トルコと東欧 旅日記 : マルマリス - ロドス - イスタンブール

June 29, 2000 (Thursday)

Bus : Selçuk -> Marmaris (セルチュク → マルマリス)

バスの予約に、とりあえずオトガルまで行ってみる。マルマリス(Malmaris)行きのバスは10時15分発らしく、2人で10 million TRL だった。
ホテルに引き返し、荷物をピックアップして再びオトガルへ。途中のお菓子屋さんで、Lonely Planet Turkey の表紙に出ているキャンデーと同じものが売っていたので買う。(ストロベリー味のゼリーといったところだろうか)

マルマリス(Marmaris)行きのバスは、かなりぼろかった。ベンツで無く三菱製の中型バスで、シートピッチも狭く乗り心地が悪い。(やはりベンツで無きゃぁだめだと思う)
セルチュク(Selcuk)から南へ向かう道路はがたがたで、上り下りも激しい。私たちが乗っていたバスは、パワーが無いのか坂道に差し掛かるととたんにのろくなり、トラックや大型バスに追い抜かれてゆく。急な坂道では止まるんじゃぁ無いだろうかと思うほどのろくなり、心配だ。

1時間から2時間に1回程度休憩が入る。このバスでは水や香水のサービスは無い。やはりサービスレベルはバス会社によってだいぶ違うようだ。

13時30分ごろ、ムグラ(Mugla)で降ろされ(このバスは フェティエ Fethiye 行き)、パムッカレ(Pamukkale)バス会社の大型バスに乗り換える。やはりベンツのバスの乗り心地は最高だ。14時20分、マルマリス(Marmaris)郊外のオトガルに到着。オトガルからはセルビスで市内中心部のタンサス・ショッピングセンター(Tansas Shopping Centre)まで運んでくれる。

Marmaris - Turkey (マルマリス - トルコ)

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さて、ロドス(Rodos Ροδοσ)行きのフェリー探しだ。

海のほうに歩いてゆく。コルドン(Kordon)通りとバザール(市場)の間の道沿いに旅行会社(Seyahat Acentasi)を発見。早速入って、今日ロドス(Rodos Ροδοσ)行きのフェリーが無いか聞いてみる。ラッキーなことにあるそうだ。早速チケットを買うが、そのシステムがややこしい。
私は往復のオープンチケット(Open Return Ticket)チケットを買い、 Cさんは片道のチケットを買った。行きのチケットはすでに乗船券(Boarding Pass)でチェックインの必要が無いようだ。(船に乗ってはじめて分かった事実だが...)
帰りのチケットは、港に旅行会社の社員がいるので彼からチケットを貰って欲しいと言われる(バウチャーのような小さな紙を渡される) ちなみに往復のオープンチケット(Open Return)は 37.2 million TRL。

現在時間は15時。15時30分に港に行けと指示が出る。えっ! 30分しか無いじゃん!

とりあえず、早歩きで港の方へ。ここでLonely Planetを持っていなかったら、港にたどり着けない。町のすぐ前に見えている港は、国際フェリー用の港で無いようだ。入り江に沿ってぐるっと回り込んで、(途中で山道も少しあったりして...)やっとの思いでフェリーターミナル(単なる小屋)に到着。

急いできたのに、15時30分になっても何も始まらない。16時ごろ、旅行会社の社員らしき人物から、先ほどのバウチャーを別のバウチャーに交換してもらう。(チケットはロドス島で交換するようにと言われる)

これから乗る Flying IBISCUS はどうも遅れているらしく、出発予定の16時30分になっても到着しない。ハイドロフォイルは、17時になってやっと登場し、すぐに乗客を乗せて出発した。

昨年アテネ近辺で乗った MINOAN のハイドロフォイルよりだいぶぼろいようだし、冷房すらない。よって、船内は蒸し風呂のような状況だ。

ギリシアとトルコが仲が悪い(領土問題もあり...)のは周知の事実だと思う。それに加えて、物価の格差により、ギリシア側からトルコへ大量の観光客や住民が買い物に流れないようにギリシア政府が画策しているというのも、現実味を帯びたうわさだ。 ギリシアは、トルコ船籍の船でのギリシアへの出入国を認めていないとか、ギリシアのまともな船をトルコとの間の航路に就航させないとか、国境を越える航路が極端に少ないとか。 ちなみに、Port TAXと称して、ギリシアからトルコに行くときに2回(双方の国が)、約 10 USD ずつ徴収する。団体ツアー客からは取らない。個人客からぶん取る。

Rodos/Ρόδος - Greece/Ελλάς (ロドス - ギリシア)

(いるかのマークの)ハイドロフォイルは、1時間でロドス島(Rodos Ροδοσ)に到着。船から下りるとなんだかぼろい入国審査場。(トルコのほうは冷房も効いていたが、こちらは冷房が無い)
やっとギリシアに上陸。

