」と書かれたマークが尾翼についてる変わった機体もあった。(笑いを誘っているのか、マジなのか)
さすが、中国の首都の空港だけはあり、大きくてきれいなターミナルビルだ。大発展をとげている中国が、国家の威信をかけて造ったと誰もが思うかもしれないが、実はこの空港は、日本政府がただ同然で貸した金(有償ODA)で作ったものだ。 しかしながら、どこにも出資者をたたえるスローガンなんて見なかったが。

ターミナルを出る。すぐ前にエアポートバス乗り場がある。行き先など書いていないが、とりあえず停まっているバスに向かう。北京站に行くようなので乗り込む。16元。バスはエアコン無しのうえ、日差しを遮るカーテンすらない。日本国外務省は、この路線バスにもODAを出すべきである(都営バスの中古車でも譲渡すればいい)。バスは、主都机場高速公路を1時間程度走って北京站近くに到着する。
朝陽南小街を歩いて北京站へ向かう。SUBWAYとかKFCとかファストフードチェーンが目立つ。7月9日の广州行きの切符を買おうと售票処に行く。(窓口が多く、列が出来ていない。) 中国鉄道の係員は3日後の切符しか売ってないので、明日来てくれと言っている。せっかく站まで来たんだから、買わずに帰るのはもったいない。そういえば、外国人售票処(ワイ グォ レン シャォ ピャォ チュ)がどこかにあるはずだ。その辺りを警備している兵士に聞いてみる。どうも、駅構内にあるようだ。X線検査を受けて、構内へ。軟席候車室(ルァン ツォ ホウ チェ シー)の奥にあるようだ。候車処の入口で、軟座の切符の提示を求められるが、外国人售票処へ行くと言うと通してくれる。中は、空いていて、冷房が効いていて、ソファーが並んでいる。一般の待合室とは格が違う。
外国人售票処の窓口で、4日後の切符を売っているか聞いてみる。硬臥(イン ウォ)は4日前から、軟臥(ルァン ウォ)は3日前からのようだ。軟臥にも乗ってみたかったので、また明日出直すことに決める。

王府井の東安市場
DongAn shopping mall on WangFuJingDaJie

站を出て、ホテルを探しに、建国門大街(ジャン グォ メン ダー ジェ)を西へ向かう。建国門大街沿いにある建物は、高級ホテルばかりなので今回の旅では泊まれない。東単(ドン ダン)の交差点で北へ。北京第二の繁華街だけあって、たくさんの人が歩いている。站から3km近く歩いているので、疲れた。KFCに入ってペプシコーラを飲む(4.5元)。ソフトクリームより高い。
東四北街と王府井大街(ワン フ ジン ダー ジェ)の間を歩いて、値段の高くないホテルを探すが、見つからない。(ツアーとかで泊まるホテルは、個人客にはべらぼうな価格を言ってくるので論外) やはり、郊外に出なければダメだろうか。繁華街からそれて、下町の住宅街が広がる干面胡同(ガン ピン フー トン)に入る。きちゃない旅社があるが、やはりもう少しきれいなところと思って探す。紅十字会…という病院のようなビルがある。どうも役所のような感じだが、何枚も掲示されている金色のプレートの中に「…賓館」とかかれている。泊まれそうだ。赤十字のマークのついた玄関を入って、フロントへ。泊まれるかどうか聞いてみると、泊まれるそうだ。部屋を見せてもらう。エレベーターホールには、過去の活動の記録写真が貼ってある。江沢民等の写真もある。部屋は7階で、なかなか広い。1泊220元(朝食つき)。街の中心部でこの価格は安いのではないだろうか。ここに決める。