ほぼ半年振りに、ギリシア文字の国に再上陸。(懐かしい)

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騎士団の道、ロドス旧市街
Avenue of Knights, Rodos

目の前には旧市街の壁がある。あのローマ騎士団が最後までろう城できた、丈夫な壁だ。どこから中に入るのだろうか?
本当は、右に行けばすぐに門があったのだが、左に行ってしまい、はるか遠くの門から入ることとなってしまう。

私はギリシアのガイドブックを持っていなかったので、Cさんの持っているLonely Planetを頼りに安宿を探して歩く。さすが観光の島というか、安宿っぽくても平均相場 10,000 GRD 位する。結構うろちょろと探して、やっと7,000 GRD の宿を見つける。まあ、安いほうではないだろうか。すぐ近くには Rodos YH があったのをかなり後になってから発見する。

宿の主人は、宿泊費は前払いと言っていたが、現金をまったく持っていない。宿の主人の案内で、Cさんは両替所に、私はATMに行く。それで宿代を支払う。

この街で最初にすることは、私とCさんの次の船の予約だ。まず私のバウチャーを何とかしないといけない。(まさか、バウチャーのままでは船に乗れないだろう)
新市街に出る。適当な旅行会社に入りどうしたものか聞いてみる。何軒か回って、結局トルコ領事館近くのこのバウチャーを発行した旅行会社に行ってみるしかないようだ。住所を頼りに新市街を右往左往。やっとのことで旅行代理店を探し当て、予約完了。まったくもってややこしいシステムである。

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ロドス旧市街の夜 Rodos Old City at night

さて、次にCさんのアテネかミコノスへのフェリーの予約の件で、その旅行代理店に聞いてみる。そこでは扱ってないらしく、港のそばの旅行代理店で扱っているだろうとの話をしてくれる。
Cさんと相談して、明日の朝に港のそばの旅行代理店に行くとこにする。

外はまだ明るいが、実は夜の9時ごろなので、夕食を食べに行かないといけない。だが、ここは西ヨーロッパのギリシア。トルコから来た身には非常につらい高物価。
結局、ギリシア資本のファストフード店 Goodys に入り、夕食。1,300 GRD 程度。

June 30, 2000 (Friday)

Rodos/Ρόδος - Greece/Ελλάς (ロドス - ギリシア)

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リンドス Lindos

泊まっているペンションでは朝食は出ないので、新市街のカフェ(Cafe Central)に朝食に出かける。その後、Cさんのフェリーチケットを買いに港へ。港の入り口にある旅行代理店でフェリーを予約する。明日の夕方16時出航で、あさっての朝7時にパトラに到着する便だ(C&Aフェリー)。

再び新市街に引き返し、(途中でATMに寄る) バス停へ。Lonely Planet にはバス・ステーションが East と West に分かれているような書き方をしているが、実はほとんど同じ位置にある。
超おんぼろのバスが止まっていて、行き先がラルゴス(Lardos Λαρδοσ)となっていたが、運転手に聞いてみるとリンドス(Lindos Λινδοσ)を通過するらしい。
10時30分、50%ほどの客を乗せて出発。料金1,000 GRD。かなり郊外の停留所で大量の欧米人が乗り込んでくる。おそらく団体ツアーで来た客が、フリーの時間を利用してリンドスに出かけるのだろう。
1/3位の客が、途中のビーチで降りて行き、ほとんどすべての客がリンドス(Lindos Λινδοσ)で降りた。

Lindos/Λίνδος - Greece/Ελλάς (リンドス - ギリシア)

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リンドスの海岸 beach, Lindos

バスはものすごく狭い道を下って、行き止まりのところで客を降ろす。タクシーと観光バスなどが入り乱れ、狭いバス停の周りだけが混乱している。リンドスまで1時間ちょっとかかった。

見上げると砦(いや、神殿かな?)があり、白い家がその周りにくちゃくちゃとくっ付いていて、眼下にはビーチが広がる。「いやぁ、まさしくエーゲ海だねぇ。」と言った感じのところだが、人もまたうじゃうじゃといる。(この時期なので、アジア人はまったくと言っていいほど見かけないが、実はハイシーズンの始まりの季節だ。)

まずは、下のビーチから。一面のパラソルがすべて使用中なほど込んでいる。海に入っている人はほとんどいない。数人の子供が遊んでいるくらいだろうか。
手の届きそうなところに魚が群れをなして泳いでいる。

しばらくビーチにいた後、崖を登ってリンドスの町へ。さらにそこを通り過ぎて、神殿(Acropolis of Lindos)へ向かう。

Cさんは動物が嫌いなので、大変である。この町では観光用にロバが大量にいるからだ。

炎天下、30分ほど登山すると神殿のふもとに到着する。入場料は1,200 GRD。

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リンドスのアクロポリス Acropolis, Lindos

青い海をバックに、白い階段と白い柱がとても美しく浮き出ている。パルテノン神殿などと比べると保存状態はよくないが、この場所に建っているからこその美しさは、向うとは比較にならない。
神殿の周りは、城壁がめぐらされており、砦でもあったのだろう。(2つの建造方式がかなり違うので、ギリシア人が最初に神殿を作り、のちのローマ人が地の利を生かして砦としたのだろうか)

雲ひとつ無い青い空にもかかわらず、黒い雨傘をさした老人が通り過ぎる。なんともすごい組み合わせだ。
それにしても、欧米人は日傘と言うものを使わないらしく、トルコやギリシアでも日傘をさした女性を見かけることは無かった。

次に、町である。この町もまた古い時代からの遺跡的な家を含んでいるそうだ。町は迷路のようだ。メディナとまではいかないが、迷いそうになってしまう。

カフェでジェラート(800 GRD)を食べ、バス停へ。バスはなかなかやってこない。バス停の真中に立っている大木のふもとに座っていたシリア人カップルと私たち4人でタクシーをシェアすることとした。(タクシーの運転手がロドスまで5,000GRDと言っていたので、1人当り1,250GRDだ。バスより25%高いだけで座席は確実だ)

少し古めのベンツのタクシーは、100km/hを越えるスピードでロドス市街に向けて北上する。たった30分でロドス(Rodos Ροδοσ)新市街のタクシー・ステーションに到着。

Rodos/Ρόδος - Greece/Ελλάς (ロドス - ギリシア)

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ロドス旧市外の城壁 騎士団長の宮殿の下
Wall of Rodos, under the Palace of Knights

昼食は、サラダなどをロドス新市街で食べる。(城壁内の旧市街は、高い)

旧市街を囲む城壁は陸側で2重となっており、その間を歩くことができる。確かにイスラム圏のど真ん中にありながら、最後まで抵抗したローマ騎士団の秘訣はこの丈夫な城壁にあったのだろう。コンスタンチノープル(現在のイスタンブール)の城壁よりはるかに丈夫そうだ。

街を半周して、街に入る。ここで(旧市街の南側の)新市街のネットカフェに行ってみる。

夕刻、グランド・マスターの宮殿( 騎士団長の宮殿 Palace of Grand Master)を見物する。内部はほとんどの部分が復元されたものだが、当時の雰囲気が伝わってくる。イタリアから贈られた壁飾りや、日本の天皇から贈られたらしい壺(中国のものに見えたが)が飾られている。入場料は600 GRD。ちょっと割引を使ってみた(?)。

グランド・マスターの宮殿を出て左側の道が、イポトン通り(Avenue of Knights / Ippoton)。各国から召集された兵隊が、所属国ごとに隊舎を構えていたとでもいうのだろうか。かなり頑丈そうな石造りの建物が並んでいる。この通りは土産物屋がまったく無いのですっきりしていていい雰囲気だ。(特に夕暮れ時がきれいだ)

新市街で夕食(金が無いので、またもや Goodys)を食べ、夜の旧市街を散歩する。表通り以外は店も無く、昔のままの雰囲気を残している。オレンジ色の街灯が、石畳に反射して街の雰囲気が神秘的に見えてくる。

ちなみに、ギョレメ並に星が見えたかと言えば、No!である。ここは日本の片田舎並に街灯などがあり、夜空も明るい。

July 1, 2000 (Saturday)

Rodos/Ρόδος - Greece/Ελλάς (ロドス - ギリシア)

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考古学博物館 Archaeological Museum

朝食は新市街のカフェで。メニューにAmitaという飲み物があるが、昨日これがフルーツジュースであることが分かった。店員にジュースの種類(たとえばオレンジとかミックスとか)を言わないといけないようだ。

私は手持ちの GRD が 2,400 GRD しかないので、これで昼食まで持たさないといけない。
朝食後、ロドス港の入り口にある彫像を見に行く。
「近ツー」の世界遺産の本によれば、現在は鹿のブロンズ像が建っているが、紀元前4世紀には太陽神ヘリオスの巨像(高さ30m)が聳え立っていたらしい。

11時までにチェックアウトしないといけないので、とりあえずペンションに戻る。荷物を預かってもらい、再び街へ。
今まで通っていない小道を散策して歩く。騎士団の宮殿横のゲートのところで、絵描きがポートレートを描いている。結構上手なのでしばらく見ている。

そういえば、この季節にもかかわらず日本人団体ツアーを1組だけ見かけた。年配の人5人くらいのツアーだったが、普通の日本人にこの暑さはつらいだろうなぁと思った。(男性がスーツを着ていたのにも驚いたが...)