暫く部屋で休憩して、外へ。東四北街の餃子店で水餃を食べる。巨大なスープも頼んで16元。

北京空港  北京首都机場 (ベイ ジン ショウ ドゥ ジー チャン)
我が国は、中国政府の要請に基づき北京首都空港整備事業計画(国際線及び国内線用の旅客ターミナルビル、貨物ターミナルビル及び付属施設を新設)に対して、93年より96年まで合計約300億円の円借款を提供しています。日本の支援規模は事業計画全体の約40%にあたり、残りの経費については中国側が自己負担しています。(外務省資料より)
http://matsuhisa.tripod.co.jp/china/04.html
http://www.sankei.co.jp/databox/paper/9909/18/paper/today/internat/18int003.htm

この空港は、その後、援助者の日本政府になんの断わりもなく突如民営化され、株式が売却された。この問題点については、次のリンクをご覧下さい。(証券市場で資金を得られるのなら、日本の低利融資は必要ない。株価の伸びと融資の利息の差は、日本国民の潜在的負担となる)
http://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/oda/news/news_1/news_1_1.html
http://www2s.biglobe.ne.jp/~nippon/jogbd_h12/jog146.html


JULY 6 北京(直轄市)
BEI JING - CHINA(北京、中華人民共和国)

地下鉄 北京站  Metro BeiJing station

7時30分ごろ、ホテルの1階食堂で朝食を食べる。食後、北京站へ歩いて向かう。干面胡同を東に行くと、大きな朝市があった。そこから南下して、(少し行き過ぎているので、西に戻り)北京站へ。昨日の外国人售票処へ。特別快速 T15 广州(グァン ジョウ)行きの軟臥上鋪は675元だった。

站を出て、地下鉄(3元)に乗り、前門(チァン メン)へ。前門近辺には、中国人向け安宿が多数あるようで、自転車やリヤカーに旅社や賓館の値段を掲示した客引きがぱらぱらと居る。歩いて、天安門広場(ティアン アン メン グァン チャン)へ。毛沢東(マオ ツー ドン)のミイラがあるという、毛主席記念館に長蛇の列が出来ている。ソ連のレーニンも含めて、共産主義国はミイラが好きである。今日の天安門は、兵士の数が少なく落ち着いている。時折、警備兵が隊列を組んで歩いているくらいだ。革命歴史博物館の外壁には、建党80周年の大きな垂れ幕が掛けられている。地下道を通って、天安門前に出る。

故宮を警護する兵士  forbidden palace guards

中国人ツアー客がほとんどだが、中には日本やその他欧米からのツアー客が混じっている。毛沢東の写真が掲げられている門の中に入る。すごい人ごみだ。直進すると故宮(グー ゴン)の入口の午門がある。ツアー客は、チケットを買う心配が無いのでまっすぐ午門の入場口に入っていく。入場券は、門から少し離れた目立たないところにある。50人程度が1列に列を作っている。並ぶ。列はなかなか前に進まない。入場券を売る気が無いのか? 共産圏ではおなじみの風景だ。30分程度炎天下の中を、列か進むのを待つ。やっと入場券を手に入れる。40元。

故宮に入る。中央の通路は工事中で、石や土が積み上げられている。その間を奥に向かう。さすが土地が広い中国だけあって、宮殿も広い。京都の御所なんて、狭いものだと実感する。太和殿(タイ ヘー デァン)の左にある「歴代藝術館」に入る。(追加入場料は要らない) 絵画などが展示されている。おそらく、台北の故宮博物院に有名どころは持って行かれてしまっているので、それほど著名な物は残っていないのかもしれない。が、素人の私には、どれが著名で、どれが贋作なのかはわからない。 

故宮の中和殿(左)と保和殿(右)  forbidden palace

藝術館を出て、裏手の建物の密集した地域に入っていく。この辺りの建物の名称は、漢字とモンゴル語の2種類で書かれている。清王朝がモンゴル系だったのと関係あるのだろう。調度品や美術品が置かれた部屋を、窓からのぞき見ながら、建物の間を巡ってゆく。故宮の一番北にある御花園に出る。ツアー客は、この北側にある門から退場しているようだ。が、私はまだ故宮の西半分しか見ていない。再び南の天安門の方を目指し、東側の建物を見て行く。東側の建物群も、西側とさして違いは無い。ぶらぶら歩いて、太和殿へ。
人の流れが、南から北に流れているため、逆に歩くのは結構大変だ。13時ごろ、午門を出る。東に向かう。こちらの方向に向かう人はほとんどいない。堀に沿って道が曲がっている。30分程度で、王府井に出る。

東安市場(ショッピングセンター)に入る。マクドナルドがある。ビッグマックセット(19.5元)を食べる。ホテルに戻り、休憩。

干面胡同の犬を散歩する人  GanPingHuTong

18時ごろ、再び外へ。胡同の路地を歩く。太陽が傾いて、日陰が多くなって、人々が外に出て夕涼みをしている。子供も出てきて遊んでいる。私が子供の頃の日本にどことなく似ている。なんとなく懐かしい雰囲気だ。上半身裸のおっさんが、犬を散歩に連れて歩いていたり、玄関先でマージャンをしていたり。まあ、のどかなところである。
街角の掲示板には、「法輪功を禁止するポスター」が貼られていたりする。中国だなぁと思う。インターネットなどの情報では、胡同は、近々撤去される予定だそうだ。オリンピックを開くために、市内中心部を「清潔」にするためだそうだ。こういうのんびりした地域がどんどんなくなっていくのは残念だ。そういえば、東四北街に面した胡同は取り壊されて、空き地になっていたし、干面胡同の東四北街の入口には巨大なショッピングセンターらしきビルが建設中だし。数年後には、旅情がなくなってしまうんだろうね。
今朝、北京站に行く途中に通った朝市のところまで歩いて行く。近くに烤鴨(カォ ヤー : 北京ダック)のレストランがある。裏通りだが、地元の中国人らしき人で賑わっている。店の前には「20元」との値札が貼ってある。安い。入ってみる。

メニューを見て、烤鴨を注文する(店員の薦めで、セットメニューの方を頼む)。暫くして、ローストした鴨肉が出てきた。皿いっぱいに鴨肉が並んでいる。付け合せもかなりある。小麦粉か米で作ったシート状のものに、鴨肉とネギときゅうりを巻いて食べる。なかなかおいしい。が、量が多すぎて最後の方はくどくなってきた。皮を残して、身だけ食べる。(本当は、皮を食べるのだと思うのだが…) 全て含んで26元。おいしかった。


JULY 7 北京(直轄市)
BEI JING - CHINA(北京、中華人民共和国)

前門の箭楼(手前)と正陽門
JianLou and ZhengYangMen

7時30ごろ、食堂で朝食を食べ、外へ。東四北街に出る。米市大街のバス停より110路(冷房なし 1元)に乗り、前門へ。一つ前の停留所で降りてしまい、かなり歩く羽目になる。前門の少し手前に、「遊1路」のバス停があり、バスがすでに停まっている。八達嶺長城(バー ダー リン チャン チェン)などに行く一日観光バスだ。まだほとんど客は来ていない。乗り込む。ガイドの女性が切符を売りに来る。45元。9時30分ごろ、客がいっぱいになり、バスが出発する。

バスは、渋滞する北京市内をゆっくり走り、八達嶺高速公路に入る。バスガイドの女性が、今日回る観光地についての説明を延々と続けている。農村地帯を走り、なだらかな低い山の間を走る。10時30分、高速公路のサービスエリアのようなところに停まる。居庸関長城(ジュ ヨン グァン チャン チェン)だ。長城というより、砦といっていいだろう。バスから降りる。11時20分に、バスが発車するそうだ。駐車場には、たくさんのバスが停まっている。間違えたら困るので、ナンバープレートを覚えておく。
入場券(40元)を購入して、砦の中央にある建物に登る。ここから、細い砦を囲む壁(長城と同じデザイン)を登るようになっている。やたら混んでいる。2人が並んで歩くのが精一杯の広さの通路に、登る人と降りてくる人がひしめき合っている。で、ほとんど前に進めない。おまけに、直射日光でものすごく暑い。