14時、ペンションに荷物を取りに戻る。おばあさんが一人テラスにいて、ギシシア語で「カリメラ」とだけ会話を交わして別れてきた。(たぶん英語はだめなのだろう)

3時少し前にフェリーターミナルに到着。Cさんとお別れだ。(彼女はアテネに行く)
昨日貰ったバウチャーをターミナルにやって来た旅行代理店の職員に渡すと、ボーディング・パスをくれた。 Port TAX 3,000 GRD 必要だと言ってくる。(手持ちのドラクマは、100位しかないのに...) 港の両替所で 10 USD を 3,300 GRD 位に換金して支払う。ここの両替所は TRL も扱っているめずらしい両替所だ。

昨日はべた遅れだった Flying IBISCUS は定刻より5分前の 15時25分に出航した。港内に停泊する大型フェリーの間を縫って一気にスピードを上げる。船内が蒸し風呂のごとく暑いのは、昨日と同じであるが、やけに欧米人ツアー客は元気だ。

Marmaris - Turkey (マルマリス - トルコ)

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マルマリス港に立つアタチュルク像 Marmaris Marina

ハイドロフォイルは定刻どおり16時30分にマルマリス(Marmaris)港に到着。船内でトルコのPort TAX 10 USD を徴収されたのは、アメリカ人2人と私だけだった。(ということは、200人は乗っていると思われるハイドロフォイルの乗客で、団体ツアー以外はたった3 人だと言うことだろうか?)

入国審査を難なくクリアし、ほぼすべての乗客が観光バスなどに乗って(涼しそうに)港を立ち去る中、ただ一人歩いて港を後にする。
ぎらぎらと照りつける日差しの下、マルマリス市街地まで20分ほど歩く。

タンサス・ショッピングセンター(Tansas Shopping Centre)の手前にパムッカレ(Pamukkale)バス会社のオフィスがあった。今日イスタンブール(Istanbul)へ行けるかと聞くと、チケットはあるらしい。価格は 15 million TRL。切符は 14.9 million なのに、保険(?)が 0.1 million くっ付いている。そんなに危険な道なのか、ぼったくりなのか?

セルビスは20時30分なので、しばらく街をうろうろする。まず腹ごしらえに、隣にあるバーガーキングに入る。
その後、バザールをうろうろしてみるが、おみやげ物を買わない私には、まったく興味の湧かないところだ。これと言って見る所も無さそうなところだし、バス会社の待合室で時間をつぶす。
すぐ前のどぶ川で釣りをしている人がいる。えさがパンでは、釣れないだろう...。

Bus : Marmaris -> Istanbul (マルマリス → イスタンブール)

セルビスは少し遅れて20時50分ごろやってくる。オトガルに21時ちょっとすぎに到着。バスはまだ待っていてくれた(当たり前か...)。

バスはベンツ製の O 403 型で、テレビはついていない。サービスはネフ・チュール(Nev Tur)バスを少し悪くしたくらいだろうか。

隣に座った兄ちゃんは、今日イスタンブールへ行こうと思ってバラン(Varan)バスのオフィスに行ったがあいにく売切れだった。この会社だけが座席が空いていたとのことだ。サービスのレベルが他の2社より悪い会社らしい。
彼が言うには、バラン(Varan)、メトロ(Metro)、ウルソイ(Ursoy)などがいいらしい。中にはトイレを車内にもっているものもあるらしい。ほんとかどうか知らないけど、パーソナルテレビもあるらしい。(ほんと?)

バスは非常に悪い道をかなりのスピードで走ってゆく。隣の兄ちゃんの話では、この区間でかなりの事故が起こっているらしい。(それで、保険がついていたのかな?でも、最大保証は 10 billion とか書いてあったので、結構少ないと思うがねぇ、日本人にとっては)

July 2, 2000 (Sunday)

Bus : Marmaris -> Istanbul (マルマリス → イスタンブール)

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ヤロバ港のフェリー Ferry at Yaloba

朝起きたら、どこかの港からバスごとフェリーに乗るところだった。港の名は トプクラル(Topclar)。ヤロバ(Yaloba)の郊外で、マルマラ海(Sea of Marmara)をショートカットしようと言うことらしい。

7時45分、フェリーが出航する。カフェに行って、朝食が食べたいと言うと、サンドイッチと紅茶が出てきた。1.5 million TRL。ほんの1時間弱で対岸のゲブゼ(Gebze)に到着。ここからイスタンブール郊外の非常に整備されたハイウェーを走る。
9時過ぎ、ハレム(Halem)のオトガルに到着。半分くらいの人が降りてゆく。ここからボートに乗ってヨーロッパサイトに行くこともできそうだ。

そのままバスに乗っていると、9時50分イスタンブール・オトガル(エセンレル・オトガル)に到着。

Istanbul/İstanbul - Turkey (イスタンブール - トルコ)

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スルタンアフメト・モスク(ブルー・モスク)
Sultanahmet Camii (Blue Mosque)

地下鉄(250,000 TRL)とトラム(250,000 TRL)に乗り継ぎ、スルタンアフメット(Sultanahmet)で降りる。ホームで Lonely Planetを取り出してみていると、どこからともなく日本語をしゃべるトルコ人参上。(あやしい) 彼がいいホテルを紹介してやると言うので、とりあえずついて行ってみることとする。
彼はスルタンアフメットの一番高級そうな通りにある、結構いいホテルに連れて行ってくれた。まあ、究極の安宿を探すならこんな高いところは泊まれないが、 35 USD でかなり清潔で整った部屋に泊まれる。この街では普通レベルだと思ったので、そこに決める。

彼の職業は通訳らしい。知り合いの店でお茶でもご馳走するとのことなので、どうせひまなのでついていってみる。
なんとそこは絨毯屋。絨毯屋の主人も日本語が堪能で、奥さんが日本人らしい。私はみやげ物には興味が無いといっているのに、「文化を理解するためには、絨毯が必要だ」などと持論を押し付けようとするこの店主には辟易とした。

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エジプトバザール
Spice Bazaar (Egyptian Bazaar)

早々に退散し、トプカプ宮殿(Topkapi Palace)へ。入場料 4 million TRL。結構期待したのだが、それほどでもなかったと言っておこう。
ここで最悪だったのが、宝物を展示している一部の建物の空調がおかしいのか、薬品に汚染されているのか知らないが、非常に目が痛くなる(涙が出てくる)ことだ。これは、強烈な防虫剤などの化学物質によって引き起こされていると思うのだが、あまりにも配慮が足らないと思った。(数多くの国を回って、初めての貴重な体験だった。)

なんだか不完全燃焼のまま、宮殿を後にする。ホテルに戻る途中で、またしても別の絨毯屋(彼は日本語を話せない)につかまり、絨毯の話は適当に切り上げさせたが、一緒に食事に行こうと言い出す。

地元民が行く、DoyDoyというレストランに行く。そんなに安いと言うわけでもない価格設定だ。1階でたくさんの人が食べているが、彼は2 階に行こうと言い出す。ふと頭の中を「睡眠薬強盗」の可能性ありとの警戒感を感じた。私は1階でしか食べないと言い張り、もっとも多数の視線の集まる席を選んだ。飲み物も、細工を加えにくい缶入りのコーラを注文。とりあえず、この場は切り抜けた。(食事の味など、覚えていない)

いっしょにスルタンアフメットまで帰ろうと言ってきたが、一人で帰りたいと言って彼を振り切る。スルタンアフメットのより海に近い道のほうをとおってゆく。サイバー・カフェがあったので入る。

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ギュルハネ公園からボスポラス海峡を眺める
Gülhane Park

その後、ホテルで昼寝(もっとも暑い13時から17時は昼寝に限る)をしてから、宮殿横のギュルハネ(Gulhane)公園へ。日曜だからだろうか、大量のトルコ人が散策している。海に出る。岸壁に、こちらもまた大量のトルコ人。金角湾(Golden Horn)を行き交う船を眺めている。

シルケジ駅(Sirkeci Station)前のレストランで、ドネル・ケバブ(1.75 million TRL)を食べ、ホテルへ。ホテル入り口横の旅行代理店に、日本人らしき男性がいたので声をかけてみる。
彼は、ロシアを旅している芸術家らしかった。ビザが切れると第3国に出国して、ビザを得て再びロシアに戻るらしい。ロシア語は話せても、なぜか英語は話せないという、すごい芸の持ち主でもある。
彼の感想では、イスタンブールは物価が「高い」らしい。ロシアの田舎と比べると、まあ、そんなものかなぁと思う。彼の話によれば、RZD (ロシア鉄道)の外国人料金はどうも廃止された模様だ。今まではロシア人の2倍以上払わされていたので、まずは喜ばねばならないだろう。

彼と話していると、日本人の女の子がトルコ人に伴われて、旅行会社の地下室にちょろちょろと出入りしている。23時過ぎになって、彼らの車で泊まっているホテルまで送ってもらっていたが。
「これは結構怪しいぞ」とうすうす思うようになっていたが、この話については明日の欄に記述する。

その夜、ホテルは停電した。(周りの建物も、みんな停電した)

July 3, 2000 (Monday)

Istanbul/İstanbul - Turkey (イスタンブール - トルコ)