居庸関長城  JuYongGuanChangCheng

いくつかの櫓を越えて上に登る。下を振り返ると、かなりの高さまで登ってきている。豆粒のような大きさの人が、壁の上を登ってくるのがみえる。そろそろ戻らないと、バスの発車時刻に間に合わない。上りが込んでいれば、下りも当然混んでいる。かなりの時間かかって下まで降りる。砦の中央にある建物のところで、アイスクリームや飲み物を売っている。キャンデーを買う(3元)。バスの近くの木陰で、キャンデーを食べバスの発車時間を待つ。

居庸関を出たバスは、高速公路さらに北上して、12時ごろ、八達嶺長城(バー ダー リン チャン チェン)の駐車場に着く。バス駐車場には、様々なツアーバスと、北京から来た路線バスが停まっている。バス停の前には、土産物屋や食堂がごちゃごちゃに並んでいる。その間を通り抜けて、階段を上ってゆくと再び車道に出る。人の流れに沿って、10分程度歩いてゆくと長城が見えた。長城を挟んで向こう側にも、さらに巨大な駐車場がある。入場券(45元)を買って、長城に登る。右と左(東と西)の両方向に長城が伸びている。東の方はやたらたくさんの人が登っている(城壁の幅も広い)。片や、西の方はあまり人が登っていない。団体客はほとんど東の方に向かっているようだ。

八達嶺長城  BaDaLingChangCheng

私の選択は、常に他人と違うことをしたいので、当然すいているほうの西側に向かう。上り始めから急な坂だ。うす曇だが、かなりきつい直射日光の中を登ってゆく。少数の個人客が、上からよたよたと降りて来る。相当きつい坂なので、降りるときのほうが危険そうだ。ある程度行ったところの、櫓で休憩。万里長城は、もっと歴史を感じさせる古いものかと想像していたが、嘉峪関もここ北京も、観光用に再建された新しい物で、少し期待はずれだ。万里の長城が、実際に北方の防備の役割を果たしていた数百年前は、どんな姿だったのか興味がある。

入口から東に延びる長城が目の前に横たわっている。壁の上の道路には、米粒より小さい人がぎっしり詰まっている。さぞ不快なことだろう。
長城から降りて、昼食を食べる場所を探す。バス停近くの食堂は、ごみごみしているし、冷房はなさそうなのでパス。長城の反対側にある駐車場に降りてゆく途中に、ロッジ風の喫茶店がある。軽食くらい売っているだろうと思って入る。冷房が効いていて気持ちいい。メニューを見ると、日本の価格以上に高いので、インスタントラーメンを注文する。ジュースとインスタント麺で25元。さすが観光地料金である。

14時30分、バスが出発する。高速公路には入らず、山道を暫く行って、明陵(ミン リン)(又の名を長陵という)というところに到着。明王朝の第3代皇帝「永楽帝(ヨン レ ディ)」の墓だ。ガイドブックに拠れば、建造は1405年だそうだ。入場券(30元)を払って中に入る。陵墓の手前に巨大な建物があり、なにやら展示している。近くで発掘された品々と、過去を再現した模造品だ。その建物を通り過ぎた奥に、陵墓がある。日本の皇室関連の古墳と同じく、周囲から見るだけだ。地下に遺体を収めた石室があるらしいが、発掘していないのか、単に観光客は入れてくれないのかは不明。