ホテル横の旅行会社に行く。空港までのシャトル・バンがあるので予約する。3 million TRL。アクサライまでトラムに乗り、空港バスで行くと 2 million TRL なので、楽できる分が 1 million TRL と考えられる。

地下貯水池(Underground Water Tank / Cistern)に行こうと思い、アヤ・ソフィア(Aya Sofya / St Sophia Temple)の前を横切ると、どこからともなく(親切そうな振りして)トルコ人が近寄ってきた。
1人目:「AyaSofya はそこだよ(指差して)。そこは出口で、向うが入り口だけど、今日は休みだ。 Water Tank へ行きたいなら今日は 11時から開くよ。それまで、私の店に寄っていかない?」 (バカヤロウ!)
2人目:「Water Tank は 11時にならないと開かない、私の店はすぐそこなので、どうか見ていって欲しい。」(さっさと消えうせろ!)
3人目:「Water Tank のすぐ横の通りに店を持っている。私は信用を大切にするから、売りつけるようなことはしない。旅行の話でもしよう。」(頭どうかしてるんじゃあない?)

まったく、とんでもない地域だ。トラム沿いの地下貯水池(Water Tank)の入り口らしきところへ行くと、なんとそこは出口だった。気を取り直して、入り口へ。入場料 3 million TRL。入り口の所で糞詰まりになっている、欧米人団体客を無理やり追い越して階段を下りる。(こんな入り口で記念写真を撮るために、立ち止まって交通を妨げるとは!)

確かに、地下室だ。タンクと言うより何本もの柱で支えられた地下室と言うのが、正直な感想だ。照明が点いたり消えたり、壊れているのかと思ったら、意図的にそうしているらしい。どこからともなく奇妙な音楽も流れてくる。
ここはトルコのお化け屋敷? ぜんぜん怖くないが、まったくもってナンセンスな演出効果に辟易とする。

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スルタンアフメト・モスク(ブルー・モスク)
Sultanahmet Camii (Blue Mosque)

奥に行ったところに、ギリシア時代の石像を引き倒して、柱の台にしたものがある。ガイドブックなどで、写真がついているあれである。写真集などで何度も見ているせいか、ほとんど何の感動も沸かない。
出口付近には、カフェがあったりして、まったく観光ずれした施設だ。

地下貯水池(Water Tank)を出て、先ほどのアヤ・ソフィア(St Sophia)の前をわざと通るが、今度は絨毯屋どもは寄ってこない。(面白くないじゃないか!)

公園を通り抜けて、ブルー・モスク(Blue Mosque / Sultan Ahmet Camii)へ。こちらは、入場料無料のようだ。(出口に募金箱+集金人がいるので、まあ 250,000 TRL 位払うのが礼儀かな?)
中に入る。これはすごい! 柱のあまりの太さにも、天井のあまりの巨大さにも驚く。天井の周りには、アラビア文字でアラーをたたえる呪文が方向ごとに飾られている。この文字が、また芸術的だ...。
でも、ここって信者はたくさんこないの?ほとんど異教徒ばかりのような気もするが。

ブルー・モスク(Blue Mosque)を出て レキハネ(Reykhane)通りを北へ向かう。途中の小さなモスク Kecicizade Fuat Pasa Camii に入ってみる。管理人がやってきて、中を案内してくれる。1階では信者がぱらぱら現れて、お祈りをしている。2階の壁面には大きなひびが入っている。昨年の地震で壊れたまま、修繕できないようだ。
心ばかりの寄付(たった200,000 TRL 位だが)をして外に出る。

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グランドバザール横のドネル・ケバブ・レストラン
donel kebeb shop, near Grand Bazaar

ブルー・モスク(Blue Mosque)から30分程度歩いたら、トラムの通り(ディワン通り Divan Yolu)を横切るとグランドバザール(Grand Bazaar / Kapalıçarşı)だ。大勢のトルコ人が往来しているが、中に入るとなぜか客は観光客ばかりのような感じだ。
その理由は...。売っているものが、観光客相手のみやげ物ばかりだからだ。
みやげ物や、宝石類にはまったく興味は無かったが、一つだけ気になるものを見てきた。チェス・セット。そう、大理石製(盤も含めて)のものは、欧米で買うと非常に高価だ(品質もいいが)。このマーケットでチェックした結果は、40cm×40cm位のもので、ある程度滑らかな曲線の出た駒が付いて、言い値 100 USD。店を後にするころには、どんどん値が下がり、50 USD となることもあった。
買ったかって? 買うわけ無いでしょう! たとえ 50 USD で購入しても、運送賃は 100 USD 近くするだろうし、大体 FeDex や DHL の代理店を見つけるだけでも大変。それだけの苦労をするなら、インターネットで買うよ。(ちなみに、店から直接発送するほど、観光地の商人を信用できない)

グランド・バザール(Covered Market)を出たところで、ドネル・ケバブを食べる。飲み物も合わせて 1.5 million TRL。

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near Sokullu Mehmet Pesa Camii

さて、ここからマルマラ海のほうへ向かって坂道を降りてゆく。こっちはトルコ人用の食料品店や雑貨品店が並んでいる。学校のような、モスクのようなところ(Sokullu Mehmet Pasa Camii)に入って休憩。小学生くらいの子供に囲まれて、英語の練習台にされる。
しばらく休憩した後、西の方へ行ってみると、ハマムがあった。看板には LADYS ONLY と書かれている。外国人でも行くのかなぁ。
国鉄クムカプ(Kumkapi)駅の近くには、ちょっと高そうなレストランがあったが、その他の(そんなに清潔とはいえないだろうが)食事屋では、ドネル・ケバブなら 250,000 TRL 位で食べられる。安く食事を上げたい人は、こんな庶民の街でいかがだろうか。
東へ、スルタンアフメットの方向へ歩いてゆく。途中、年寄りのおっちゃんが、古い瓶を 10 million TRLで売ろうかと声をかけてきた。古い瓶を欲しがる人がいるのかなぁ。(私なら、100円均一ショップで売っているビンで十分だが)

ハマムを見つけたので、入ってみる。大理石でできた単なるサウナだ。私はサウナでは単にのぼせるだけでめっぽう弱いので、中を見学だけして出る。

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エジプトバザールのスパイス・ショップ Spice Shop at Spice Bazaar

ホテルに戻って昼寝して、17時ごろ、再び行動開始。シルケジ駅方面へ。シルケジ駅前から エジプシャン・マーケット(Egyptian Market / Misir Carsisi)にかけての一帯は、露天がびっしりと建ち並んでいる。すべてトルコ人相手の、日用雑貨売りだ。グランド・バザール(CoveredMarket)より断然こちらが面白そうだ。
目立ったのは、男性用ワイシャツを売っているところや、サンダルを売っているところ、携帯電話カバーを打っているところなど。海賊版Video CD も売っている。英語音声でトルコ語字幕なので日本人でも見れるだろう。表通りでは 2.5 million TRL位するが、奥のほうに行けば 2 million TRL 位に値が落ちる。
狭い通路に人があふれ、なぜかそこを車が通過しようとする。大八車も通ろうとする。混沌とした世界だ。
明日、また見に来よう。

トルコ人ビジネスマンが入っていくレストラン発見。ついて行ってみる。隣の人が食べている、なんだかおいしそうな定食を頼んでみる。(イチミラリ・ケバブ?とか言う名前だった)
羊肉に甘辛いようなソースがかかっていて、付け合せの大量のヨーグルトと混ぜて食べると絶品だ。値段もそれなりにするが...。飲み物とで 2.5 million TRL。

シルケジ駅前のバーガー・キングでソフトクリーム(200,000 TRL)を食べて、ホテルに戻る。

夜になって、なんだか変なミュージックがあたりに流れている。音の出所に向かっていくと、ブルー・モスク(Blue Mosque)だった。変なミュージックに、変な声でストーリーを読んでいる。(トルコ人に聞けば、歴史物語で、日によって上映言語が変わるそうだ) そのミュージックとストーリーにあわせて、ブルー・モスク(Blue Mosque)が水色にライトアップされたり、白にライトアップされたり。トルコ人のライトアップのセンスは、地下貯水池(Water Tank)の照明を見て分かるとおり、結構ダサい。

ホテルに戻る途中、ホテルの前の道で、本日4人目の絨毯屋に声をかけられる。
絨毯屋の若旦那は18歳で、私が泊まっているホテルの横の旅行代理店とは犬猿の仲らしい。彼は、日本人のガールフレンドが数人いて、明日も、今月末にも彼女たちがトルコを訪れるらしい。
トルコ人の女性は嫌いなの(私は、結構かわいいと思うんだけどねぇ)? と聞いてみると、彼女たちは、結婚するまで SEX させてくれないからいやだ。と単純明快な回答だった。
じゃあ、日本人と結婚したいわけ?と聞いたら、その通りだそうだ。
彼は、結構金持ちなようで、高級ドイツ車を乗り回しているらしい。絨毯屋はそんなに儲かるのかねぇ。
彼を含めて、この界隈のやけに日本人に声をかけてくるトルコ人は、日本人女性をカモにしているようだ。欧米人女性はまったく彼らを相手にしないが、かなりの数の日本人女性が彼らとSEXして帰るらしい。
それで、彼らが日本語を熱心に勉強するわけも分かるような気がする。
彼らの発言で、最も笑えるのは... 日本人女性を引っ掛けるときは、日本語を上手に使うと警戒されるから、英語を使うそうだ。まあ、がんばれよ!