長陵  明国 13代永楽帝の陵墓   ChangLing

バスは長陵を出ると、農村地帯を走る。10分程度で次の目的地らしきところに停まる。土産物屋だ。中国人が喜々として中に入っていく。入口付近は宝石関連の店。出口の方に、みやげ物関連が売っている。西安の中国人現地ツアーと同じ展開だ。悪夢が頭をよぎる。まあ、土産物屋に巨大な冷房がついていたので、そこで十分涼むこととする。
土産物屋から外に出る。なにやらフェンスに囲まれた丸い池がある。フェンスのところに、ベンチと屋根がついている。ベンチに座って桃やその他の果物を食べている人が多数いる。だから小汚いのである。ほぼ全員が、果物の皮や種を地面に投げ捨てている。真ん中の池に放り込む人もいる。「果皮箱(=中国ではゴミ箱をこう書いてある)」があるにもかかわらず、そこに入れる人は皆無だ。
ガイドに聞いてみると、バスは17時30分に出発するようだ。向うに「見所」があるから行ってくるように言われる。「見所」とは何なのだろうか?まさか「スーパー土産物屋」じゃないだろうね。
歩いていくと、「定陵(ディン リン)・地下宮殿」と書かれている。「地下宮殿」。頭の中に再び悪い予感が走る。西安では、「秦皇地宮」なる小学生の夏休みの宿題レベルのおもちゃを見せられた。(でも、中国人にとっては興味津々の物のようだが…)
まあ、ここまで来たのだから、はずれを覚悟で入ってみる。入場料45元。超有名な八達嶺並みの自信の価格だ。(期待していいんだろうな→中国人)
中は、先ほどの長陵とほぼ同じつくりではないか。こちらの方が少し大きいが…。こちらは明王朝代13代皇帝 「万歴帝(ワン リー ディ)」の墓らしい。閉園時間が間近に迫っているため、見物客はほとんどいない。さて、地下宮殿とやらはどこにあるのだろうか。当然、墳丘の下にあるのだろう。これまた、長陵とそっくりの形をした「位牌のような石碑」を収めた建物があり、こちらはその中には入れるようだ。中に入る。さあ、地下宮殿だ。と思ったが、なぜか、階段があって上へ。陵墓の横に出る。こちらは陵墓の上に遊歩道がついていて、頂上に登れるようになっている。頂上まで登ってみる。建物がある。ガラスのドアが閉まっているが、鍵はかかっていないようだ。中に入ってみる。ひんやりした空気が下から上がってくる。階段をどんどん下りると、地下4階か5階くらいの深さのところにある巨大な部屋に出る。じめっとした冷たい空気があたりに満ちている。数人の観光客が歩いている。奥に、巨大な部屋があり、アクリル版に囲まれた棺が置いてある。説明書きを読むと、棺などはすべて模造品だそうだ。壁面は、コンクリート製? かなりの面積に補修の跡が見られる。
反対側の空間に行ってみる。上へ上る別の階段が…。これで全てのようだ。奈良の明日香にある「高松塚古墳」のように壁画で飾られた石室を期待していたが、単にねずみ色の化粧石で覆われた地下空間だ。(それも、観光用にほとんどが復元されたり修復された物)
ガッカリ度は「秦陵地宮 > 定陵・地下宮殿」なので、まあ、無駄でもなかったか。

バスは、18時ごろ出発した。ガイドさんは、ここで業務終了。まだ若いガイドさんだが、熱心に観光地の説明をしてくれたので、乗客から拍手が起こる。バスは八達嶺高速公路を南下し、19時ごろ前門に到着。110路の公共汽車に乗り米市大街のバス停まで行く。東安市場(ショッピングセンター)に行き、点心店に入り、その後デパートの中にある吉野屋で牛丼(10元)を食べる。


JULY 8 北京(直轄市)
BEI JING - CHINA(北京、中華人民共和国)
7時起床。食堂で朝食を食べ、何故か再び部屋に戻り休憩。(冷房が効いていて気持ちいい)
10時ごろ、米市大街のバス停から110路に乗り、終点の天橋まで行く。天壇を見に行こうと思う。バス停の前は、うっそうと茂った森が見える。天壇公園(ティァン タン ゴン ユァン)だろう。だが、入口が見つからない。10分ほど南に行くと、入場門があった。35元払って入場。木がうっそうと茂った公園だ。どんどん東に行くと、10分程度で中央の大通り(丹陛橋)にぶつかる。大通りに上ってみる。北にはCNNでニュースの合間に出てくるあの丸い寺院のような物がある。南側にも、小さい丸い建物がある。入場券は、切り離し式になっており、南の円丘から見るようになっているようだ。まず、南に向かう。小さい丸い建物(皇窮宇)を通り過ぎてすぐのところに円丘がある。大理石で出来た円形のステージのようなところで、最上段の中央にある中心石がたいそう人気だ。たくさんの人が記念写真を撮っている。ガイドブックに拠れば、皇帝が天に祈りを捧げた場所だそうだ。

天壇公園  祈年殿  TianTanGongYuan

円丘の東西には、巨大な柱を立てていた基礎が残っている。恐らくたいまつでも燃やしたのだろう。
北にある丸い建物 「皇窮宇(ファン チョン ユ)」に入る。皇窮宇を取り巻く、これまた円形の壁(回音壁)が人気のようで、たくさんの人が壁に話し掛けて、音の反響を楽しんでいる。皇窮宇の内部には、位牌のような物が納められている。(本当は、円丘で祈願が行われるときに、位牌を納めるための建物が皇窮宇だそうだ。)

皇窮宇を出て、大通り 「丹陛橋(ダン ビー キャオ)」を北に向かう。3層の巨大な円形の建造物「祈念殿(キ ニァン デァン)」が近づいてくる。面白い形の建物だ。入場ゲートを通り抜けると、右側に牛の石像がある。近づいてみる。暖炉のような石の基礎の上に、牛の石像が置かれている。傍らの説明文によると、確かに火を燃やすところのようだ。牛の丸焼きでも表現しているのだろうか。
祈念殿の中を覗いて見る。その辺りの寺院と変わらない風景だ。説明書きに拠れば、歴代の皇帝が、正月に五穀豊穣を祈ったところのようだ。

さて、世界遺産の見るべきところは見た。天壇公園から先ほどバスを降りた大通り(前門大街)に出る。ちょうどやってきたバス2路に乗り込む(1元)。前門で降りる。マクドナルドに入る。前門大街で配っていた割引券を使ってセットメニューを食べる(16.5元)。

天安門  TianAnMen

食後、天安門広場へ。ここへ再びやって来た理由はただ一つ。子供が持っているような、小さい中国国旗を昨日入手した(道端で拾った)ので、それを持って、記念撮影したかったからだ。天安門の直近に行く。人民解放軍の兵士が近くにいないことを確認する。カバンから国旗を取り出し、天安門の前に立って旗を頭上高く振る。写真をとってもらう。
まあ、この国の旗だから捕まらないとは思うが、場所が場所だけに、ひやひやした。(ここで、中華民国の旗やチベット独立運動の旗を振ったりしたら、即逮捕だろうね。日章旗でも恐らくダメだろうな。)

再び前門に戻る。ちょうど「頤和園北口」行きの808路公共汽車が通りかかる。乗り込む。この路線は、北京交通導遊図には載っていない路線だ。最新式のきれいなバスで、冷房もばっちり効いている(液晶のテレビも付いている)。郊外に行くバスなので、数箇所おきのバス停に停まっていく。西単(繁華街)〜北京動物園〜中関村〜北京大学前 と通過して、約1時間30分で頤和園(イ ヘ ユァン)北口に到着。最初大混雑だった車内は、中関村あたりでほとんどの客が降りてすっきりとした。人民大学あたりでは、「VIA 処理器 中国芯」と書かれた看板が大量に設置されていたのには驚いた。漢字で書くと、随分ダサくみえる物だ。