July 4, 2000 (Tuesday)

Istanbul/İstanbul - Turkey (イスタンブール - トルコ)

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アヤソフィア Ayasofya

9時30分ごろ、アヤ・ソフィア(St Sophia / Aya Sofya)。入り口には団体ツアー客が押しかけている。が、切符を買っている雰囲気でもない。
さっさと抜かして、切符売り場へ。4 million TRL。中に入る。中央のドームは補強工事中だ。これもまた巨大なモスク(いや、教会かな?)だ。Blue Mosque と同じく、神をたたえる呪文が掲げられている。
2階に上がると、教会だった当時のモザイク画が発掘されている。この教会をモスクに変える時に、完全にモザイクを剥がさずに、上から漆喰を塗ったのだろう。
そんなにイスラム化を急ぐ必要があったのだろうか?
入場客の中で目立ったのが、香港人らしい女性が一眼レフで、やたら写真を取り捲っていたことだろうか。(プロっぽくは無いし、単なる観光客でもないようだし...)

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ヒッポドローム(競馬場) Hippodrome of Constantinople

トラムに乗って、アクサライ(Aksaray)の1駅前まで行く。ここには、ローマ時代から使われた ヴァレンス水道橋(Aqueduct of Valens , AD375年頃完成)が残っている。なんと橋脚の間には、幹線道路(アタチュルク通り)が通っている。橋の上には、人が登れるように階段などもついているのだが、アクセスできないようにふもとにフェンスが張ってあった。
この公園の南側には、ある程度の数のホテルがあった。ホテルや店にはロシア語が併記されていたので、ロシア人が好んで泊まる地域なのだろう。

ヴァレンス水道橋を後にして、西へ向かう。建設現場などで汗を流して働くトルコ人を見て、スルタンアフメット辺りの絨毯屋をやっているようなトルコ人はなんて馬鹿なやつらなんだろうと思えてくる。(でも、トルコ人社会の中では、彼らは金持ちで成功者なのかなぁ)

突如として、巨大なモスクに行き当たる。中に入ると、1組の団体ツアー客がきている。きっと有名なのだろう。Lonely Planetによると、 スレイマニエ・モスク(Suleymaniye Camii)といって、イスタンブールで一番大きなモスクらしい。確かに、内部の柱は昨日見たブルー・モスク(Blue Mosque)のものより大きいようだ。
モスクの裏手には、墓場も用意されている。

モスクを東向きに出ると、そこはエジプシャン・マーケット(Egyptian Market)のど真ん中だった。こんなところに出るとは予想していなかった。再びエジプシャン・マーケットを見物して、スルタンアフメット(Sultanahmet)へ。

ここで、好奇心から、スルタンアフメット(Sultanahmet)のトラム駅前通りのレストラン(観光客向けのぼったくりレストラン)を試してみようと、結構きれいそうな店に入る。
大豆の煮物と、鶏肉の2品とジュースで 2.9 million TRL。ちなみに、パンのサービスは無い。味は、欧米風というか、トルコ料理の味がしない。欧米人団体客が入ってきて、うれしそうに食べている。こんなのをトルコ料理だと思っていたら、かわいそうだ。

ホテルに帰り、洗濯物すべてをバックパックに詰めて、ランドリーへ。トラム駅の向こう側にランドリーがあるのは、昨日確認済みだ。洗濯物は全部で2kgあった。3.5 million TRL。17時に取りに来るように言われる。

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バイク警官の訓練、ギュルハネ公園入り口で
Police practice, Gulhane Park

さて、ランドリーからの帰り道、ブルー・モスク(Blue Mosque)の手前で本日1人目の絨毯屋に遭遇。あまりに暑かったので、適当にあしらって退散願う。
ホテルで17時まで昼寝。
17時過ぎに、ランドリーに向かう。スルタンアフメットから出る道で、本日2人目の絨毯屋に遭遇。英語で「絨毯なんか興味ないよ」と言ったら、日本人をののしるような言動を吐いていた。
ランドリーで洗濯物を回収し、一旦ホテルに置きに戻る。

再び街へ。アヤ・ソフィア(St. Sofia)の前で、バイクに乗った警官隊が整列している。テレビ局が1社取材している。バイク軍団がおもむろに出発し、トプカプ宮殿(Topkapi Palace)横のギュルハネ公園(Gulhane Park)前まで行進して行く。何事が起こったのかと思ったが、訓練かつ警官の機動性を実演しているそうだ。

その夜も、アヤ・ソフィア(Blue Mosque)からは怪しげな喜劇のメロディーが流れていた。(21時ごろ)