頤和園  四大部洲 (チベット式建築)
YiHeYuan  tibet like building

さて、意外に時間がかかって、4時ごろに頤和園北門に着いた訳だが、短い時間で頤和園を見れるのか心配だ。入場門で45元払って中に入る。目の前には、チベット風寺院の建物が建てられている。まず、小さな池のようなものにかかる橋を渡る。ちゃちな作り物の船や土産物屋が池のほとりにある。寺院風の建物に登ってみる。コンクリートで作られたレプリカのようである。香港のタイガーバームガーデンのような物だろうか。案外新しい。で、寺院風建物を越えて丘の向うに出ようとするが、出口が無い。仕方なく、再び下まで降りて入口から向かって左の方向の山道を登る。
蒸し暑い天気なので、大量の汗をかいて丘を越え向こう側に出る。巨大な池(昆明湖)がある。陸には何棟かの建物群が並んでいる。観光客がたくさんいるのがみえる。池の横まで下りてゆく。平屋の建物がぱらぱらと建っており、その間を屋根つきの回廊が結んでいる。ほう、これが中国一長いといわれている回廊か。鉄筋コンクリート製の柱に見えるのは、私だけだろうか。池沿いの売店でアイスクリームを買って一休みする。丘の上には霧にかすんで佛香閣(フォ シァン ゲ)の塔が見える。すでに閉館間際の時間にもかかわらず、かなりたくさんの人がのんびりと歩いている。先ほどの回廊まで戻り、さらに西に行くと、木造風の回廊が延々と続いているところに出る。手すりは、プラスチックのようだ。
う〜ん、世界遺産ってこんなレベルの低い物でよかったのだろうか。コンクリート製のレプリカや、プラスチックの手すり…。まあ、雰囲気だけ「再現」したという事なのだろうか。でも、どうせなら、建造当時の木造にして欲しかった。

頤和園  鐘亭  YiHeYuan  bell house

いくつかの建物の周りをめぐって、佛香閣の西の丘を越えて出口へ向かう。先ほどとは違う出口に出る。下町の小道を10分ほど東に戻ると、来たときに通った入口の前に出る。さて、市内に戻るバスを探さねば。
バスを降りた辺りに行ってみる。運良く808路が停まっている。まだ誰も乗っていないようだ。西単(シー ダン)までと車掌に言うと、4元だそうだ。乗り込んで暫く待つと、ちらほらと客がやってくる。バスは18時30分ごろ出発し、19時30分ごろ西単に着く。中国で乗ったバスではもっとも快適なバスだった。

西単の電気街を少し見てから、地鉄に乗り王府井へ。東安市場のセルフサービス式レストランで、朝鮮冷麺を食べる。賓館に戻る。レセプションでミネラルウォーター(2.5元)を買う。

頤和園
約800年前より中国王朝の庭園として使われていたが、18世紀に系統的に整備された、清王朝の夏の離宮。19世紀末に中国に攻め込んだ欧米各国に破壊され、宝物を持ち去られた。20世紀に入って、中華人民共和国政府が復元し一般公開した北京市最大の公園。1998年 世界文化遺産に登録された。
園内バーチャルツアー : http://www.chinavista.com/travel/yuheyuan/b5home.html

JULY 9 北京→广州
BEI JING - CHINA(北京、中華人民共和国)

6時ごろ起きる。 どうも腹具合が悪い。まずい。下痢だ。
6時50分、チェックアウト。(朝食は時間前のため食べられなかった。) 米市大街にちょうどやってきたバスに乗る(1元)。次のバス停の東単で降りる。歩道橋を渡って、地下鉄の駅に下りる。地下鉄も運良くすぐにやってきた(3元)。およそ15分で、軍事博物館站に到着。降りる。駅を出る。東西に伸びる大通りの復興路に出てくるが、地図に拠れば北京西站は南のほうにあるはずだ。通りがかりの人に聞いてみる。西へ向かう。南に向かう大通りがある。はるか向うに北京西站の巨大なビルが見える。
腹具合はますます悪くなってくるが、あと30分で列車が出発する。ぐずぐずしていられない。

冷や汗をかきながら、約1.5kmの道を小走りに歩いてゆく。7時50分、站の入口に到着。列車は8時きっかりの出発だ。間に合うのだろうかという考えが頭をよぎる。コンコースの候車室の案内電光掲示板にT15 广州行きを見つける。第7候車室。エスカレーターを駆けあがり、候車室に何とかたどり着く。すでに改札が始まっているようだ。短い列が出口に続いている。階段を下りてプラットホームへ。8号車を探し乗り込む。まもなく、定刻通り列車が発車する。何とか間に合った。最後の関門のトイレに向かう。こちらも間に合ったようである。

BEI JING -> GUANG ZHOU(列車:北京→广州)

鄭州(ZhengZhou)站

列車は特別快速だけあって、ほとんど駅に停まらない。今回は軟臥(1等寝台車)なので快適さを期待したが、これが大きくはずれであった。
硬臥はコンパートメントの仕切りが無いため、乗客はある程度遠慮しあって乗っているが、コンパートメントに扉がある軟臥は乗客によっては最悪の状態となる。私が乗ったコンパートメントには、おっさん2人が乗っており、常時室内でタバコを吸いまくって、大声でじゃべり、携帯電話もひっきりなしに鳴っているというとんでもないやつであった。傍若無人の中国人恐るべしである。

北京西站を出た列車は、常に100km/h近くの速度を維持し、次の停車駅は鄭州(ツェン ジョウ)で14時30分ごろの到着であった。列車内についている電光掲示板では、外気温 42℃だそうだ。体温をはるかに突破した温度。站に停車したときに外に出てみる。確かに暑いが、暑さの程度が限度を越えているため、「死ぬほど」暑いかといわれればそれほどでもない。

コンパートメントの中は、休まるような状況でもなく、通路の簡易椅子に座って夜まで過ごす。硬臥にすればよかったと後悔する。


JULY 10 广州(广東省)→香港
GUANG ZHOU(广州、中華人民共和国)
朝起きたらすでに广州郊外に近づいていた。雨が降ったようで、車窓から見える水田が水であふれているところもある。定刻より45分遅れの、8時45分に广州(グァン ジョウ)站に到着。列車から降りて、地下通路に下りる。通路に深川(シェン ツェン)行きの列車の切符を売る售票処がある。10時25分発の深川行きの車票を売っている。2時間近く先のやつである。バスにしようと思う。

站を出る。半年前には存在しなかった地下道が站前に出来ている。流花車站に行くのにあの危険な横断歩道を渡らなくていいということだ。地下道を通って、流花車站へ。1階の售票処で深川行きの切符を買う。60元。列車より15元安い。(が、30分余計にかかる) 深川行きの乗り場に行くと、すでにバスが発車寸前。運転手が、まだ乗れるのでぜひ乗れという。車内はどう見てもいっぱいだ。後ろのほうの席の子供を親の席に3人掛けで座らせて私の場所を作ったようだ。9時にバスが出発する。

バス(天狗巴士)はノンストップで深川をめざす。つい数日前に通過した台風のために、車窓に見える看板が所々で吹き飛ばされている。

SHEN ZHEN(深川、中華人民共和国)

深川河の境界。向うは中国、手前は香港
ShenZhen boarder river

電子・情報機器の工場が密集している東莞(ドン ワン)市を通り過ぎ、深川の市街地に入る。経済特区の検問所に停車する。国境警備隊が乗り込んでくる。乗客の旅行許可証を調べていく。外国人は、パスポートですんなり通ることが出来る。
今回は1人が引き摺り下ろされていった。

郊外の何箇所かの停留所に停まり、海岸沿いに走る。落馬州の停留所に停まったが、降りる人はほとんどいなかった。11時ちょうどに羅湖商業城のバスターミナルに到着。

羅湖商業城の大快活で朝食兼昼食を食べる。香港のジャンクフードを食べるのも久しぶりだ。大快活を出る。2階の歩道橋の上から深川の街を振り返る。ほんの2週間の中国の旅も、たった今終わろうとしている。さらば中国。

羅湖口岸のビルに入る。中国の出境審査に並ぶ。30分程度で突破。羅湖河を渡って、香港の入境審査へ。なんと、長蛇の列が出来ている。いつになったら順番がまわってくるのかわからないくらい、進む速度が遅い。1時間ほどかかって入境を突破する。すぐ前がKCRの站だ。旺角まで33HKDで切符を買う。いきなりの物価上昇に少々戸惑う。
九廣鉄路の列車は13時30分ごろ羅湖を出る。車内はガラガラ。およそ30分ほどで旺角へ。